番外編  ミッシェル・ユールside

 

 子供の頃、王子様に出会ったの。


 キラキラ眩しい金髪の王子様。


 彼が欲しくてお父様にお願いしたわ。


 少し困った顔をされたけど、業務提携や領地の開発などお互いに得をする契約を結んで婚約が決まったと言われた。


 だから破談になるようなことは絶対しちゃいけないって。親戚にも領民にも迷惑になるから、縁を大事にしなさいってね。


 よくわからなかったけど、あんな綺麗な王子様よ。離したりしないわ。


 婚約が決まって初めての顔合わせではとても優雅に「これからよろしくね」って微笑まれた時は天にも昇る心地だったの。


 お母様と行ったお茶会で「羨ましいですわぁ」「うちの子と結婚させたかったわ」なんて言われて鼻高々よね。


 学園に入学した頃から一緒にパーティに呼ばれたり、高級な料理店や素敵なブティックに連れて行ってもらったわ。


 でも不思議ね?同級生たちの私を見る熱の籠った瞳とは違ってアーネストさまの瞳は、いつも冴え冴えとしてるの。


 どこかに行きたいって言えば連れて行ってくれるけど、彼から誘われたことがないってかなり後になって気がついたの。


 当時の私は、男爵家に生まれて家族にも親戚にもみんなにチヤホヤされてて、可愛い私を愛さない人がいるなんて思っても見なかったのよ。


 綺麗な私の王子様は、伯爵家の嫡男で国内でも有数の名家で裕福だと言われていたから、令嬢たちにも人気で、私のものよって見せびらかすのが楽しかった。


 少しくらいわがままを言っても彼はお父様に逆らえるわけないし、嫌われることなんてないと思っていたわ。

 実際はお父様の方が下だなんて思ってなかったのよ。

 


 いつまで経っても他人行儀な、丁寧だけれど一歩引いた感じな冷静な彼と、同級生の子達が真っ直ぐぶつけてくる熱とが違いすぎていて、私はその熱の正体を知りたくなった。


 彼は年上で、すでに王宮でお勤めだから以前のように好きな時に会えなくなったし、つまらないと思っていたら、同級生のポールが友人たちを集めて、食事やデザートに誘ってくれた。

 二人きりじゃないし、仲良しの令嬢も付き合ってくれるし、回数を重ねるうちに、ポールとは二人きりでも出かけるようになった。


「ミッシェル、可愛いよ」


 アーネストさまと違って、お世辞じゃなく本音の言葉を話してくれる気がした。

 ポールは、男爵家でも三男だから結婚は考えられなかったけれど、学生の間だけなら楽しく過ごしても良いんじゃないかと思えた。

 ポールの友人も私も友人もデートくらい普通だって言うし。


 たまに会えるアーネストさまは、デートも食事もしてくれて当たり障りなくお話もしてくれるけど、難しいことばかりでつまんない。もっとわかる話をしてって言うと困った顔をする。


 二歳差ってこんなに大きいのかしら?でも五つ上のお兄様はもう少し話しやすいわ。


 夜会に出られる年になって、アーネストさまからはデビュタント用のドレスとお飾り一式を贈られたけど上品すぎて、私の若さに合わない気がするから、アレンジしてみたって良いかと聞けば、「お好きなように」って言ってくれた。

 センスは合わないけどやっぱり私を大事にしてくれてるわって嬉しくなった。


 お迎えに来てくれたアーネストさまは、私の姿を見て一瞬目を見開いたの。

 きっと私の美しさに目が眩んだのよ。私は幸せだわ。


「・・・行こうか」


 エスコートを受けて一緒に会場に入れば、私たちの視線が集まったわ。美男美女よ。羨ましいでしょう?


 ファーストダンスを一曲踊った後は、私の友人たちが来てくれて、ポールたちにもダンスに誘われたの。


「行っておいで」


 ポールは「大人の余裕かよ」って。

 私の友人たちは「目の保養~♡包容力が素敵ね」って。私の未来の旦那さまは素敵でしょって思ったわ。


 その時、


「んっまぁあああああまあああ!!!」


 って庭の方から声が聞こえてびっくりしたけれど、


「おお」

「出た出た!王宮名物マァマァコール」


 大人たちが笑ってて、私たちは「?」だったんだけど、その時は大人が笑ってたのであまり気にしなかったの。


「これが噂の・・・」

 友人たちが呟いてたけど、ちょうど曲が終わったので次の相手と踊り初めて忘れてしまった。


 もう少し周りの話に耳を傾けていたらあんなことにならなかったのかも知れない。




 アーネストさまとの仲は、常に淡々としたものだった。良い加減、私にも彼が貴族として当たり前の行動を取っているだけだとわかってきた。それでも結婚すれば子供が出来て、伯爵夫人として綺麗な夫と可愛い子供ができれば、みんなに自慢できる、羨ましがられる暮らしが出来ると思っていたし、アーネストさまが手に入るのだから良いと思ったの。



