▽▽の場合④


「ご苦労なことだな」


 言いながら扉を開けて入ってきたのはダルテリだ。


「お、来たね」


「自分の身まで犠牲にしようとは」


 ダルテリはじろじろとゲンを見ながら言う。とはいえその言葉は彼に向けられている訳ではなく、


「元から、全て捧げるつもりだったからね」


 ヴルシェはそう返す。「じゃあ行こうか」言って、扉を開けた。


 そこにあったのは――切り株、である。


 いつもダルテリが座っているような。


「いっちばーん」


 いつの間にか起きていたペルメスがヴルシェの脇を通って切り株に腰を下ろした。


「おい、許可なく座るな」


 続いてダルテリが切り株のところへ向かう。


「キミたちも早く来なよ」


 そしてヴルシェも、言いながら進んでいく。


「どこに行くかは知らないが、俺はここで姉貴を待つ」リューは返した。というかどこに行くかはゲンも知らない。魔人たちは全員理解しているようだがその理解が、こちら側に全く共有されていない。


「いやいやキミこそ来たほうがいいって。リョーとかどうでもいいから」


 ヴルシェはヘンと鼻で笑いながら言う。


「どうでもいいだと……?」


「お、落ち着いて」再び決闘を始めようとしたリューをゲンは慌てて止める。「あの、ヴルシェさんはひとまずもう少し説明をしてくれるといいかなって」


「説明はでするよ。とりあえず全員、こっち来て」魔人たちは切り株に集まっている。そう、それがまず分からないのだ、その切り株が何だというのだろう。先程からどこかに行くと言っている、そして事情を分かっているペルメスが真っ先に切り株に乗ったことを考慮すると、――なのか。集まってということは座る必要はないのか。ゲンたちを待っているということは六人で一度に移動するのか――


 カイが。一番最初に魔人たちの元へ進んだ。


「カイ――」


「わたしはこのために連れてこられたんですよね」彼女はヴルシェに尋ねる。


「物分かりがいいね。ゲンとは大違いだ」


 ヴルシェは満足そうに笑む。


 そうだった、彼女はそれがどれだけ分からなくとも、とりあえずついていかなければならない、それが彼女がここまでついてきた理由だからだ。そしてそれならば、


 ゲンも進む。そもそもヴルシェから、彼が離れることはできないのである。厄介なことだ。いつになったら定着するのやら。


 残っているのはリューである。彼には特に、ついていく理由はないはずだ。はずだが、ヴルシェは『キミこそ来たほうがいい』と意味深長なことを言っていた。今までの経験から言って、リューはついてきたほうがいい。しかし、


「リューさんも一緒に……」


「お前が、待っていれば姉貴が来ると言ったんだぞ」


 そう。そうだった、ゲンが招いた状況だった。彼はヴルシェをちらと見る。彼がどうしても連れていきたいのだったら自分でどうにかするだろうし、別に連れていかなくとも構わないのだったら無理に誘うことはしないだろう。さて、どう出るのか。


「まー行きたくないってなら仕方ないね」


 ヴルシェはあっけらかんと言った。


「これから行くとこのほうが、ここよりリョーたちが来る可能性あると思うけど、行きたくないなら分かった。じゃあ行ってくるねー」


 リューは切り株にやって来た。


「しゅっぱーつ」


 切り株に座るペルメスが拳を挙げて言う。




 着いたところは。


「いや、どうだったボクの作った呪具――」


「おい!」


 やはり移動用の呪具だったらしく、その解説を始めようとしたヴルシェの言葉を、リューが遮った。周囲は少し高い丘のような開けた場所で、辺りにはこれといって特別なものはない、そこに立っている、




「なぜこれが――『』がここにある」




 竜人の村で見た『龍の祠』を除いては。


 それはそっくり同じものであるようにゲンには思えたし、長らく見続けているリューがそう言うくらいだからやはりそっくりなのだろう。


「だから来たほうがいいって言ったでしょ。驚いた?」ヴルシェは言う。「ボクが、いやボクたちが今からやるのは、


 ――



   *



 龍神を。


 目覚めさせる?


