第29話 囚われのヒーローを救う方法

「――――俺だってヒーローになりたいのに」


 絞り出した声は、心からの願いであった。


 誰かに褒められたい。


 必要だって言ってほしい。


 優しく抱きしめられて、大丈夫だよと言ってほしい。


 頑張っているねと、認めてほしい。


 ああされたい、こうされたいという欲求と、あいつばかり何故、どうしてという醜い感情が胸を支配する。


 十一歳の俺は、未だに檻の中に捕えられたまま、可哀想に嗚咽を上げて泣いている。


 小さな町の学校の、ちっぽけなクラスのヒーロー。

 でも、誰もが羨み、慕い、憧れていた、幼い頃の俺。


 檻の鍵を開けて、救い出したいのだ。

 十六歳の俺が、今すぐに。


 そのためなら何でもする。

 ウィッグをつけ、パットを入れ、化粧を塗りたくって、腰を振って踊ってもいい。


 しかしやればやるほど、ルリとの埋まらない差をまざまざと見せつけられるようで、一層みじめだった。


 社長は、憐れむでも励ますでもない、無表情のまま俺を見下ろして来ていた。

 西日が差した部屋は、オレンジ色に染まっている。



「家族も友達も世間も、君の事を負け犬だなんて思っていない。

 そう思っているのは、君だけだ」



 落ち着いた声が耳に心地よい。

 息を吸うと肺が痛む。


「ただ、それが一番重要なんだよね。

 自分が自分を認められなければ、生きている価値なんてない。

 私の仕事は、そんな才能を持ちながらうまく使いきれていない子たちに、チャンスを与える事なんだよ」


 そう言うと、社長は初めて見る優しい笑顔で少しだけ微笑んだ。


 しかし、すぐに厳しい顔に戻る。



「立ちなさい朝陽ユキ。

 私はもう大人だから、些細なことで死ぬほど傷つく君の気持ちは分からない」



 芯の強い声だった。

 この人についていこうと、ぼんやりとだが、思えるような。


 俺は息を吸って、ゆっくりと起き上がった。


 頬の涙と汗を脱ぐって、ばつが悪そうに唇を噛む。



「―――弱音を吐いてすみませんでした」


「よろしい。鼻水を拭きなさい。

 五分休憩したらまた始めよう」


 眼鏡を押し上げてハンカチを投げてきた。


 悔しくてみじめで宇宙の塵となって今すぐにでも消えてしまいたかったが、もう諦めたくは無かった。


 笑顔で愛想を振りまくテレビに映るのアイドルを眺める。


 その笑顔に下に、どれほどの努力と涙が隠れているのだろう。


 ハンカチで涙を拭いて鏡を見たら、マスカラが取れて目の周りがパンダのようになっていた。

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