第20話 月龍

 ステーキを腹一杯になるまで食べ、室内のソファ(クモコ&スティック作)でくつろぎタイムを満喫していた。

 せっかく作ってもらって取り付けたカーテンは使わず、存分に室内に日光を取り込みながら光合成をする。


「あー……なんかしたいなぁ」


 ゴロゴロダラダラももちろん良いのだが、何かしたい。

 クモコは巣を長く開けたくないらしいから帰ったし、スティックは玄関前のガーデニング、ゴンザレスは俺があげた本を熟読している。


『だらけるのも一興であるぞ、ニーグリ殿』

「だらしない腹見せやがって……。スゥーーッッ!!!」

『ヌォワーーッッ!?!?』

「ニーグリ様はシロの匂い好きですね。私も好きです! スンスン……」


 窓際の床で腹を見せながら転がるシロに、俺は顔面を埋めて肺の奥まで吸い込む。

 シロの言う通り、このまま昼寝と洒落込んでもいいのかもしれないが、今は何かしたい気分なのだ。かといって畑を耕すには時間が遅すぎるしなぁ……。


『ならばもう飯の準備をすれば良いのでは?』

「お前は飯のことしか考えてないな。太るぞ」

『フッ、我は高貴なる魔物ゆえに、体の脂肪など魔力に容易く変換できるのだ!』

「村の人たちが聞いたら怒り狂いそうな発言ですね」


 まぁ今回は仕方なくシロの提案を飲むことにしよう。夜ご飯は魚にする予定だったし、スティックに釣竿を作ってもらって川で糸を垂らすことにしよう。

 シロは牛肉のステーキの余韻で眠いらしく、窓辺でだらしなく寝るとのことだ。対してラズリは俺についてきて、手伝ってくれるらしい。ラズリを見習え、怠犬。


 ガチャリと扉を開け、外に出てスティックを呼ぶ。


「おーい、スティックー!」

『おや? どうなさいましたか、ミスター・ニーグリ』

「釣りするから釣竿作ってくれ〜い」

「くれーい!」

『さてはミスター・シロに急かされましたな。承知しましたぞ。ハッ! 完成ですぞ』


 釣竿を作ってもらい、それを持って川に向かって針に餌として千切ったパンをつけた。

 ラズリにも手渡そうとしたのだが、渡そうとするたびになぜかパンがラズリの口に吸い込まれてしまい、数十回かかった。


「んじゃ釣るか」

「100匹は釣りたいですね!」

「100匹中何匹食べるつもりだ?」

「え? もちろん全部ですよ?」

「うーん……いっぱい食べれて偉いなぁ!」

「えへへ♪」


 流れる雲を眺めながら釣り糸を垂らし、流れに逆らう魚たちが食らいつくのをただ待った。

 ヤマメやイワナなどの川魚が入れ食い状態で釣れたので、晩飯には困らなさそうである。


「おっ、また釣れた。……しっかしなぁ、せっかく魚料理なら和食が食いたいな」

「わしょく? それは美味しいものですか?」

「もちろん。東国の料理のことを指すんだが、癖があるものもあるけどどれも美味いぞ。……けど、俺が作るよりが作る方が美味いんだよなぁ……」


 和食でふと思い出し、懐かしい顔が頭に浮かんだ。

 ちなみにだが、あいつとは料理本をくれた人間のことではない。


「あいつ、って誰ですか?」

「俺の式神……まぁ仕えてるみたいな存在かな? その中でも和食料理が上手いやつがいてなぁ。そいつの名は――〝空明くうめい〟だ」


 ――ザッパァァァンッッ!!!


 俺が名を呼んだ途端、川が隆起した。いや、隆起したように見えて、何かがから勢いよく飛び出してきたようだった。

 水飛沫によって服やら髪やらはビチョビチョだ。流石に異様な音がしたので、各々の時間を過ごしていたスティックたちが集まる。


『何事ですかな!?』

われが元のサイズでも食える巨大魚が釣れたか!?』

『コッケーコケッケ?』


 まさか名を呼ぶだけで、とは思わなかったぞ……。


「……久しいな、

『久しぶりだね、あるじ。きちゃった』

「彼女じゃあるまいに……」


 俺たちの目の前には、家を軽く超えるほど長い体を持つ生き物がいた。全身真っ白の鱗にモフモフな毛が生えており、立派な角が二本生えている。

 こいつこそが俺の式神である空名。種族は月龍……そう、龍だ。


「お、おっきいヘビさん、ですか……?」

『蛇じゃないよ、龍。……ところで主、ちゃんと破壊活動してる? 元気にしてた? 私がいなくても大丈夫だった?』

「だーッ! 大丈夫だって! あとデカイから人になれ空明!」


 空明は少しシュンとして、体を光らせる。眩い光が失せるとそこには、1人の女性が立っていた。

 淡い水色の瞳と白髪だが、まつ毛まで白い神秘的な人間。和服に身を包む人間に見えるが、頭の上のツノや腰あたりの尻尾が龍を示している。


「えー……みんなに紹介しておこう。こいつは空明、俺の従者みたいなやつだ。龍で和食料理が得意なオカンだ」

「私おかんなの? ぴぃすぴぃす、いぇーい」

『愉快な龍であるな』

「すごい綺麗です!」

『ミス・クーメイ、よろしくお願いしますぞ』

『コケ〜』


 無表情ポーカーフェイスしながら細い指でダブルピースをする空明。愉快なやつだと思われても仕方ないぞ、お前。

 しっかし……こうなったら空明は意地でも帰らないだろうなぁ……。

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邪神だけど生贄の女の子が可哀想だったから一緒にスローライフしてみた 海夏世もみじ @Fut1

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