音は迫る

 大学内。もう夕暮れ時も過ぎ、月明かりだけが廊下を照らす。教授も人が悪い。こんな時間に呼び出しておきながら、用事は5分もかからないものだった。これなら昼間の空き時間に来ても良かったじゃないか。

 俺はさっさと帰ろうと階段を目指す。教授の部屋は階段から一番遠くて不便だ。それにここは四階。一番面倒くさい場所にある。そろそろ教授も歳だし、部屋を変えてもらったらどうだろうかと一度提案してみたが、教授はそれを聞き入れる気はない。普段は温厚な教授もその話をするときだけはなぜか頑なに拒む。特別な理由でもあるのかと一度は探ってみた。けれど尻尾を出さないからいつの間にか調べるのをやめてしまった。

 俺は階段を一段飛ばしで降りながら、今日の夕飯を考えた。自炊しなくちゃいけないし、簡単に作れるものはないかと模索する。何がいいか少しうきうきした気分になった。

 しかし、俺はそのウキウキな気分を吹き飛ばす出来事に出会ってしまった。階段を何段下りても一階に着かないのだ。四階建てとはいえ階段の数なんてそこまで多くないはず。それなのに階段が終わる気配が全くない。

 どうしてだ。俺は早足で階段を降りていく。降りても、降りても一向に着かない。俺の頭は冷静ではいられなくなった。息が切れて体が止まるまで、俺は階段を駆け降りる。階段で走ると危険なことなど承知のうえだ。しかし俺が階段を駆け降りるのは、もうそんな危険など足元にも及ばないほど危険なことに巻き込まれているのかもしれないと思ったから。

 俺は一階にたどり着くまで足を止める気はない。だけど、着かない。もうどれくらい降りたのだろうか。見当もつかない。

 俺は少し休憩することにした。何かに追われているわけでもないし、少しくらい止まっても平気だろう。階段に座り込み、息を整える。

クチャ…クチャ…

 聞こえた音に耳を澄ます。

クチャ…クチャ…

 何かの咀嚼音だろうか?それは下から聞こえてくる。

クチャ…クチャ…

 明らかに何かを食べている音。そしてその音はだんだんと近づいてくる。

ヤバイ…

 このまま下に降りて行ったら、確実にその音の元になると確信した俺は今まで必死に降りてきた階段を駆けあがった。下に降りなければ脱出できないはずなのに、下に降りたら死を予感させる何かがいる。

 どちらに行っても現状の打破は難しいだろうが、死ぬよりはマシだ。

 四階にたどり着くまでどれほど登らなければいけないのだろうかと考えたが、三階分の階段を上がるとすぐに着いた。

 俺は教授にこの事態を報告するために研究室の扉を開ける。その瞬間俺の腹に血が滲み、痛みが思考のすべてを埋め尽くす。

 ひとしきり叫び、痛みが少し引いた頃俺の腹に刺さっている包丁に気付いた。

なんで…

「生贄はこれで十分だろうか。もう一人くらい呼んでおこう」

 教授は携帯を手に持ち、誰かにメールを送った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰も語ることの出来ない怪談話 神木駿 @kamikishun05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