第31話 売れっ子への道

「さあみんなで考えよう」


 社長が手を叩いて注目を促した。


 狭く薄汚い応接室。

 部屋の大半を占拠しているソファに腰を沈めたまま、俺は小さくため息をついた。


 どこからか引っ張り出してきたホワイトボードの前で、社長はペンを持ち、


『朝陽ユキ版、オーディション必勝会議

 ~早くうちから売れっ子タレントを出してじゃんじゃん儲けよう計画~』


 と書きだした。


 後半はほとんど社長の願望である。


「みんなで協力して案を出すのだ。

 これは事務所を挙げてユキに協力するだけの価値のある話だぞ」


 明るい色のルージュを引いた社長は、頷きながら、『じゃんじゃん儲けよう』の部分に下線を引いて語る。


「あのー……書類審査は受かってたって言ってましたけど、いつの間に書類を出したんですか?」


「いい質問だ!」


 社長は親指を立てて頷いた。


「この前『ドキドキ☆スリリングサンデー』の歌と振り付けを練習している様を、実はこっそり録画していてね。

 それを送りつけたら一次審査はパスしてしまってね。

 いや、さすが私が付きっきりで相手をしただけはある」


「なんてこったい……」


 額に手を当ててうなだれた。


 抜け目のない人だ。

 よく、芸能界に入ったきっかけを聞かれて「お姉ちゃんが勝手に書類を送ったんです」というエピソードを話す人を、本当かよ、と思ったものだが。


 自分勝手な人が身近にいると、そう言う事もあり得るのだと実感した。


 会議室には、鶴巻吉ノ進、牙城メノウ、野々村舞と先日手伝いをした人達が勢ぞろいしていた。


 吉ノ進は相変わらず長髪に袴姿だし、牙城は相変わらず来るまでに竜巻に巻き込まれたのかと言うほど、ズタボロなジーンズとシャツ姿だ。

 そして、舞は相変わらず―――可愛らしい。


「おい遥、なんで俺達がそこのジャリンコちゃんに協力しなきゃいけねぇんだ」


 牙城はボサボサの黒髪だったこの前と打って変わって、眩しいほどの金髪に脱色した髪をオールバックにしている。

 ジャリンコって俺のことか?


「メノウ、何も分かってないな。

 このオーディションは、いわゆる日曜日の朝にやっている、子供向け戦隊ヒーロー物の番組だ。ただのドラマとは違う」


 社長はびしっと牙城を指さしながら話す。


「普通のドラマはいわゆる1クール、つまり三カ月で終わってしまうだろう。

 しかし戦隊物は実に4クール、一年間続けて放送されるんだ。

 そして、スポンサーの関係で必ずグッズが出る。変身ベルトやカードゲーム、文房具におもちゃにお菓子、魚肉ソーセージもだ。

 そして子供だけでなく、その親や兄弟まで、幅広い年代の人が見るため、注目されやすい。

 とりわけ主婦に気にいられれば、一気にゴールデンタイムのドラマ俳優や、メジャータレントへ成り上がる。いわばスターへの登竜門なんだ」


 社長は瞳をきらきらと輝かせながらペンを持ったまま熱弁する。


 本当にプロデュース業が好きなのだろう、これぞ天職、といった様子だ。


「生々しい話だが、一人売れっ子のタレントが居れば、我々のような弱小事務所は経営の上で非常に助かるのだよ。

 そしてその金で、また他の者達を売り出す宣伝費用にもできるし、新しい者をスカウトして来れる。

 君たちにとっても不利益になる事は何一つないんだ」


 なるほど、確かに説得力のある話だ。


 社長自らダンスの練習をつけたり、常に昼食持参かつ給料ほぼゼロの事務所からすれば、金のやりくりは死活問題なのだろう。


 とりあえず、まとまった金が入ったらトイレの修繕費にあてて欲しい。

 便器にひびが入っていて、用を足すたびにひやひやするから。


「ユキちゃんが受かる様にみんなで協力しましょう!」


「うむ。我らいまこそ一つになるべきだろうな。ご助力致そう」


 舞と吉ノ進は話に納得したのか快諾をした。

 最後まで難色を示していた牙城だったが、最後には折れて同意した。


「レインボーレンジャーは、五人組の戦隊物のようだ。

 レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンク。ユキは唯一の女子枠の、ピンクのオーディションを受けてもらう。

 一人しかいないので、男子よりも狭き門だとは思う。だからみんなで知恵を出し合おう」


 きらり、と社長の銀縁眼鏡が光る。


 みんな、頭をひねりながら考え込んでいる。

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