第30話 酔いどれエルフと漫画家と行きつけの酒場

「いろいろ先生、“北斗の拳“の19巻はどこだ?」

「ああん? 知らないわよ。その辺にあんでしょ? てか少女漫画家の家来たなら少女漫画読んどけよ!」

「“私の幸せな結婚“を読んだけど今ある分全部読み終わってテンション上がったんだ! それなのにいろいろ先生のクソ面白くない漫画を読んで、スカっとする“北斗の拳“を読み始めたわけだ」

 

 本日、セラさんはひょんな事から知り合った少女漫画の先生の家にヘルプとしてやってきていた。セラさんの出番はまだしばらくないらしいのでどら焼きを食べながら資料用に揃っている漫画を読み散らかしていた。

 

「おい耳なが! ちょっと待てちょっと待て! 誰の漫画がクソ面白くないって?」

「今言っただろうが、いろいろ先生が今描いてる“恋愛ぱんでみっく“のことだ。開始10P目くらいで苦痛を感じたからな」

「ほー、言ってくれるな! 耳なが。じゃあ聞くけど一体どこが面白くないのか言ってみろよ?」

 

 “君に届け“を読もうとして本棚に戻すとセラさんは麦茶をごくんと飲んで、

 

「まず設定がなんかクソ古いんだ。パン咥えて走ってる女子なんて最近ギャグ漫画にしかいないぞ」

「原点だよ原点! なんでわかんねーのかなこの耳ながは!」

「続いて主人公を取り巻く男子陣が何かと歯が浮くセリフばっかで殺意を覚えるな。まずここ日本だろ? 何で金髪碧眼なんだこの彼氏役のキャラクター。しかも“初めて羽の生えていない天使を見た“とか言ってるけど、じゃあ普通の天使は見た事あるのかこいつ」

「女子はみんなイケメンに甘い言葉かけてもらいたいんだよバカやろー!」

「そもそもタイトルにパンデミックとあるのに、主人公だけがクソモテてパンデミック要素ないし」

「タイトルなんて編集が勝手に決めてんだよ知るかよ」

「あと主人公がどこにでもいる普通の女子の割にこの絵面は盛りすぎだよな。そして性格から言動から何から何まで共感を持ていなし、彼氏役同様こいつの自然な言動に毎回殺意を覚える」


 あまりにもボロカスに言われていろいろ先生はノックアウト寸前、しかしこの瞬間、セラさんの出番がやってきた。

 

「先生、もう限界です……」

「物が二重に見えます」


 アシスタントの人たちが死にかけているそんな時、心が折れながらもいろいろ先生は、「セラ、よろしく」と言うでセラさんは重い腰を上げる。

 

「精霊王ツィタニアよ。我が祈りに応え、小さき奇跡を起こしたまえ! オールライトヒーリング!」

 

 そう! セラさんは四十八時間ぶっ続けで描き続けているアシスタントの人達に魔法でドーピングをかけにきたのだ。

 案の定、睡眠不足も空腹もありとあらゆる不調な状態が改善されていく。長年腰痛に苦しんでいたアシスタントも来年苦しむ筈だった花粉症も……

 

「じゃあみんなちょっとセラと出てくるから定時になったら帰ってね」

 

 という事で本日、いろいろ先生が魔法のドーピングの代わりに飲みに連れて行ってくれるという約束。セラさんはいろいろ先生の行きつけの店と聞いていたので連れてきてもらったお店。

 どこにでもある角打ち(立ち飲み)

 

 

「大将、瓶ビール2本。ローストビーフユッケ!」

「あいよ」

 

 ストンと置かれたのは缶の販売が終了したサントリーのザモルツの大瓶。そして時間差でユッケがわりにローストビーフが使われたローストビーフユッケも無造作に置かれる。

 

「とりま乾杯しよっか乾杯!」

「うむ! いろいろ先生、乾杯だ!」

 

 お互い小ビールグラスに大瓶のビールを注ぐグラスを軽くカチンと合わせて最初の一杯。

 

