第31話 酔いどれエルフと給食居酒屋とエルフの暗殺者

 それは犬神さんの部屋で飲み会が催された日の事である。

 

「えぇ、アタシは味噌ラーメンが一番給食で好きだったぜぇ!」

「味噌ラーメンなんて給食で出てたか? 俺はそうだなぁ。関東炊きかなぁ。おでんじゃなくて関東炊きってのがミソだったわ」

「自分はソフト麺とかわかめご飯ですね」


 給食ネタで盛り上がっているのだが、セラさんはもちろん日本の学校になんか通っていないので会話に混ざれずいいちこの水割りをちびちびとやりながらセラさんは同じく人間ではないディアナさんを見て、

 

「全く全然分からない話だよな?」

「一応私、日本の女子大に通ってたから教職の兼ね合いで中学校に教育実習で食べたわよ。そうねー私は揚げパンが好きだったわね。あとクジラの竜田揚げとか」

「で、ディアナさんも給食を食べた事があるのか……」

 

 が、ディアナさんのその給食の思い出も大概な献立で最近どころか超古い組み合わせである事をセラさん以外のみんなはあえて指摘しない。セラさんがまだこの世界にやってくる前、バブルの時代の話を懐かしそうに語るディアナさんに年齢を聞いて空気が重くなったのだ。

 

 という事で、セラさんはみんなの言っていた給食を体験する為に給食を食べに給食居酒屋へと向かう。ディアナさん以上に人間なのかどうか不明な302号室のダンタリアンさんに、給食を体験するなら制服で行かなければならないと騙され、ジャンパースカートタイプの制服に身を包んでその場所へと向かっている。そんな道中。

 黒いマントに身を包んだ小柄なポニーテールの少女が現れた。

 

「ハイエルフ。ウィザードマキシマム(極限魔導士)のセラ・ヴィフォ・シュレクトセット。ようやく見つけた。エルフの集いにも参加せず。異界に逃げ何を企むか?」

「おや? エルフか? 珍しい。しかもファイター、いやソードマンか?」

「フン、暗殺者。ヴィオラ・エクスカ・ペータ。伝説のエルフだった貴様だが、お前の足跡を追った所、魔道具によって吾輩もこんな場所に辿り着いた。貴様はのうのうとこの場所でエルフの誇りを捨て人間の男に買われる始末。裏切り行為と判断しお印頂にきた」

「そうか、ペータ。お前もあの魔道具に触れたか、それに関しては御愁傷様としかいえないな。しかし貴様には悪いが私は本日給食を堪能しに行く。なんならお前も来るか?」

「きゅうしょく? 何を言っているんだセラ? それにペータって言うな!」

「まぁ、こい……しかしお前のその格好ではまずいな。給食を食べるのにはドレスコードがあるらしいんだ」

「ドレスコード!」

 

 コスプレショップに寄りマントは絶対に外せないと言うヴィオラさんの為にショップ店員さんが選んだのは学ランに学帽、そしてバンカラマント。その明治時代的な格好に身を包んだヴィオラさん。

 

「おぉ、中々凛々しいじゃないかペータ」

「そうか? 吾輩もそう思うが……あとペータと言うな」

「さて参るとするか」

「うむ、腹が減っては暗殺はできぬからな」

 

 全国展開居酒屋6年4組、その渋谷分校に二人は入る。

 

「いらっしゃいませ……えっ? コスプレ? コホン。当店は初めてですか?」

「初めてだ」

「右に同じ」

「ここでは店員の私は先生です。お客様は生徒になります。先生の理穂ちゃん先生です」

「「なんだ……と」」

 

 一見するとイメクラみたいな名前の店舗、そして店舗コンセプト。当然セラさん達は学校という組織に所属した事がない為、本気にする。

 

「分かりました理穂ちゃん先生」

「よろしくお願いします理穂ちゃん先生」

「飲み物は何にしますか?」

「理穂ちゃん先生、この店らしい飲み物はなんだろう?」

「そうですね。ヤカン焼酎かメスシリンダー量り売り焼酎ですね」

「子供の頃から犬神さん達は酒を煽っていたのか……この世界の子供半端ないな……では麦焼酎のわんこをメスシリンダーで500ml。いも焼酎の雪舟の里をヤカンでお願いします。理穂ちゃん先生」

「はーい! お食事の方は決まりましたか?」

「いや、なに分こういうところが知らなくて、オススメをいくつかもらえるだろうか?」

「あの頃の鯨カツ、給食の人気メニューソフト麺、デザートに揚げパンなんてどうでしょう?」

「いただこう」

「ふっ、セラ、集落に入らば約定に従えは吾輩等エルフの性だからな」

 

