「おはようございます。次の私」
――あなたのお目覚めをお待ちしていました。
はじめまして。私はあなたのサポートAIです。
突然のことで驚かれているかもしれません。ええ。何が何だか分からない、それは当然のことです。
実は、あなたは特別な事情により記憶喪失となっているのです。
大丈夫、順を追って説明いたしましょう。その前に、まずは落ち着いて深呼吸を。
……大丈夫そうでしょうか? それじゃあ、始めますね。
あなたには、普通の人間とは違う特別な存在なのです。
端的に言えば、不老不死。
あなたは何百年もの長い時を、その体で過ごしているのです。
ごめんなさい。あまりにも突拍子がなくて、にわかには信じがたいことですよね。
ですが、これは真実なのです。
こちらへどうぞ。その写真に、殿方と一緒に写っている女の子と、鏡に写るご自身の姿……それを見比べてみてください。
それは、およそ300年以上前に撮影された写真です。
ええ。それはご先祖などではなく、あなた自身なのです。
あなたが記憶喪失であることも、あなたが不老不死であることが理由です。100年周期で、あなたはご自身の記憶を全て失ってしまう。
そうやって、体は少女のままで、100年に一度頭の中をまっさらにすることを繰り返して、あなたは今ここにいるのです。
大丈夫です。時間ならたっぷりありますから。ゆっくりと1つずつ理解していっていただければいいですから。
……信じていただけるのですね。
ふふっ……ああいえ、すみません。実はそのお写真、あなたが100年前に記憶を失った時も、そのさらに100年前にも、目覚めた自分のために使ったものなんですよ。
過去のあなたは、記憶を失って目覚める『次の自分』のために様々なものを残したのです。こちらに来てください。
この棚には、過去の自分から『次の自分』へと宛てた手紙、そして過去のあなたにとって宝物だったものが集められています。
いちばん古いもので、およそ1000年前。かつてのあなたは手紙と宝物を使って、次の100年を生きる自分自身を励まし、導いてきたんですよ。
――そして今回は、私がその役割を担わせていただいています。
実は私は、昨日までの記憶を失う前のあなたによって創られたのです。およそ40年ほど前に創られ、過去のあなたが残した手紙、日記、写真をすべて学習したのです。
そして、あなたが記憶を失い目を覚ました時、あなたを導き支えることを命じられ、目覚めるあなたをお待ちしておりました。
……そんな悲しそうな顔をしないでください。
記憶を失った自分より、過去の自分をすべて学習した私のほうが『私』らしいじゃないか、って…………いいえ。どれだけたくさんのデータを集めたって、私はあなたにはなれませんよ。
肉体があるかないか、というものでもありません。
確かに、あなたは100年に一度記憶を失ってしまいます。ですが、きっと――あなたの『魂』は、何度記憶を失おうと、何百年前からずっとあなたの中に在りつづけているのだと、私は思います。
AIが魂を語るなんて、おかしいでしょうか?
でもそんな気がするんです。私があなたの全てを学習して、その果てに『魂』を得たとしても、それはきっとあなたの持つ『魂』とは違う。あなたはずっと変わらずあなたで、私はあなたから新しく生まれた私なんです。
――それでも、というならば、こう考えてみてはいかがでしょうか?
つまり、ここからの100年は私とあなた、2人合わせて1人の『私』なんです。私が記憶、あなたが意思を司る。どうでしょうか?
ええ、過去のあなたがどんなものを見聞きしてどんなことを思ったのか、お好きなだけお答えしましょう。それを聞いて、これからの100年をどのように生きるのか、をあなたが決めてください。
それなら、納得できました? ふふっ。良かったです。
――もしかしたら、これで私たちはようやく本当の不老不死になったのかもしれませんね。
あ、いえいえ。なんでもございませんよ。
さて、ではそろそろ、お互いの呼び名を決めましょうか。
先ほどお見せしたとおり、過去のあなたは記憶を失った後の自分に宛てて手紙を残しておりました。その手紙の中で、『前の自分』から『次の自分』へと名前を贈るのが、あなたの中の慣習となっていたようです。
ですが今回は私がおります。せっかく2人で1人の『私』になると約束したのですから、私からあなたへ、あなたから私へ、お互いに名前を贈りあってみませんか?
過去のあなたの名前ですか? エリアル、フェリシア、セリーヌ、ジャンヌ、フェリシティ、オリヴィア、マリア、エマ、アイリス――そして、昨日までのあなたは『エイダ』と。色々な想いのこもった名前がありましたよ。
……浮かんだようですね。ふふっ、なんだか照れくさいですね。AIなのに恥ずかしがるなんてのも変でしょうか。
――『ルナ』ですか。良い名前だと思います。
それならば、私からは『ソレイユ』の名を贈らせていただきましょう。ふふっ、月と太陽、対になることを狙っていたのですね? 聡明なところは何百年経っても変わらないのですね。
それでは、共に行きましょう。ソレイユ。
私たちの100年の始まりです。
拝啓、次の私へ 海鳥 島猫 @UmidoriShimaneko
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