おこた令嬢~114年目のラブレター~

戸森鈴子(とらんぽりんまる)

第1話 おこた令嬢~114年目のラブレター~

 


 今日も炬燵でミカンを剥く。


 14歳の時だった。

 うっかり屋敷の屋根裏にあった呪いの炬燵に入ってしまって、もう100年。


 うとうと温かい炬燵で眠ったり、ミカンを食べたり……。

 たまに鍋焼きうどんを食べたりの日々。


 おこた令嬢と呼ばれるようになってしまった。


 お父様もお母様も死んでしまったのに、お葬式にも出られなかったの。


 屋敷でも厄介者扱いされていると思うけど、どうやったって、出られないのだもの。

 しょうがないのよ。


 色んな本も読み尽くした。

 テレビも見てたのだけど、大好きな役者も死んでしまったのよ。

 子役から晩年まで役者魂が凄かった彼女を見送ったら、なんだか他の役者を見る気がなくなっちゃったのよね。

 それにしても昔は棒でチャンネルを変えてたのに、今はリモコンよ。すごいわ。


「お嬢様、お手紙です」


 今日もお手紙が郵便屋さんから届けられた。

 こんな風に暇だから、私は領民にお手紙を書くの。

 みんなお返事をくれるのよ。

 お手紙ってとってもあったかい。


 ある日。


『いつも、お手紙ありがとうございます。

 僕はおこた令嬢様の事が好きです』


 ……恋文が届いた。


 114年生きて、初めての恋文。


 こんなの冗談よ。

 そう思っても、私は胸が高鳴った。


 おこたに入ってミカンを食べるしかない私を、どうして好きだなんて――??


 彼は村の、はしっこに住んでる男性……。

 そういえば、みかんの白いとこについてお手紙書いたかしら。

 

 こんな私を……好き……??

 ドキドキしてしまう。


 平民の男性……。

 身分違いはあるけども……。

 今更、屋敷のすみっこの座敷わらしみたいな『おこた令嬢』が誰と好き合おうが、今の領主(姉様の子供の孫? その子供?)はかまわないでしょう。


 そして、それから彼との文通が始まったの。


 私は、文才もないし彼も多分、文才はない。


 ただ、稚拙な文のやりとり。


「お嬢様、お手紙です」


 今までも嬉しかった響きが、ますます嬉しく感じられた。


『今日も、あなたの事を考えています』


 私も――!


 愛が人生にあると、こたつにいても最高にしあわせ。

 でも、最悪に不しあわせ、だとも改めて思う。


 こたつから出られないのよ。


 こたつで結婚式を挙げるの?


 いえ、それよりまず

 彼は私の姿を見ていないのよ。

 こたつに入った令嬢だなんて、実際見たら笑うに決まってる。


『あなたと話がしたいです』


 あぁ、とうとう……そう言われる日がきてしまった……。


 私は怖くなってしまったの……。

 だから返事はもう書けなかった。


 ピリオドを打ったのは私よ。


 こたつの中で私は毎晩泣いた。

 絶望で、泣いたの。


 愛はもう戻らない。

 私の姿を好きになる人なんていない。



 そしたらね、


「お嬢様、好きです」


 郵便屋さんにそう言われたのよ。



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