 後一年、自由なうちに学生のうちにしか味わえない日々を楽しもう。

 ポールたちがそう言った。


 私たちはそう言うものかと一緒に避暑地に出かけたりし歌劇を観に行ったりしてた。


 ポールは常に私の隣で私を楽しませようとしてくれる。


 ある日食事の帰りの場所で、ポールが私を抱きしめた。


「ミッシェル、俺はお前と離れたくない。三男で何の取り柄もないけど、騎士爵を目指して頑張るから結婚辞めてくれないか?」


 力強い抱擁を受けたのは初めてだった。熱くて苦しくて、ポールの熱が私に乗り移ったかのよう。


「ダメよ。ポール・・・婚約はお父様に大事にするように言われてるの」


 ますます力強く抱きしめられて。


「嫌だ。ミッシェル、あんな顔だけの胡散臭い男なんてやめろよ!」


 乱暴に唇を奪われた。初めてのキスがこんなに荒々しく粗野なものだなんてと少しショックだった。

 でも強く望まれるって初めてのことで、私は抵抗できなかった。

 愛されるって、熱を含むものなの?だったらアーネストさまは私をどう思ってるんだろう。


 馬車の中で幾度か唇を奪われ、首元を吸われた。

 恥ずかしくて切なくて。


 その熱が嬉しくて、何度か触れ合う程度のデートを重ねた。


 でも、この付き合いは学生のうちだけ。


 お父様が許すはずはないし、私も貧しい暮らしは無理よ。


 私たちは男爵とは言え貴族、常に誰かが付いてるから、完全に二人綺麗になれるのは馬車の中だけ。

 侍従侍女の目を掻い潜って宿を取ったり、お互いの部屋に入り込んだりは無理だから。


 あとは公園やカフェでのデートくらいで、関係を深めることはなかった。


 ポールが、王宮の庭なら侍従侍女たちが離れるかもって。


 私はただ一緒に過ごしたいだけだった。


 ポールが言うように、王宮に向かって親族に差し入れをと別々で言って入った。


 門のところで侍女には待つように言うと少し胡乱にみられたけれど、一人になれた。


 主に親会や、パーティの時の息抜きに使われる庭には連絡回廊があって、奥まっていて木々の影で隠れる東屋がある場所で落ち合った。


「ミッシェル、穴場だろ?」

「ええ、さすが王宮のお庭ね」

「パーティとか予定がない時は人気がないんだって」


 回廊の方には移動する人がいるけれど、休憩で奥までくるとかがないみたい。


「ああ、やっと二人きりだ」

 ポールは私を膝の上に乗せて、私も胸元に口付ける。

「ミッシェル、もっとくっ付きたいんだ」

「ダメよ。ポール」

「嫌だ。君は僕のものだ」

 胸元に手を入れられ、揉みしだかれて、頂に口を寄せられた。


「あっ・・・ねぇ、ポール、それ以上はダメ」

「嫌だ。もう待てない」


 強引な手が指が私の肌を乱して、スカートを託し上げられた。

 何で?こんなところで足を出すなんて・・・。


「ミッシェル、良い匂いだ。この肌もこの熱も全部俺だけが知ってる」


 彼の勢いに翻弄されて、彼がついに自分の前立を寛げた。


「最後まではしないから、俺に身体を預けて」

「最後まで・・・?」


 私の下着を避けて、彼が硬いものを擦り付ける。

 彼が息を粗くして縋るように私を抱きしめて、腰を押し付けて揺らす。


「あっ、あっ」


 彼のものが私の秘部を擦るのが切なくて、この先どうしたら良いのか・・・。



「んっまぁああああああああ!!!」


 突然、女性の大きな声で意識が現実に戻った。彼は私を抱きしめたまま、何か温かいものを私のスカートの中に出した感触があったわ。


 何が起きたかわからないままに騒がしくなって、人が集まってきた。


 ようやくまずい事になってると頭が理解した時、彼はまだ放心していたの。


「あ・・・アーネスト・・・違うの!」


 集まってきた人の中にアーネストがいた。

 こんな状態を見られてしまったら・・・!!!


