第30話 そういうことじゃないっす

 結局、一曲をそれなりの形に仕上げられたのは、とっぷりと日が暮れた夜だった。


 その日はそれでお開きとなり、俺は社長から命じられたストレッチやダンスのキレを良くする体操を毎日こなすようになった。


 全身筋肉痛に悩まされ、不自然な歩き方をする俺を学校で見て、リーチからは「サイボーグ」という実に不名誉なあだ名をつけらてしまった。


 ダンスの特訓から数日後、再び呼び出されて、俺は重い足取りで事務所へと向かった。


 泣き顔を見られてしまったせいで、気恥ずかしいやら気まずいやら。

 社長と顔を合わせるのが億劫だ。


 倉本にメイクしてもらわなくては、と思い、メイク室へと入り一息つこうとペットボトルの水を飲んでいた所に、ばん、と扉が開く。


「ユキ! 喜べ! 

 君に合った仕事を取って来てやったぞ!」


 社長が半ば足で蹴り開けるような形で部屋に入って来た。


 こっちは若干顔を合わせづらいと思っていたのに、そんなこと全く気にしていない様子だ。

 いつもと同じくスーツにバレッタで留めた髪、眼鏡姿の社長は、意気揚々として話しかけてきた。


「ヒーローになりたいと言っていただろう?」


 まだメイク前なので、目の前に居るのは美少女の朝陽ユキではなく、冴えない特徴ない未来が見えない、の三拍子がそろった男子高校生、長谷川裕樹なのだが。


 鼻息の荒い社長は、あまりの勢いに立ちつくしている俺に向かって、一枚のチラシを差しだしてきた。


「書類審査は合格した。

 今度、このオーディションを受けるぞ!」



 そのA4の紙に書かれていたのは、こんな文字だ。



『来たれ、新鋭のヒーロー! 

 来月から始まる特撮番組の主役はキミだ!

 虹色戦隊レインボーレンジャー

 オーディション開催!

 ※プロダクションに属する新人タレント。無名の者が好ましい』



 ぴしり、と音を立てて俺の中の時が止まった。


 チラシには派手なフォントで詳細が書かれている。



「これで君もヒーローだ!」



 社長は、腰に手を当ててふんぞり返って高笑いをした。


 それと引き換え、俺は顔が引き攣った。

 


 そういう事じゃないんですよ、社長。

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