第10話
今年の春、高校の同級生と再会した。熱した砂のような匂いのする、日に焼けた肌。その向こうで彼は知花に、白い笑みを向けた。
秋穂さんが彼と行き合ったのは偶然だった。その時の秋穂さんの瞳を、知花は忘れることができない。
光を受けた宝石のようなきらめきには、確かな熱がこもっていた。
「彼、素敵ね。あなたにぴったりよ」
知花に告白してきた彼を、秋穂さんは受け入れた。知花を抱きしめながら、熱っぽく囁く。知花はこんなにも秋穂さんの抱擁を感じたことはなかった。けれども、今まさに、裸で放り出された。そんな感覚がしたのだ。
知花は寒くて仕方なかった。だから、秋穂さんに縋るしかなかったのだ。
そうして、秋穂さんの望むとおり、彼と付き合って、彼に、明け渡して――
「秋穂さん」
知花の体はまた、あのときのように震えだす。秋穂さんは、今日は抱きしめ返してくれた。秋穂さんは知花の手を自らの心臓に引き寄せる。確かな血の音が、知花の指先にリンクする。一つに繋がって、巡りだす。
「大好きよ」
自らを抱きしめるような、甘く温かな囁き。知花は凍えて、仕方がなかった。自分という形をとどめるには、確かな杭が必要だった。けれど、それは言葉にすることは出来ない。この人のそばにいたいなら――
「わたしは、」
知花は言葉を振り絞る。
「わたしは彼のどこが好き?」
秋穂さんは笑わなかった。ただ幸福そうに、はにかんでみせた。そうして、息を音にした――
彼の下で、知花はもうろうと手を伸ばした。彼の熱っぽい腕に、触れる。
動きを妨げられ、少し焦れた様子を見せた。けれども、知花は構わなかった。
「あなたの腕が好き」
知花の目から、涙がこぼれる。彼は怪訝そうな顔をしたが、にっこりと笑んでみせた。
「においがすき。それから――」
彼が動きを再開させた。それでも知花は言い募った。
溺れる人間に、水面の光はどこまでも遠い。
知花は、どうにか自分を守らねばならなかった。自分がどこにいるのか、もうわからなかった。ばらばらになった自分を、形作って欲しかった。ずっと――
知花は、揺さぶられ続けた。
においのする、熱の影だけが、知花に触れ、見下ろしていた。熱した砂のようなにおいに、今は汗と性のにおいがまじる。
知花は目を閉じて、彼の熱に身を任せていった。
フォール 小槻みしろ/白崎ぼたん @tsuki_towa
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