目的地へ出発だ!

 寝袋に入った後、目を閉じて眠ろうと試みるも一向に眠気が襲ってこなかった。

 コロポックル達に「任せておけ」なんて、大口を叩いていたくせに、どうやら気にしてない風を装っていただけだったらしい。

 かっこ悪いな、と口の端だけ上げて笑うと、小さく寝息を立てているナツ、アキ、フユを順番に見た。ひょんなことからアキと出会ったが、普段なら出会うことすらない妖怪とこんな短期間に出会うことは無かったはずだ。

 ビャクが言うには、黒いモヤが自分に集まり濃度が濃くなると妖怪が好んで近づいてくるということらしい。アキたちのような妖怪なら大歓迎なのだけど、それだけではすまないのかもしれない。


(本当に大丈夫なんだろうか)

(大丈夫じゃなかったらどうする?)

(ビャクが来るまで待っているか?)


 考え始めると不安ばかりが募っていく。


(んー、ダメだダメだダメだ!)


 寝ているコロポックルたちを起こさないようにそっと寝袋から抜け出し、テントを出た。周りには街灯もなく真っ暗だ。夏だというのに少し肌寒く、ブルッと体を震わせる。温めるように腕を手のひらで擦っていると木々がざわめいた。

 ハッと息を飲み、音がした方向の木に目をやると黒々としたものが動く気配がした。目を細め一点を見つめると、ひときわ黒い塊が見えた。さらに目をこらすと羽をバサッと広げて閉じる鳥がいた。 


(ん? あれは、カラス!?)


 なぜ、1羽だけがこんなところにいるのだろうか。

 カラスといえば、集団で一夜を過ごす生き物だったはずだ。カラスの動きに目が離せずにいると、カラスが伊吹の方を見てすぐに飛び立ってしまった。

 カラスが飛び立った後、夏特有の生暖かい風が伊吹の首筋をかすめた。


「な、なんなんだよ、一体」


 眉間にしわを寄せ、小さく息を吐く。

 眠れなくなった伊吹は、懐中電灯をつけてロードバイクのメンテナンスを始めたのだった。



 

「よし、出発だ!」


 胸のポケットにアキを入れ、ドリンクホルダーにペットボトルの上の部分を切って作った即席コロポックル入れにナツを投入した伊吹は、ロードバイクにまたがる。

 下には留守番のフユが眉尻を下げて心配そうな顔で見上げていた。


「そんな顔すんなよ。そんなに時間かからないはずだ。昼前には戻ってくるから」

「ひるまえ?」

「あぁ、時間分かるか?」


 頷いたフユは、太陽に向かって指をさす。

 太陽で時間がわかるのかと感心した。


「すげぇな」

「えへへ、なんとなくですけどね」


 褒められたことが嬉しそうに、はにかんでいる姿がかわいい。


「じゃあ、今日の予定だけど……」


 伊吹は、コロポックルたちに動く目安を伝えていく。

 アキは伊吹と行動を共にする。伊吹が危なくなったら、中継ポイントのナツの所まで走る。そして、フユの待つ場所に戻って至急ビャクに連絡だ。

 ナツは、お昼までにアキと伊吹が戻ってこなかったら、フユの所まで行って、これもビャクに連絡する。

 ナツが戻ってこないことは無いと思うが、万が一夕方になっても誰も戻ってこなかったら、ビャクに連絡する。

 3つのケースを説明すると、神妙な顔をしながら3人共うなづいた。


「アキ、すまないが俺と一緒にあの小屋まで行ってくれるか?」

「僕が頼んだことなんですから、もちろんです」

「何かあったとき、出来るだけお前に危険が及ばないようにするけど、もし危なかったらアキだけでも助けるからな」

「え?」

「そんなの当たり前だろ。お前ら3人ずっと一緒だったんだろ? それに、俺1人ならどうにか対処できるかもしれない。要するにビャクへの報告係だな」


 心配そうな目をしていたアキに苦笑いしながら努めて明るく振る舞う。アキの頭をひとなでして、次にナツ、フユもなでる。


「よし、行くか。フユ、必ず戻ってくるから待ってろよ」


 そう言いながら左手を上げた伊吹は、ペダルを漕いで目的地に向かって走り出した。

 少し走るとナツを降ろす場所に着く。あの小屋へ続く砂利道の入り口だ。ペットボトルをボトルホルダーから外し、ナツを地面に降ろした。


「じゃあ、ナツ頼むな」

「うん。わかった。無事に戻ってきてよね」

「もちろん。アキのこともちゃんと守るからな」


 うんうんと何度もうなづくナツ。

 じゃあな、と伝え、あの小屋を目指す。早朝だからか、この前のように追い抜かしていく車もいないまま、誰とも会わず進む。

 カラスの鳴き声がやけに響く。小屋に近づくにつれ冷気が漂い少し寒かった。


「なぁ、夏にこんなに冷えるもんなの?」

「んー……。どうですかね。でも、今朝は特に寒い気がします」

「そっか」

 

 小屋が見えてきたところで足を止める。付近を窺うも、駐車している車はいなかった。このまま進んで問題ないと思い、小屋までロードバイクを走らせる。

 小屋の前につき、ロードバイクから降りる。慎重に小屋の周りをぐるっと一周歩く。先日来たときとなんら変わりはないようだった。

 気にしすぎだったのかもな、と自然と強ばっていた肩の力を抜く。

 すると、服を引っ張られた。ポケットの中のアキを見ると、震えていた。


「おい、どうした?」

「ここ、嫌な感じがします」


 アキは、伊吹の前の地面を指した。そこを見ると、そこだけ雨に濡れたように変色していた。

 昨日は雨は降っていなかった。草も生えていない場所が夜露に濡れることも考えづらい。怖がって震えているアキをこのままにしていいのかと考え、声を掛ける。


「どうする? お前は遠くにいるか?」


 ブンブンと首を横に振る。


「僕が助けてって頼んだのに、伊吹さんだけに押しつけられないです!」


 必死な形相で伊吹を見上げるアキ。そんなアキの頭をひとなでして語りかける。


「もし、何かあったときにアキには、ナツやフユに伝えるっていう大事な役目があるだろ? だから、少し離れた場所から俺を見ててくれないか。なんにもなかったなら、その時は近づいてきて一緒に帰れば良いし、な?」


 悩んだ素振りをしていたアキは、最終的には伊吹の言葉に渋々うなずき、トコトコと草むらへと避難した。

 草の影に隠れたことを確認した伊吹は、リュックから昨日購入したスコップを取り出し、変色している土に突き立てた。

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あやかし浄化と美味しいごはん 矢澤果林 @karin77

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