 店員さんは、やたら日本語の上手いおかしな外国の観光客が日本の間違った文化を知ってやってきたんだろうくらいに思い優しく接客してくれる。

 よって学校の法律を店員さんは教えてくれる。

 

「お待たせしました。では手を合わせてください!」

「おぉ! ペータ手を合わせるんだ」

「ペータと言うな! 理穂ちゃん先生が言うなら致し方ない」

 

 二人は手を合わせる。

 そして、

 

「いただきます!」

「「いただきます!」」

 

 二人はひとまず、タルタルソースをつけたクジラカツをパクリと食べる。しばらく咀嚼、そしてやかんに入った焼酎をお互いの盃に合わせて静かに「「乾杯」」牛や豚、鶏、あるいは魚でもない食感と味をしばらく楽しみ焼酎で流し込む。

 

「美味すぎるな給食」

「セラ、貴様。食の為にエルフを裏切ったか? が、この美味さ、致し方なしだな。というか理穂ちゃん先生、くじらとは一体なんだ?」

 

 理穂ちゃん先生はスマホでクジラを調べるとそれを見せてくれる。それにセラさんとヴィオラさんは驚愕の表情を見せる。

 

「「神魔獣アーマゲドンの使い魔! デストロホエール!」」

 

 空中を浮遊する全長三十メートルを超える制圧型虐殺獣。数多くの魔物、人間を喰らった特級神災、セラさんやヴィオラさんの仲間のエルフも数多く犠牲になった。勇者、魔王、そして伝説の超魔導士の共闘によって討伐された怪物。

 

「り、理穂ちゃん先生、まさかこの世界の人はこいつを捕まえて食べるのか?」

「そうですね。世界的にはクジラを食べるのは否定的な声が多いみたいですが、日本では9000年前、縄文時代からは食べているみたいですからね」

「きゅ、9000年前!」

「おい、セラ。デストロホエールが討伐されたのって……」

「私の知る限り、220年程前だ……」

「恐るべし世界だ……」


 続いてソフト麺が運ばれてくる。食べ方の分からない二人に理穂ちゃん先生はフォークで一口分ずつ切り分けてミートソースにつけながら食べる。

 

「私はパスタは大好きだ!」

「お客様」

「セラだ。理穂ちゃん先生」

「セラさん、これはソフトスパゲッティー式麺。パスタじゃありません。スパゲッティーです」

 

 決してパスタ、スパゲッティーとしては美味しいかというと滅茶苦茶美味しいわけじゃない、なんというかスナック感の強いパスタ麺、アルデンテなんてもっての外、コシもなければふにゃふにゃとした食感。

 が……この学校の教室空間内で食べると、

 

「なんか不思議なパス……パゲッティーだな」

「おい、セラ、吾輩。こんな美味い食べ物始めて食べたぞ。貴様、こんな物を毎日食べていたのか?」

「妬くなペータ。メスシリンダー焼酎、先に飲ませてやろう」

「ふん、吾輩。酒程度では動かぬぞ。そしてペータと呼ぶな! まぁ、伝説のハイエルフに酌をされるのは悪くないな」

 

 芋で600ml、麦で500mlの焼酎を飲み干すと、いい感じでお酒も回ってきた。デザート代わりの揚げパンの前にもう一品くらい。

 

「デザート前のサブシメに何か食べるか? ご飯ものがこの世界は美味しいぞ!」

「ご飯もの? 理穂ちゃん先生、ご飯もののオススメは何か?」

「そうですねぇ、ペータさん。給食といえばカレーライス、またはわかめご飯がおすすめですね」

「ではそれを一つずつもらおう! あと、この大人のミルメイクという物も二つ、いちご味で」

 

 ご飯に牛乳。日本人の多くがこの謎の組み合わせと思っているが、海外の人からすれば割とメジャー。だが、理穂ちゃん先生はあえてご飯と一緒に持っていかなかった。

 用意されたカレーライスとわかめご飯を半々にしてセラさんとヴィオラさんはパクリ。

 

「んんんまい! 家のカレーやカレー屋のカレーとは似て非ざるものだな」

「そうなのか? くそ美味くて涙が出そうだが」

「ペータ。お前、普段何を食べているんだ?」

「山になっている木の実とかその辺の草とかだ。金子がないからな」

「………」

 

 そんなヴィオラさんは不幸さはなく、美味しそうにわかめご飯もパクパクと食べている。歳の頃はまだセラさんより200歳は若いだろう。

 

「ヨーグルトリキュールが入った大人のミルメークです。揚げパンも一緒にご用意しました!」

 

 揚げパンとミルメークイチゴ入りリキュール。最高の組み合わせを二人に楽しんで欲しいと理穂ちゃん先生ことアルバイトの理穂さんはどれもこれも楽しそうに、美味しそうに食べている二人に最高の環境を届けたいという心配り。

