第27話-一章完-



 ごん、と足元の奥から地鳴りのような音が響き、ごん、ごごん、と階段が一歩一歩登ってくるかのように近づいてきて、最後に扉がにょきりと顔を出した。


 木製の扉で、今作られたものだというのに木目がはっきりとしていて綺麗で、周囲には緑色の蔓がうねうねと絡まっていた。



「これも、『ルール』なのか?」


「そうさね。階層のボスを倒すと扉が作られ、扉は階段を作る。それがこの世界のルールっつーか、ギミック? みたいなもんさ」



 第五層への扉が出来た。


 意気揚々と歩き始めた僕らの前に、シルクの白杖が通せんぼする。



「通せよ、シルク」


「……はぁ。もっと減ってもらう予定だったんだけど」



 シルクが苦々しそうにそう呟く。


 そんな彼の肩にそっと手を添えながら、ダリアが突きつけられた白杖を下ろさせる。



「リヴィーズにこの場所のことを教えたのは、私なの」


「……彼は君が守らなくちゃいけない人間なの?」


「そう。きっと、みんな、そうなのよ。やっぱり、皆で第五層に行くべきよ。悪いことをしたら、コラって叱って、反省し合えるような、そんな世界にしましょう」


「そんな夢みたいな世界はないんだよ、ダリア」


「あるわよ。だって、ここは夢なんだから」


「ダリア……はぁ」



「かー。イチャイチャしおって」



 俺はその茶番を見ていられなくなって、ぺっぺと手で払った。



「そーいうとき、唾吐かん? リヴィーズ」


「マスク文化広がった今日の今で? ちなみに、ぺっぺと唾を吐くのは古い日本の民間信仰な。唾は邪気を退けると言われていた頃の名残。これ豆知識な」


「ほえー、お前、文系もいけんのかー」


「まーな」



 俺はちょっとしたクイズ王になったような気持ちで、ソンズからの称賛を受け取る。



「一本、いるか?」


「ん、あー、もらおう」



 ソンズが作ってくれた煙草を口に咥えて、吸い込み吐き出す。


 香ばしくもまろやかな刺激が口腔から脳髄に伝わり、びりびりと旨味成分が行き渡る。



「驚いた、美味いな」


「だろ?」



 にししと笑いながら、ソンズは自分の分もちゃっかり作り出して吸う。


 指から離したら消えてしまうから、ソンズは俺が吸い切るまで、俺の分の煙草を持っていてくれた。


 俺も次から煙草はこの味を作りたいな。



「じゃ、そろそろ行かせてもらおうか。第五層へ」


「待て、リヴィーズ」


「今度はレオのおっさんか」


「お前は更なる下層へ踏み込み、何を目指すというんだ」


「目標なんてねーよ。バカじゃねーの? だから時間切れで死ぬんだって俺らは。なのに、逆に聞くけどなんで下層に行かねーの?」


「……はぁ、何が彼は信用できる、だ」



 レオが苦々しそうにそう吐き捨てる。


 おっさんに見限られたところで痛くも痒くも何ともないね。


 続いて、レオはエラーガールへ視線を動かす。



「エラーガール。お前は俺と来てもらう」


「なんで?」


「俺の仲間を、クイッキーを殺したお前を、放置しておくわけないだろう。手を出せ。手錠をかける」


「いやん触らないでエッチ!!」



 手錠をかけようとするレオと、絶対回避能力を持つエラーガールの追いかけっこはしばらく続いた。ここが浜辺だったら、さぞ盛り上がったことだろう。


 仲間を殺されたレオと、殺したエラーガール。そんなふたりでさえ和気あいあいと生きていけるのなら、やっぱ、夢の世界は何をやってもいいんだと思えるな。


 クイッキーがいたら、どう思うのかは知らないが。



「さて、前置きはこの辺でいいかな」


「行こうぜ、次の夢に」



 俺たちはいよいよ、次の夢世界へ足を踏み入れる。



「次は30年続く夢だったな」


「とはいってもここまでで結構消耗してるからなー。具体的には今の寿命が12倍になるって解釈の方が楽さー」


「その後は?」


「30年の12倍だろ? 第六層いったら、300年以上続く世界だ」



 300年! それってもはやちょっとしたエルフ並みに生きていけるだろ。


 それだけ時間があれば、やりたいこと、きっと全部できる。



「行こう、次の夢へ!」


「ああ、行こう」



 俺は夢と希望を胸に、次の階層へと続く扉に手をかけた。


 楽しい楽しいセカンドライフが、俺には確かに待ち受けているんだ。障害は多いけど、これからだって、きっと何とか乗り越えていける。


 こいつらを上手く使って。



「ふひひ」



 俺は矯正で半分失った犬歯を見せて、笑った。


 これからの人生が、楽しみでしょうがなかった。



「僕らは君たちを許さないからな」


「いつかみんなで分かり合える世界にしましょう」


「犯罪者は、許さんぞ」



 生きていけば、敵も増えた。シルクやレオたちは俺を許してはくれないらしい。



「また顔見せに来いさ、リヴィーズ」



 でも、ソンズたちは多分、また俺が何か楽しい情報を掴めばつるんでくれるだろう。


 エラーガールは知らん。


 でも人生って、そういうもんだよな。


 俺はきっと、何も間違っちゃいない。だって、これが俺なんだから。


 これまでもこれからも。


 俺はこの夢の世界で、生き続けてやる。


 皮肉なことに、俺はこの帰れない夢の中で、初めて自分がどういう生き物なのかを理解できた。


 生きていくためなら、俺は、お前らだって食い潰してみせる。



「ああ、またな」



 俺たちはそう言い合い、第五層の扉へと歩を進めた。


 夢は、まだまだ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る