 アーネストは冷たい声で、家に連絡をするって行ってしまった。


 そのあとは、衛兵に連れられて、簡易な聞き取りをされていて、迎えにきたお父様と家に戻ったら殴られた。


「お前は何をしたか分かっているのか」


 アーネストとは私有責で婚約破棄で、婚約時の約束で、うちの財源である金鉱山と領地の一部、現金が慰謝料に取られるんだと叱られた。

 うちの方が立場が弱いから完全にイスト家に旨みがなかったから、こちらから色々保険をかけて申し込んだんだそう。


 そんな事教えてくれないとわからないわ。


「うちは破産寸前だ!!!」


 お母さまは側で泣いてるし、お兄様は怖い顔してる。


「学生時代のお遊びはみんなしてるのでしょう?」

「お前は馬鹿か。王宮で大勢に見られた以上お遊びじゃ済まないんだよ」


 私は当分自宅謹慎だと軟禁された。


 何日かで済むと思っていたけど、一ヶ月経っても出してもらえなかった。


 アーネストもポールも様子伺いしてくることもなかった。


 なぜ、アーネストが冷たいからいけないのに!どうして?


 二ヶ月経った頃に風呂に入れられて肌を磨かれてから良いドレスを着せられた。

 許してもらえたのかしら?


「ミッシェル、お前の結婚が決まった」

 呼ばれた先にはお父様がお父様と同じくらいの歳の男性がいた。


「結婚?」

「そうだ。お前は今日からこちらのジャン・サド子爵の妻だ」

「え?私がその方と?」


 どう考えても歳の差があるし、怖い顔をして、結婚相手を見る顔じゃないわ。


「否はきかん。お前がユール家に与えた損失を責任もって償え」


 どうして?あんなに可愛がってくれたお父様がそんなこと言うなんて嘘よ。


「さて、長居もなんだ。帰るとしよう。荷物は?」

「最小限ではありますがまとめてございます」


 私は引きずるかのようにサド子爵の馬車に乗せられた。


「お前を愛することはない。だが妻と子が流行病で亡くなった。お前には最低三人の子を産んでもらいたい。なぁに粗野な男が好きなんだろう?それっぽく振る舞うさ」


 私はどこで何を間違えたの?


「お前が咥え込んだ男は絶縁され無一文で、辺境に向かったそうだ。無事辿り着けると良いな?」


 ポール・・・。


 サド子爵邸には気難しい侍女長がいて、子爵夫人に相応しくないとネチネチ言われ、教育係にはムチ打たれた。


 夜は思いやりも優しさもない行為でただ翻弄される。


 こんなことなら、アーネストときちんと別れて、ポールの手を取ればよかった。それなら愛だけは手に入ったかもしれないのに。


 サド子爵は私に三人子を産ませると私を抱くことは無くなった。


 子育ては乳母と教育係に奪われて。


 何もすることがなくなった。


 お前は頭がが悪いから何もするなと、王宮の夜会くらいが夫人としての仕事だ。


 マァマァ砲を喰らった女だといまだに言われる。


 サド子爵と挨拶にまわっていたら、アーネストと奥様がいた。


「やぁ、元気にしてるかい?」

 そう言いつつも、常に横の奥様に気を遣っている。私には一切見せなかった柔らかい笑顔で。


「サド子爵はやり手で経営手腕のある良い御仁だ。お幸せにね」

「イスト伯爵、褒めすぎです。いつかお仕事をご一緒させてください」

「そうだね、企画をお願いします」

 

 夫たちが話してる間に私は奥様に話しかけた。その場所は私のものだと言いたい。


「優しい旦那さまでよかったですね。うちの旦那さまは気性が激しくて」

「あら、サド子爵は紳士で多趣味で人気のある方ですわ」


 どこが紳士よ!


「んっまぁああああああ、んまぁああああ」


「あら、久しぶりですね」

「何よ」

「女性が襲われたりしてるのよ。何か手助けがいるかしら?では失礼」


 彼女は声のした方に向かってしまった。


「あの声で助かるかどん底に行くか」


 サド子爵は少し悪い顔をする。


「お前はどん底だな?」


 あの声が響かなければ、アーネストとあのままいられたかしら。

 

 でも今更よね。


 ポールは、実姉がこっそり渡した小銭と宝石でなんとか辺境についたらしい。

 そして騎士として働いて、功績をあげてる。生きててくれてよかった。


 一緒にはなれなかったけど、初めて熱をくれた人。思い出の中に住まわせるくらい許されるよね。




____________



蛇足的かなと思いつつ。


 あれ?ミッシェル悪くなくない?

 ちょっとおバカだけど。

 アーネストもダメさが増してしまった気がする。



 これにて番外編も終了です。

 お付き合いありがとうございました。




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