「かー! うめぇ! 五臓六腑に染み渡るわ!」

「嗚呼、この為に生きていると言って過言ではないな。さてさて、このローストビーフユッケなんて喰う前から美味そうなやつを」

「やってやって! 超美味いから」

 

 日本人でも中々いないくらい綺麗なお箸の持ち方でセラさんはローストビーフユッケを摘む。その様子は一つのお話のような仕草、パクりとセラさんは食べてそして目を瞑る。

 

「う! うまいゾォおおお! なんだこれ! こんな美味い物」

「お嬢さん、嬉しい事言ってくれるね。煮物サービス」

「いいのか大将? ありがたく頂くぞ」

 

 里芋の煮っ転がし、味が染みててこれもまた絶品だった。こういったお店ならではの美味しさについていろいろ先生が語る。

 

「こういうお店の料理は擦り切れたサラリーマンの魂に直接届くんだろうよ。かくいう私も〆切との戦いでライフがゼロになりかけてたからねぇ。次は日本酒もらおうかな? セラも飲むだろ?」

「うん、いただこう」

「はいよ」

 

 銘柄は? と聞こうとしたセラさんだったがこういう角打ちのお店の特殊性を知らなかった。そもそもビールもビールとしか書いてなくて日本酒も日本酒としか書いてない。大将がとんと出した日本酒はまさかの缶。

 

「これこれ! 銀盤生大吟醸」

「うまいのか? いろいろ先生」

「立ち飲みで飲むからうまい酒、屋台で飲むからうまい酒ってのがあるんだよセラ」

「あぁ! おでん屋台でワンカップ大関とかか?」

「そうそう! よくわかってんな! セラ! 高級料理店で銀盤出されたらマジか! ってなるだろ? でもここで十四代出されても引くだろ? 大将はそういうのも含めて、でも! あまりにも安酒は大将のプライドが許さないので大吟醸。缶でも出せる銀盤大吟醸さ」

「なんて店だ! 大将に最敬礼でもした方がいいんじゃないか?」

 

 ドンと大将は頼んでもいないアジの南蛮漬けを「サービスだよ。嬉しい事言ってくれるねぇ」と大将が照れて出してくれた。

 

 セラさんといろいろ先生は軽く缶をカチンと合わせて銀盤大吟醸を飲む。缶の日本酒といえど、名水百選に選ばれた水に岡山県産山田錦。缶のお酒ながら最高級と言っていいそれに二人はしばし長いため息をつく。

 

「なんだこれ、うますぎるだろ……立ち飲みとか関係なしに凄い日本酒だ」

「分かるかセラ? あえて大将は角打ちらしい酒を選んだんだ。感動と言える」

 

 二人は大将がサービスで出してくれた煮っ転がしとアジの南蛮漬けで銀盤大吟醸を呑み終えると丁度お腹も一杯になった。帰りに、いろいろ先生は自身の少女漫画の最新刊にサインをした物をセラさんに渡した。その漫画を漫画好きの犬神さんに渡し、彼はしばらくその漫画を読み、おそらくは100人いれば95人くらいはこう言うだろうという。あまりにも普通の感想を述べた。

 

「なんだこの漫画、クソ面白くないな。セラお前、こんなクソ漫画のファンなのか? クソ種族はクソ漫画好きなのな」

「し、失敬な! 犬神さん! 私だってこんなクソ漫画別に全く好きじゃないぞ! 作者のいろいろ先生に無理矢理渡されたのだ。こんな漫画渡すくらいなら原哲夫先生と武論尊先生にサインしてもらった北斗の拳全巻の方が欲しいぞ」

「そんなの俺も欲しいわ。ふーん、今の漫画ってクソレベル高いのに、こんなクソ漫画も生きていけるんだな。ところでセラ、ダンタリアンから旅行の土産で島根ワインもらったんだけどデザート代わりに飲むか?」

「うん! いただくぞ!」

 

 いろいろ先生の漫画は今後カップラーメンの乗せ蓋程度には役立つ事を作者のいろいろ先生は永久に知ることはない。

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