あなたの飲み物はどんな味ですか?

スイカの種

あなたの飲み物はどんな味ですか?

「それでは、ここで飲み物を作ってください」


 多種多様な果物、氷、ジューサー、コップが置かれた場所で、先生らしき人はそう言った。

 先生は面付をつけた狩衣の男で、いかにも高貴な印象が漂っていた。ぱっと見の印象だと、平安時代の貴族、という感じだった。

 床は畳で、障子があるような和風な部屋だった。私も水干を着ていた。


 他にも何人か同じような人が居て、先生に言われるまま、自分の好きな果物を取った。ふたつ、みっつ取る人もいれば、一つだけ取る人もいた。私はいちごを手のひらいっぱいに取った。

  いちごはまんまるとしていて、手のひらに一粒載せただけでもずっしりと重い。それだけじゃない。手のひらに載せているだけなのに、いちごの芳醇な香りが鼻まで届いて、「なぜ、自分はここにいるんだろう」「なんで飲み物を作る必要があるんだろう」なんて当たり前に抱くはずの疑問さえ吹き飛ばしてしまった。

 きっとこのいちご高いぞ……。加工するよりも、そのまま食べたほうがいいんじゃないか。そう思いつつも、私は次の机に移動した。

 氷はあまり取らなかった。きぃんと冷えるのが苦手だからだ。

 手で果物を絞る人、ジューサーを使う人、大型の全自動機械に入れる人、様々だった。

 私は大型の全自動機械に入れた。絞るのが面倒だったのと、手が汚れるのが嫌だったから。ごうんごうん、というけたたましい音がなったあとベルの音がしていちごの絞り汁がボウルに入れて出てきた。とても便利だ。


 最後に涼やかそうな縦長のコップにいちごの絞り汁と、氷と、ミントの葉を載せた。炭酸水を入れてもいいと言われたので、いちごのソーダみたいになった。

 不器用な私にしてはなかなか良く出来たんじゃないだろうか。

 お店で「イチゴサイダー」を頼んでこれが出てきたら思わず写真を撮ってSNSにあげちゃうくらいには美味しそうな見た目だ。

 他の人は生クリームを飾ったり、レモンを切って載せたり、かわいい模様の描かれたカップに入れたりと様々だった。一つとして同じものはなかった。



「さて、この果物はあなたの配偶者です」

 先生が言った。途端に脳裏に夫の顔がよぎる。いつもニコニコとして穏やかな彼の顔が。

 もしかしてやばいことをやらかしたのでは、教室全員がそういう気持ちになったが、先生は慌てて言った。

「概念的なものです。あなたの配偶者をぐちゃぐちゃにしたわけではないですよ」

 一気にみんながホッとするのがわかった。私もその一人だ。



「みんな、出来上がったジュースを見てどう思いましたか?」

 先生から問いかけられる。私は自信満々だったので、

「涼やかで、とても美味しそうに見えます。」

 他の人も次々に応えていった。

「とてもいい出来だと思います」

「納得はいってないけど、まあ良いと思う」

「失敗した」


「それは、あなたの配偶者がどんな人生を歩んだかです。美味しそうであれば、きっと良い人生だったのでしょうね」

 先生はその反対については言わなかった。言わなくてもみんなが察していた。


「次に、匂いを嗅いでみましょう」

 匂いを嗅いだが、ほぼ無臭だった。果物のときにはあれだけ芳醇でいい匂いがしたのに。わずかにミントと、いちごの香りがするだけだった。


 生徒たちは口々に言った。

「すごくいい香りがします!香水みたい」

「お花畑に包まれているみたいにいい匂い」

 私はだいぶあとのほうになってから、

「ミントと、いちごっぽい香りがします……?」

 と答えた。

 私のあとには「悪臭」とか「オエッ」くらいしか続かなかった。


「それは、あなたがどれだけ相手に尽くせたかです」

 ああ、そらそうだ。腑に落ちた。

 家事は全部やってもらってるし、彼が主夫になる前だって、私は彼を立てたことなんてあまりなかったから。

 たてられることが好きじゃない人だったから、私もいつの間にかそうはしなかったし。

 わたしが大黒柱だったから金銭的なことは負担していたけれど、何か尽くしたか。と言われたらうーん……思い当たることはない。

 教室内でも下の方なのは頷ける結果だと思った。


「それでは最後に飲んでみましょう」

 ここが夢であることは分かっていたが。ヨモツヘグイが気になった。異世界へいって、食べ物を食べたら帰れなくなるというアレだ。

 でも、食べ物じゃないからセーフ?とか、味から得られる結果が"何か"を知りたかった。


 わたしは、イチゴサイダーを、のんだ。


 美味しかった、ものすごく美味しかった。

 飲んだらポロポロ涙が溢れてきて、さっきまでにおいなんてしなかったのにいちごの香りまでした。口の中でぱちぱちと弾けるたびにいちごの香りが広がった。

「味はどうでしたか?」

 反応はさまざまで、誰も言葉を発することはできなかった。


「あなたの感じた味は、あなたがどれだけ配偶者を幸せにできたかです。」



 もし、あなたが「ここ」にきたらどんなフルーツを選びますか?

 どんな加工手段で、どんなかざりつけをして、どんなものとあわせますか?



 あなたののみものは、どんなあじですか?

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あなたの飲み物はどんな味ですか? スイカの種 @su1kanotane

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