人形の看取り

中立武〇

機械の夢

 一つ、何かが入った。


 荒れた空き地の片隅の、さびれた建物の前で俺は立つ。人の少なそうなバイトを選び、案の定人もいなく、仕事までほぼほぼ無いバイトだった。


ただ待つ今は好きではないがほぼ仕事を待ち続けるだけのこのバイトを辞める意味は無く、かねがね希望通りだ。


そんな職場で珍しく仕事が来た。さすがに建物の片隅で立ち続けるだけなのも飽きている手前、真っすぐに向かう。


仕事の内容は人形の廃棄。人形といえど小さい物ではない。そして人形でもない。いわゆるアンドロイドだ。


人形はなんか業界用語的なものらしい。間口に向かうも車は無く、既に地面にぶちまけられている。


女性の形をした、右側が人のような皮ごと爆ぜて砕けている人形だ。ぶちまけられた細かい部品は後で掃き集めるとして、本体部分を持ち上げて運ぶ。


そこそこ重いのは旧型だからだろう、今は事故防止の為に人と同じ重量に近づけている。


荷車を持ってくるのも面倒でそのまま運ぶ。年をとったらできないだろうな、そんな事を考えつつ廃棄前のデータ消去を行う為に電源へと接続する。


壊れているので配線が途切れているかもしれないからマニュアル通りに複数個所に装置を取り付けると、人形は腕を広げて吊るしあげる形になる。


セットが終わったその様子はまるで襲いかかるようだ。機器をつなぎ終え、電源を入れる。


きゅいんという微かなコイル鳴き、そしてかしゅかしゅという駆動音。小さな音だが人らしさを守る為に普通は鳴らない。破損時の変形からだろう。そんな音をたてて、目がひかり、パソコンの前のこちらを向く。


「まだやれます。」


開口一番人形はそう答えた。それは事実で間違っていない。だが、それを直す費用は新規購入よりも金がかかるだろう。そして必要ならば中身のバックアップを取ってある。とはいえ切り取りではなく、コピーの場合もある。その場合は残ってしまう。


「すまんな。」


ただのプログラムだ。わかっている。表情が無い為にまだ同情に耐えれるがそれでも人形、人の形をしているが故に答えてしまう。


それに廃棄品の横領はできないし、自分は修理もできないし、運用するような金もない。


「私はいろいろな事が出来ます。」


元はホームヘルパー的な運用で想定された物だろう。だが料理はもちろん、編み物やパソコンを用いた簡易的な業務まで話して来た。


四割ほどは俺のできない事であるために、単純に彼女の方が有能だ。そしてこれは、人形ができる精一杯の命乞いなのだろうか。


「すまないな。」


一通りの状況のチェックが終わったので改めて一言謝り、消去のエンターを押す。人形は目の光を失っていく。上から下に光が消える様子は落涙に見えた。


接続を外し、廃棄用のコンテナに投げ込む。まだ搬入口には細かい部品が転がっているが昼にもなったし後にしよう。


椅子に座り包装されたおにぎりを食べる。喰い合わせの悪いコーヒーを飲みほし、しばらくしてトイレに行きたくなる。


外に出て散らばるパーツを素通りし、水洗ですらないトイレへ行く。ドアすら割れた和式のそれに入り、尻を出す。


アンドロイドがいるこのご時世に何をしているのかと思いつつ、後ろの通りのトラックが走る音で気恥ずかしさを感じて引っ込んだので尻をしまう。


割れた扉から外を見て、扉を開き辺りを見直してため息を吐く。トラックが走った後の砂煙はまだ舞い残っていた。


場所次第じゃ一人でトイレすらできない自分は、先ほど廃棄した人形に比べ価値はあるのだろうか。自分があの人形と同じまでに砕けたとして、呪詛も無く同じ言葉を言えるだろうか。


俺はどこも悪くなく、健康で、障害もない。そして機械とは違い、成長が出来るはずだ。だけれども俺はここで誰でもできる作業をして、俺より能力のある存在にとどめを刺した。


悪感情があれば、こんな事も考えないのだろうか。三時になった辺りでようやく掃き掃除を始めた。その日何かを決意した気がするが、結局何も無く帰った。

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人形の看取り 中立武〇 @tyuuritusya

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