第28話 第二章【レプリカント・レギオン】編

 我が儘。ああ、なんていい言葉の響きだろう。ありのままの自分がやりたいようにやる。素晴らしい言葉だ。ワガママの発明者に俺部門ノーベル賞を進呈したい。

 俺は今日もこの夢の世界で、我が儘に、戦っていた。


 数多もの星々が輝く夜空が、どこまでも広がる。

 生い茂る木々は真夏日の青々とした緑色だったり、秋頃の紅葉した色だったり、春先の初々しい青だったりした。

 ここは誰もが見る夢の世界。その『第五層』。

 森の斜面を、一匹の怪物『アモク』が、ごろごろと転がってくる。

 その姿は、まるで鉄球。人の体躯の何倍もの巨体を持つそれを見て、俺はいつも通り、銃と剣を構えながら、ちっ、と舌を打つ。


 夢世界の生物は、現実世界の生き物から乖離している。例えば生命活動に必要な呼吸器官などを確保する必要がないし、首など明確な弱点部分を作る必要もない。ハートさえ守れりゃいいわけだからな。

 そして目の前のこの鉄球みたいなアモクは。


「……おわっ!」


 自身の核を強固な殻でガードし、ウニのように針を突きだして攻撃してくる。

 刺突のスピードは銃弾よりは遅いが、特急電車並みに早い。食らえばもちろん、痛いじゃ済まない。


 俺は銃弾を数発撃ち込むが、その強固な外殻に弾かれ、弾丸がころころと足元を転がり、夢のルールに則り四散する。

 そう、何より厄介なのは、この殻。扱えるシリムの総量はハートの大きさによって異なる。こいつにはこいつの、俺には俺の最大値がある。しかしこのアモクは、明らかに自身の限界をオーバーするほどの装甲を身にまとっている。

 単純な話、一日のヒマな時間に殻を作って、シリム量を自然回復させたら、また作ってを繰り返しているんだ。

 原理としてはダリアの都市と同じ。このウニ玉は自身の数倍のシリム量を持つ超装甲を手に入れている。


「360度隙の無い円形のクロワッサンみたいな多重装甲に、攻撃は鋼鉄並みの針を無尽蔵に打ち出すアモク、か……」


 俺は義務的に目の前の敵について分析し、ぶつぶつと独り言を呟いていた。

 キモいな、ゲームオタクみたいだ。いや事実、俺はこの世界を、死ぬほどやり込んでいる。すっかりこの世界のオタクだ。そしてオタクは群れない。ひとりになると独り言が増えるものだ。

 俺は銃と剣を交差するように構え、大きく嘆息する。


 第五層に来てから、夢の世界イデリアは大きく様変わりした。

 まず、アモクが急激に強くなった。第四層のボスだった天使はここでもそこそこ強いレベルに分類されるだろうが、ここのアモクもそれに負けず劣らず、知恵をつける者が多くなっている。

 それは、現実世界の12時間が、40年にも伸びるこの階層特有の特徴だろう。アモクたちも長い夢の間で切磋琢磨し、より強いハートを手にして、より効率よく獲物を狩れるよう進化しているのだ。


「皮むき……しゃーねぇなぁ。一枚一枚、ブチ抜いていくしかねぇーか」


 ウニ玉の打ち出す針を受け流した、俺の剣がガチチと火花を散らす。

 左手で発砲した俺の銃が火を吹き、ガウンガウンとウニ玉の装甲を抉っていく。

 そのまま悠々と歩いて距離を詰め、剣を連続で振りかざし、敵の外装に傷をつけていく。銃で傷ついた箇所を集中的に、必要に。

 それはまるで、ひどく不器用な玉ねぎの皮むきみたいで、俺は、ふっと自分で思って、笑った。


 ウニ玉の打ち出した針を空中で身をよじって避けながら、めげずに弾丸を撃ち込み続ける。

 一枚、一枚、敵の装甲を力づくで剥がしていく。

 本当に、本当に下手くその皮むきみたいで、ウケるな。


 黒いウニの皮を、一枚一枚、剥がしてめくる。

 はは、しかも使うのはまな板と包丁じゃない。拳銃と剣だ。

 拳銃と剣で調理ってなんだよ。

 ああ、もうダメだ、俺は。五層に来て、長いこと。本当に長いこと戦い続け過ぎて、気を違えてしまったのかもしれない。

 まるであの、エラーガールのように。

 俺はゴリゴリとアモクの装甲を削って、削って、削って……ようやく剥き出しの核のようなものを引きずり出した時、ついに、声を出して笑った。


「.。.:☆・。・★:.。.ω.。.:✡・。・☆:.。. .。.:*・。


あっ、はっ! はっ! はっ! はっ!


 .。.:☆・。・★:.。.ω.。.:✡・。・☆:.。. .。.:*・。」


 急いで核を回収しようとするアモクの動きよりも早く、剥き出しになった核に剣を刺し込み、破壊する。

 途端に残りの外殻も、逃げるように飛び出した針も、パラパラとジグゾーパズルのように砕け散って霧散していった。そしてその破片を、俺は俺のハートに、美味しくもぐもぐ頂いた。

 ああ、何度食べてもこの経験値が増える瞬間はたまらなく満腹感というか、多幸感を覚える。

 ひとつアモクを倒して、俺はまたひとつ、強くなった。


 第五層に来て、一年は経っただろうか。ううむ、夜ばかりなので時間感覚が掴めない。もっと短いかもしれない。でも俺らは睡眠を必要としないから、永遠に動き続けていられる。もちろん排泄もしないし、食事も必要じゃなければしない。可能ならば可能な限りレベリングし続けられることを考えれば、やっぱり一年ぐらいかもしれない。

 んまぁ、そんなことはどうでもよくて。


 第五層に来て、この世界は大きく変わった。

 この世界は今やひとりが一国――偽りの兵団――『レプリカント・レギオン』を従える時代になっていた。

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ダンジョン・オブ・ドリーム~異世界転生したと思ったら、そこは現実と陸続きの世界だった~ ナ月 @natsuki_0828

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