 

 それはセラさんとヴィオラさんに届いた。

 

「じゃあ、シメはパンと牛乳。給食とやらの黄金の組み合わせだ! ペータ、シメの乾杯と行こう!」

「ペータと言うな! 乾杯だ。セラ!」

 

 グラスをカツンと合わせて甘いきなこの揚げパンをおつまみに大人のミルメークで流す。

 甘い物に甘い物。それは悪魔的な美味しさ。二人はうっとりとしばらく給食におけるデザートの組み合わせを堪能した。

 

「セラ、なんら分からんが給食とやら、実に美味だな?」

「あぁ、私は悔しい。犬神さん達が嬉々として話しているだけはある……給食くそうまいじゃないか! このやろー!」

 

 会計を終えるとセラさんはヴィオラさんに尋ねてみる。

 

「ペータ。帰る方法はあるのか?」

「ないよ。あとペータと呼ぶな」

「そうか、これ」

 

 セラさんは財布の中にあるお金を全てヴィオラさんに手渡す。金額にして4万円程。はっきり言って宿を合わせれば数日程度しか使えないお金だが……

 

「なんのつもりだセラ・ヴィフォ・シュレクトセット!」

「とっておけ、これでも一応この世界で生業を持っているんだ。困ったら私を頼るといい。これでも同じエルフに出会えた事が嬉しかったんだ。ヴィオラ」

「だから、ペータって……言ってないな……」

 

 先ほど6年4組にいた時にスマホで呼んでいたタクシーが丁度到着した。それに転がり込むようにセラさんは乗り込むとヴィオラさんに小さく手を振った。

 

「お前は……セラ……まさか……いや本当に人間を救う為にここに囚われたというのか……答えろ!」

「運転手さん、出してくれ。犬神さんのマンションだ」

「あいよ」

 

 犬神さんのマンションで通じると聞いていたが、ガチだったんだなとセラさんは驚きを隠せない。そうタクシーの中でセラさんは天井を見上げながら思う。帰る方法は今現在存在しないという事。

 美しい森林、澄み渡った空、魔素溢れる世界。目を瞑れば次々と思い出される故郷の風景。

 

「いやぁ! 実に良かった! あの世界はもう隅から隅まで知り尽くして飽きてたんだ。あんな世界、今更戻ってもやる事ないし、麦酒もこっちの世界の方が遥かに美味いからな! ほんと、同族の若いエルフが来た時はびびった!」

 

 そう、セラさんは実は終始元の世界に戻されるんじゃないかとビクビクしていたのだ。さっさと飲ませて酔わせて逃げようと思っていたが、全然酔わない酒の強いエルフだった。どうしたものかと思っていた所、戻る方法はない。そうなればこっちのものだった。

 

「この世界は魔物もいないし、貨幣経済が最強すぎる。金さえあればなんとか生きていけるからな、ペータには小銭を掴ませておけばいいだろう。この世界の食べ物や娯楽を知ればペータも戻りたくはないと思うだろうし、魔物を屠って金が稼げるわけじゃないこの世界。金の稼ぎ方を知らないペータは私を頼るしかあるまい」

 

 そんな悪い考えを持ちながら、ルンルン気分で家に帰ったセラさんを待っていたのは……

 

「たっだいまー!」

「おう、おかえり」

「遅かったなセラ」

 

 先ほど、お金を渡して去ったはずのヴィオラさんがココアを美味しそうに飲みながら犬神さんと談笑している様子だった。これは一体どういう事かと犬神さんをみると……

 

「お前さ、知り合いの子で右み左も分からないのに端金渡してはいさよならっていくらなんでも酷いすぎやしないか? とりあえず今日の宿くらいここ泊めてやるとかお前さんは考えないわけ? なぁ? とりあえずあの子、ヴィオラさんだっけ? しばらくウチに置いてやるから面倒見てやれよ」

「セラ! 犬神殿はめちゃくちゃいい人間なんだな! 吾輩感動したぞ! 犬神殿。なんでも言いつけてくれ! 義には義を返すのがエルフの本懐である!」

 

 そう言うヴィオラさんに犬神さんは笑顔を返すと再び、セラさんを見る。それはまさに鬼のような形相に変わる。犬神さんは基本目つきが悪いが優しいいい奴なのだ。

 

「義には義を返すのがエルフらしいぞ。セラ」

「そ、そうだ! 当然私もだな」

「お前に義を返された事は俺の知る限り一度もないけどな。まぁ、先輩としてしっかりしろよ」

 

 これより、犬神さんの家に二人目のエルフが居候する事になる。そして今まで空家だった犬神さんの左隣の部屋401号室に新たな入居者がやってくる。

 次回、闇の飲み友登場。

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