第12話
ノブと一緒にいると、私の中の白い反物が色とりどりに染まっていく。
もっとたくさんの色を知りたい。ノブが見る世界を一緒に見たい。そう願ってもいいだろうか。
とその時、闇から這うような声が届く。
「見つけたぞ勝手に逃げやがって」
「誰だ」
「そいつの父親だ。おい帰るぞ」
父――マムシの目がぎろりと光る。
父に従順な私が動かないのを見て舌打ちが聞こえる。
ぐい、と頭が傾ぐ。
マムシが長い髪を乱暴に引っ張ったのだ。
「来い」
「手を離せ」
「関係ない奴は黙れ。おい早くしろ」
乱雑に扱われる自分の存在に疑問を抱いてしまえば、従順になどなれるはずがない。
「――ない」
「あぁ?」
「帰らない。戻らない。絵も描かない」
父に対して初めて否定の声を出した。しかしそれは火に油を注いだようなもの。
烈火の如く怒るマムシは更に髪を強く引く。
痛みに堪えながら私は自分の髪をひとつに纏めて持つと、その髪の上に小刀を当て、ひと思いに切り捨てる。
「なっ、なんてことを!!」
烈火は噴火した。私の前に立つと腕を振りかぶる。殴られるのだと思い目を閉じて歯を食いしばる。
重い音が響いた。
しかし痛みはない。目を開けると目の前にはノブの背中。
「ノブ?」
「娘を殴る奴は父にあらず」
今度はノブの腕が動く。マムシが飛んだ。
ノブは袂から縄を出すとマムシを縛り上げる。
「観念するのだな」
マムシは気絶しているのか動きもしない。
「帰蝶」
ノブが私の元に来ると短くなってしまった髪を撫でる。
「これでは
「ノブよりも短い?」
「同じくらいか?」
「じゃあ、一緒?」
「そうだな。これはこれで似合っておる」
私が笑うとノブも笑う。
「しかし思い切ったな」
「似合ってるならいいじゃない」
「そうだな。よく似合っておる。短くてもそなたは美しい。相も変わらず自由に飛び回る蝶よ」
頭の軽くなった私は本当に飛べそうな気がした。
軽やかに飛び跳ねてみると、ノブがカラカラと笑う。
「全く飛べておらぬが?」
「失礼よ」
頬を膨らませる私を見て、ノブは「帰蝶」と手招きする。
「なあに?」
「それっ」
ノブはいきなり私の腰に手を当てると、私を軽々持ち上げてしまう。
「どうだ。先ほどより高くなっただろう」
眩しそうに目を眇めるノブを見て、胸まで跳ねる。
「ノブ」
「なんだ?」
「ありがとう」
「礼には及ばぬ」
「ねえノブ」
「なんだ」
ノブにもっとたくさんの色でこの心を染められたい。ノブという筆によってこの白い蝶は何色に染まるだろうか。
「一緒に海の向こうに行こうよ」
ノブは返事の代わりに私を持ち上げたまま、くるりくるりと回転する。
散らばる漆黒の川では、星の子がまだまだ跳ねていた。
了
せんさいせん 風月那夜 @fuduki-nayo
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