 確か当初は『を目覚めさせる』と言っていた。つまりスヴェドとは龍神のことで、アスピディスケ村で祀られていた、竜神と同じ存在なのか。しかしヴルシェは龍神のモデルを知らないと言っていた――いや、だったか。知らないとは言っていないし――ヴルシェは村に行って祠を見ていないから、祠が同じ形がどうか、祀られているものが同じかどうかは確かに


「それで、わたしたちは何をすれば――」


 カイが口を開いたところで、


「間に合った間に合った」「おーいヴルシェ〜」「楽しみー」「何があるの?」


 ぞろぞろと、見知らぬ――魔人たちが、現れる。いや、一人だけ知っていた。ヴィヴェである。ヴィヴェはちらちらとゲンのほうを見ていたが、リョーがいないからか、興味を失ったように視線を祠へ向ける。


「やあやあ皆。呼んでもないのに来てくれてありがとう。邪魔だけはしないでね」ヴルシェは歓待とは言い難い挨拶をし、ゲンとカイに向き直る。「じゃあ説明しよう。まず――魔人が散り散りになったところから話す感じになるけど」


 そこまで遡るのか。ヴルシェたちの現在の目的は仲間捜し。募集ではなく捜索だ。つまりいつかの時点で、魔人たちが離散した原因があったはずである。詳しくは話していなかったためカイにとってはよく分からない話になるかも知れない。


「まあ原因ってのは分からないんだけど」


「分からないんですか」ゲンは思わずツッコむ。


「うん、気がついたらというか、いつの間にか。元々互いに特に干渉し合うほうでもなかったから、原因にを探ろうにも手遅れだったし」


 真面目な話が始まるのかと思ったら、何だかユルい導入である。


「まあそれで、流石に同じ種族だから、探そうという気になってまずは何をしたと思う? はいゲンくん」


「そういう形式? えっと、この祠に来たとか」


「惜しいね。当時この祠はありませんでした。ボクには古い馴染みがいて、ソイツの姿をしばらく見なくなって、多くの魔人たちの行方が分からなくなってることに気づいたんだ」ヴルシェは続ける。「正解はソイツが帰ってきた時の目印になるように祠を作った。竜人の村にある祠が先で、ソイツの話を元にボクが作ったんだ」


 なるほど、そういう――


「いや、やっぱり竜神のモデルを知ってたんじゃないですか!」


 ゲンは叫ぶ。


「え? いやいや、のモデルを知らないなんて言ってないよ、のモデルは分からないけど」ヴルシェはそう返答する。


「??」竜神――村で祀られている竜人の始祖としての存在のモデルは知っているが、龍神――リューのスキルが冠する存在のモデルは知らないということか。いやしかしヴルシェはと言っていたはずだが、


「リューのスキルが冠してる『龍神』は『龍神』そのものじゃない――というか、本来『龍神』と呼ぶべきものを村で『竜神』と呼んでいるのであって、ボクが言うところの『龍神』はキミたちの言う『竜神』なんだよ。リューがいるから分かりにくくなるんだよね」


「分かりにくいというか、全く分からないです……」ゲンは挫折した。やはり魔人と対等に渡り合おうという考えが間違っていたのである。とりあえずストーリーを聴くことに集中しよう。


「それで散り散りになってた魔人の中には、ふつうに生きてた、ボクとかダルテリとかクレミェとかペルメスとか、と、一度死んだのかどうか分からないけど姿が変わっていたとかとか、とか、っていう二つの場合があって。スヴェドはその中でも特殊で――今、


 …………。


 …………?


