第32話【読者選考突破記念特別編】闇の呑み友登場 401号室 魔族のアザゼリスさんとティー・リキュール・ソーダ
その日、犬神さんの部屋に来訪者がやってきた。紫色の髪にひつじみたいなツノの生えたワンピースタイプのドレスを着た女性。気だるそうな表情の犬神さんは謎の来訪者を前に扉を開けて第一声。
「はい?」
「初めまして! ワタクシ、401号室に本日から入居しました。アザゼリス・セレスタと申します! こちらのマンションにお住まいの方はお酒がお好きと聞いておりましたので、こちらを!」
「あぁ、牛乳焼酎。牧場の夢じゃないですか! ありがとうございます。あの、よろしければお礼にお茶とかどうですか? あっ、男の部屋にデリカシーなかったですね。すみません」
「いえ、お言葉に甘えてお邪魔してよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
犬神さんはお酒が大好きである。このドランカーレジデンスにおいて常識人側であるが、お酒が絡むとガードが緩む。見知らぬ謎の姿をした女性を部屋に招き、リビングの席に案内。そしてお客様用のお茶菓子にオレンジペコの紅茶を淹れリビングに戻った時、
「き、貴様ぁ! 魔王城における魔王の間の前にいた最強のボスモンスター! アザゼリス! ここで会ったが272年目だ! 私の精霊白魔法で消し去ってやる!」
「おや、どこかで見た事があると思ったら、あの時のハイエルフですか? 久しいですね」
と、夜更かしして起きてきたセラさんが指を指しながら叫んでいるので、犬神さんは縮地法でテーブルに向かい、「どうぞ」とお茶をアザゼリスさんに差し出すと、その勢いのままセラさんの頭をぶっ叩いた。
「ぎゃああ痛いッ! 犬神さんっ! 何するんですかぁ!」
「テメェこそお客さんに何失礼働いてんだよボケぇ!」
「犬神さんこいつは魔王城で魔王の最大幹部、アザゼリスなんだ! 何故かここにいるので倒さないとならない悪い奴なんだ!」
「あぁ? 隣の部屋に引っ越してきたアザゼリスさんだ」
「ハイエルフ。お隣さんですね。以後よろしくお願いします。それにしても犬神さん、お茶とっても美味しいですわ!」
「そりゃ良かったです。このセラとは知り合いなんですか?」
「ハイエルフのセラと言えばかつて私の勤め先でありました魔王軍最大の脅威の一つでした。全ての魔法の母、超魔導士ドロテアの弟子にして魔法神官の称号を持ち、類稀なる才能と研鑽された魔法の数々でワタクシを破りました。ふふっ、懐かしい」
過去を懐かしみ、上品に紅茶を啜るアザゼリスさんに対して、犬神さんにほれ見た事か! という顔をしているセラさん、ニマニマしている彼女に呆れた顔をした犬神さんが、
「それ、本当にコイツですか? 同姓同名の人違いとかじゃなくて? こいつ消しカスより役に立たないんですけど」
「犬神さん! なんでそんなに信じてくれないんですかー! もうヤケ酒を飲むんだからな!」
「お酒ですか、いいですね。ワタクシも頂戴してもよろしくて?」
「おや、アザゼリスさんもお酒を嗜まれるんですね。では紅茶のお酒はどうですか?」
「いいですわね! いただきます」
大きいペットボトル焼酎を煽るセラさんをゴミムシでも見るような目で犬神さんはシェイカー、ティーリキュールと絞ったレモン、さらにソーダ水もシェイカーに入れた。
「シェイカーに炭酸水まで?」
その驚きに犬神さんはフッと笑う。
実際炭酸が抜けるから基本シェイカーに炭酸が入った物を入れる事はない。されど犬神さんは軽く2回ゆっくりとそれらを混ぜ合わせ、カクテルグラスにシェイカーの中身を注ぐ。カットレモンを添えて、
「お待たせしました。ティーリキュール・レモンソーダです」
「わぁ! お洒落なカクテルですね。ん……! おいしー! 並のバーよりもお上手なんですね。ショートカクテルは足が速い(飲み頃)ですから失礼して」
「いえ、下手の横好きですよ。アザゼリスさんこそ、お酒についてお詳しい。作った甲斐がありました。もしよろしければ他にも何か作りましょうか?」
「ふふふ、いいですわね。でも今日は引っ越したばかりですのでそろそろお暇しますわ。今度、私もおすすめのお酒ご用意しておきますので、いらしてくださいね!」
「えぇ、是非」
「セラも、ではごきげんよう」
意味深な表情で微笑み去っていく。
二人はとても仲睦まじく、セラさんはなんだか「ん? んん?」と腑に落ちない気持ちになる。お酒で思考が冷静になったセラさんは、かつての怨敵であった。アザゼリスさんが犬神さんと仲良くなる。そして二人が仲良くなると……
「これ、私追い出されるんじゃないか!」
「何ぶつぶつ言ってんだ気持ち悪い」
「犬神さん! 私にもさっきの紅茶のお酒が飲みたいぞ!」
「あん?」
犬神さんは安いペットボトル焼酎を煽っているセラさんの状況を見て、冷蔵庫から午後ティーを取り出すとセラさんが飲んでいる焼酎のコップにそれを注いだ。
「はい」
「ちょっと待て犬神さん! なんか雑だぞ! 私にもバーテンダーがシャカシャカする奴でやってほしいぞ!」
「嫌だよ面倒臭い。ブルボンの高級ルマンドでも食ってろよ。うまいぞ」
アザゼリスさんには作って自分には作ってくれない事でジタバタ駄々を捏ねる。しかし高級ルマンドを食べる事はやめない。そしてチラ見するセラさんを見て犬神さんは、
「絶対その凄い魔法使い、エルフ違いだろう」
という独り言を聞いて再びジタバタ泣き喚いた。知的な魔族に対して犬神さんのエルフという種族への偏見がまた一つ大きくなった。
酔いどれエルフのセラさんと光の呑み友達 アヌビス兄さん @sesyato
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