第32話 決めポーズ

「どうにかしてそのピンクとやらに、お嬢ちゃんをねじ込めればいいんだろ?」


 牙城が耳につけたピアスをいじくりながらかったるそうに言う。


「何か良い案でも?」


「おお。人間っつーのは恐怖には敏感な生き物だ。相手を恐ろしい者と認識したら、大抵のことがあっても逆らいはしない。

 上から目線のしみったれた審査員どもの鼻っ柱に、二、三発拳をぶち込んでやれ。

 きっとすぐにお前の言う事を聞くぜ」


「……暴力以外の方法でお願いします」


「ハッ、チキンが。

 気持ちよく空を飛びたくないのか? ニワトリ野郎」


 聞いた俺が間違いだった。


 まるで肉食獣のような唸り声を挙げて、牙城は腕を組んで睨んできた。


 食われる側である俺は、スカートの皺を伸ばしながら下を向いた。


「吉ノ進は何かあるか?」


 社長の声に、侍スタイルの吉ノ進は口を開く。

「そうですな…。テレビの撮影となると、人間関係や上下の信頼関係は切っても切れないものだ。

 やはりここは、監督達に敬愛の念を込めてオーディションの前に差し入れをするのがよろしいかと。

 そうだな、鏑木亭の水まんじゅうなどは、今からの時期涼やかだし、いいのではないか」


 顎に手を当てて、真面目に話考え込んでいる吉ノ進。


「社長、監督は水まんじゅう好きでござろうか。それとも、最中や羊羹の方が良いだろうか……」


「根回しという点では悪くは無いがな、吉ノ進。お前のそれは、ただのワイロだ」


 すっぱりと言い放たれる。


 口を結んで、むう、と不服そうに吉ノ進は黙り込んだ。



「脅しもワイロも駄目です。

 受かるなら正攻法で受かりたいで!」

 


 現実味の湧かない回答に、痺れを切らせてそう言うと、


「普通に受けたらアンタに勝機が無いっつってんだよ、分かれ」


 と牙城に冷静に突っ込まれ、ぐうの音も出なかった。


「ま、まあユキちゃんも牙城さんも落ち着いて。感情的になっちゃだめよ」


 困ったように眉を下げた舞になだめられてしまった。ぽんぽん、と優しく肩を叩かれた。

 一瞬にして、触れられた右肩に全神経が集中してしまうのが、男の悲しい性だ。


「オーディションには課題が出る。

 変身の際の決めポーズを、各々が考えてきて披露するそうだ。

 台詞もポーズも、オリジナルで勝負するのだそうだ」


 募集書類に視線を落としながら、社長が言う。

「決めポーズと言うと、こう……悪は許さん、変身! みたいな感じですか?」


「そう、でも普通の事をやってもウケないだろうから、奇抜かつイメージを損なわないものはないかな」


 なかなか難しい質問だ。


 幼い頃夢中で見ていた戦隊ヒーロー番組を脳内で思い浮かべる。

 確かに、子供の自分としては真似をしたくなるようなかっこいいポーズと台詞だったはずだ。


 よく、休み時間にみんなの前で披露していた。


 ―――まあそれも、まだ俺がクラスの人気者だった時の話だが。

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