第28話 諦めるのをやめたい

「違う、そこはもっとお尻を突き出す!」


 と尻を掴まれたり、


「ターンがワンテンポ遅い! 

 四拍子ではなく八拍子だ!」


 と目が回るほどターンの練習をさせられたり、


「『好きだからメンヘラでごめんね⭐︎』の所でウインクだ! 何度言えば分かる!」


 と罵倒された。


 基礎の出来ていない自分は、振りを覚えられた所で、今度はキレが無いらしい。


 ゆるゆると動いているだけで、まったく舞台映えのしない動きだと注意される。


「いいか、姿勢の良さはタレントの基本だ。君は猫背でだらしが無くて、全身から卑屈オーラがにじみ出ているんだよ!」


「ひ、酷い……」


「胴体の中心に鉄の棒が刺さっているような感覚で、しゃんとしなさい。

 そして、手と足の指先まで神経を通し、のびやかな動きをする!」


 パン、と手を叩いて、社長はリズムを取りながら、失敗ばかりの俺を指導いていく。


 脚の筋が悲鳴を上げている。

 恥ずかしい歌詞を歌いながら、喉は枯れている。


 鏡の中の自分は酷くグロッキーな顔をしている。


 社長の手拍子と音楽に合わせて、何十回目のダンスを踊る。


 お尻を振りながらサイドステップをし、手をぶんぶんと振り回しポーズをとる。


「笑顔を忘れるな! 顔が引きつっている」


 心底、アイドルを尊敬した。


 バラエティに出た時に、あまりにぶりっこな態度から頭が弱そうだな~と笑っていたが、こんな激しいダンスが踊れ、あれほどの完成度のものにするなど、尊敬に値する。


 好きな人との初デートをするドキドキ感を歌った歌詞を唱えながら、脚を高く上げて笑顔を作る。


 サビの最後、大きくターンする一番の見どころが来た。タイミングが難しいのだが小刻みに跳ねながらくるりとまわった。


 うまくいった、と内心ガッツポーズを取った。


 しかし、流れ落ちた汗で床が滑り、つんのめった。


 あっ、と情けない声が漏れて万事休す。

 膝から無様に床へと落ち、したたか肩を打ちつけた。


 とっさに手が出なかったのが、自分の運動神経の無さを表しているようで情けない。


 膝と肩がじんじんと痛む。

 息は上がっていて、ぜいぜいと肩で息をすると肺が痛んだ。


 起き上がろうと腕に力を入れるも、入らない。

 がくがくと震える腕では体を支えられず、力無く床へと倒れ込んだ。



 そして、思わず言ってしまったのだ。


「もうやめたい」と。



 かすれた声は、広い練習場に響いて消えた。


「まだダンスは完成していないのにもう弱音を言うか。

 それとも、女装でデビューなんて無謀な事、やはりやめようか」


 社長は床に転がったままの俺を見下ろしてきた。静かに問いかけてくる。


「……いやです」


「じゃあ、何故泣いている」


 どうやら頬を濡らしていたのは汗だと思ったら涙だったらしい。

 漏れそうな嗚咽を何度も飲み込んだ。


 鏡に映った自分は、化粧も取れかけてぼろぼろに泣いていて、実に酷い有様だ。


「諦めてばかりの人生を、もうやめたいんだ」


 そうだ。


 俺は小学五年生の時、母親の再婚相手の連れ子だったルリにゲームで負けた時から、全てを諦め続けていた。


 それからずっと、両親の期待はルリにだけ向かっていた。


 友人の関心も、先生の興味も、世間の反応も。


 俺から全てをかっさらって、優雅に笑うルリが憎かった。


 だから、諦めることが癖になっていた。俺はその器じゃないからしょうがない、素質が無いから仕方がない、どうしようもないと、ずっと諦めてきたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る