「それこそ、僕たちにどうしろと」


「話は最後まで聞きなよ。祠の中に縛られる希薄な存在になってるスヴェドを、外に出す。そのために、を突破しなきゃならないんだ。そこでキミたちの出番って訳」


「枷?」


 ゲンは首を傾げる。


「枷っていうのは譬えだけど。とにかくスヴェドを縛りつけている、縛り続けているものを打破しなきゃならない。限界突破スキルはスキルレベルの限界だけを突破するものじゃあないんだ、


 逆風を突破し、


 現状を打破し、


 進み続けた、そんなキミ自身の生き様が、スキルに反映される。だからキミを、キミたちを選んだ。まあカイのほうはまだ経験不足なのも否めないけどとりあえずやってみてからでしょ」ヴルシェは言って、祠を示す。


 そうは言われても。


 それが生き様だといわれても、簡単には飲み込めないし、それをスキルに投影するなどもっと難しい。まずは手をかざしてみようかと、カイのほうを見る。彼女も、難しそうな顔をしているが、彼を見てこくりと頷いた。二人は祠の前に並んで立って、まっすぐ手を伸ばす。


「「…………」」


 何も反応はない。


「「――使用」」


 何も反応はない。


「もう一段階限界突破必要かも知れない」ヴルシェが後ろから言った。その言葉を受けて、二人は向かい合い、再びお互いの胸の前に手を伸ばした。




『『スキル【天元打破】 lv.150。

 スキルのレベルが最大です。

 スキルレベルの限界突破が可能です。

 スキル【天元打破】を使用しますか?』』



「「――使用」」



『スキル【天元打破】を使用。

 スキル【天元打破】のレベルの限界突破に成功しました。

 スキル【天元打破】はスキル【突破】に進化しました。』



『スキル【天元打破】を使用。

 スキル【天元打破】のレベルの限界突破に成功しました。

 スキル【天元打破】はスキル【打破】に進化しました。』



 まさかレベル150にまでなっていたとは。一体どれだけの年月が魔人の角には蓄積されていたのか。二人は改めて祠に向かう。


 そして、手を伸ばした。



『――――――――』



 今度は。


 確かに、反応があった、使えると、感じた。




「――スキル【突破】使用」

「――スキル【打破】使用」




 二人は、同時に発し。


 祠は光り輝き始めた。


「お〜」「わ〜」魔人たちが騒ぎ始める。その中でヴルシェはただ静かに見守っていた。


 光が止み。




 祠の上に――一人の、魔人が座っていた。




 年齢はノリアより若いくらい、ほんの三、四歳といったほどか。角だけが細く長く成長している。何が起きているのか何も理解していない様子で、ただその何にも焦点が合っていない虚ろな視線を周囲に泳がせている。


 ソレを、


 ヴルシェは駆け寄って、優しく、しかし確かに抱き締める。


 、そう言っていたことをゲンは思い出す。淡々とここまで説明してはいたが、自分の角を斬り落とすほど、その想いは強く、それが実を結んで今、こうして再会を果たせた。


 それほどの相手なのだ。何があったのか、今やその面影はないのだろうが、それでもヴルシェは再会できないという最悪だけには打ち勝った。これからどうなるかは、まあヴルシェ次第だ。


 そして早くも、任を解かれたカイがどうするかも彼女次第だ。経験を積んだ今なら“白い杖”に戻っても少しはやることがあるかも知れない。そもそもイーヤのように食事の支度をすることだって立派な役割の一つである。


 そして、は。


 完全に身体がくっつき次第、魔人たちの元を離れてもいいだろう。この間考えた通り、まずは“白い杖”に戻るか、それともしばらくは独りでいろいろやってみるか。フウに元気な姿を見せることを忘れてはいけない。あるいは――ケンに、もう一度会うというのも悪くはないだろう。いや、気分は悪くなるかも知れないが。


 全ては行き当たりばったりでもいい。大切なのは、その行く先々で突き当たる問題を乗り越えることなのだから。











〖第四章 了〗

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追放理由は行を跨がない ~スキル【限界突破】はこの先必要ないって、まだ突破の余地があるのに本気ですか? まあ僕もついこの間知ったんだけど、もう遅いったらもう遅い!~ 烏合衆国 @akanumam

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