四話 ヒロイン争奪戦は突然に!? ラノベⅤS漫画




 ――それはわたしが小学生の頃だった。

――国語か何かの授業で、今年で一番楽しかった思い出の作文を書く内容だったと思う。

 ――わたしは何気なく作文を書いたと思う。その作文の内容が学校だよりに掲載された。先生から聞いていたのか、わたしの作文が掲載されたと、お母さんが教えてくれた。

 ――最初に学校だよりに掲載されたわたしの作文を見て、何度か読んでも分からないほどわたしの作文は編集されていた。誤字脱字が酷く、恐らくは先生か誰かが修正したのだろうと思われた。わたしが書いた事を示すのは修学旅行の思い出を書いた事と「誤植愛」という名前だけだった。

「これ……本当にわたしが書いたやつなのかな? 間違ってない? わたしの作文と似たような内容の書いた人と取り違えたとか?」

 ――わたしはリビングのソファに寝転がり、学校だよりに掲載された作文を何度も見直し、お母さんに聞いた。

「なに言ってるのー。先生に聞いたんだから、間違えるはずないじゃないー」

 お母さんは呆れ顔で答えた。

「じゃあ、お母さんが絵本作家だから採用したんだよ。わたしの苗字を使って、学校のカブとかを上げたいんだよ」

「もうー。愛ったらー。何処からそういう言葉を覚えてくるの? 学校だよりにわたしの紹介は書いてないわよー」

「でも……」

 ――わたしは納得できないといった風に子供っぽく頬を膨らませた。

「愛、貴方の病気の事は知ってるわ。でもね。貴方の修学旅行の思い出がよく伝わったから、貴方の作文が選ばれたと思うの。それを誇って良いのよ」

 ――そう言ってお母さんはわたしを抱き寄せた。暖かいハグ、お母さんの好きな化粧品のローズマリーの匂いがする。

「そうだね。お母さん。わたしにもお母さんみたいに文字で物語を伝える力があるって、信じたい」

 ――そう言って、わたしもお母さんを抱き締めていた。

 ――そして学校だよりにわたしの作文が掲載された事はクラスメイト数人の噂になっていた。それはわたしにとって大事件だった。

「これって、愛ちゃんの作文だよね?」

 ――わたしに学校だよりを見せ、話しかけたのはクラスメイトの女子、田(た)貫(ぬき)さんだった。たまに話す程度の友人だった。

「そうだよ」

 ――わたしは笑顔で答えた。

「でもこれって、愛ちゃんの文章じゃないよね? 教室に貼られている愛ちゃんの作文の文章とだいぶ違うし……」

「どうかな……」

 ――わたしはたまにからかってくる田貫ちゃんを警戒してか、言葉を濁らせた。その反応に田貫ちゃんは面白くない顔をする。

「ねえ! 愛ちゃんの作文が学校だよりに載ったんだけど、有り得ないよね!」

――田貫ちゃんが叫ぶように言うと、クラスメイト達の視線が向けられ、わたしは臆病な草食野生動物みたいにビクッとなった。

『マジで?』

 男子の一人が反応する。

『オレも見た……あの愛が何でだよって思ったよ。ほとんどの作文が誤字脱字だらけなのにな』

 呼応するようにもう一人の男子生徒が言った。

「何をそんなに学校だよりごときで問題視してるの? 愛ちゃんにはそれなりに文章力があったんじゃないの?」

 転校してきたばかりの男子生徒、吉音(きつね)君が言った。

「だって愛ちゃんの作文、酷いんだよ。吉音君、ちょっと見てよ」

 田貫ちゃんが吉音君の手を引っ張る。

「や、やめてよ! 田貫ちゃん……」

 ――わたしの作文が誤字脱字だらけだと理解していたけれど、それを知らない他人に読ませられるのは凄く恥ずかしいように思えた。

「田貫ちゃん、分かってて作文を提出したんじゃないの? 見られて良い作文だって」

 田貫ちゃんの悪戯な笑みが向けられる。

「愛ちゃん。とりあえずどんな作文か見せてよ。それで学校だよりに載せられるような文章か見て、判断できるから」

「でも……」

 ――わたしはあの文章を見れば、いくら吉音君でも幻滅するのではと思っていた。

「これでもボクは作文で金賞をとってるんだ。批評ぐらいはできると思うよ」

「でも、わたしは見て欲しくないよ……恥ずかしいし……」

「恥かしがることないよ。だって学校だよりに載るほどの作文なら」

「吉音君。こっちだよ」

 ――田貫ちゃんは吉音君の手を引っ張り、教室の外に貼り出されている作文を見に行った。

『これは酷い……』

 教室の外の廊下から吉音君の声が聞こえる。

『でしょー』

 田貫ちゃんの声も教室の外から聞こえてきた。

 しばらくして、田貫ちゃんと吉音君が戻ってきた。

「君の作文を読んだけど……学校だよりに載せられるほどの文章じゃないよ」

 ――その吉音君の言葉は心にナイフでえぐられたような言葉だった。なぜわたしをよく知らない人がわたしの心にナイフを突き刺すのだろうと、何度も自問自答した。

「やっぱり誰かと間違えたんじゃない? 似た内容を書いた人と入れ替わったんだよ」

――下を向くわたしに田貫ちゃんはからかうような笑みを向けて言った。

「原文を見せてくれれば分かると思うけど、作文はある?」

 吉音君がさも当たり前かのように作文を要求し、手を向けた。

「見て……どうするの?」

「照らし合わせるに決まってるじゃん」

 田貫ちゃんがけらけらと笑うように言う。

「……嫌だよ!」

 ――わたしは激しく首を横に振った。

「素直に出して……はっきりしようよ」

 田貫ちゃんが軽く机を叩く。

「君のプライドの為にも……出した方が良いと思うよ。こうやって田貫ちゃんが馬鹿にしてる訳だし」

「嫌だなぁ吉音君―。わたしは愛ちゃんの事を考えて言ってるんだよ。こんな恥ずかしい文章が世に出ないようにさー。恥だよ、恥―」

 田貫ちゃんが手を振り、あくまでも馬鹿にしている事を否定しているが、顔はにやけているように思えた。

「……分かったよ。でも、そのかわりにわたしの作文を馬鹿にしないでよ」

「馬鹿にする? しないよー。ねぇ?」

 田貫ちゃんが吉音君に視線を送ると、馬鹿にしない事を肯定するようにこくりと頷いた。

「じゃあ、分かったよ。本当に……馬鹿にしないでよ」

 ――わたしは教室の壁際にあるランドセルロッカーからランドセルを取り出して開け、その中から作文用紙を取り出した。聞かれた時に自慢しようと思っていたぐらいの気持ちだった。それがこんな形で見せる事になるとは思ってもみなかった。

「なんだ……持ってんじゃん」

 ――田貫ちゃんが駆け寄り、わたしの作文用紙を取り上げる。

「ちょっと勝手に見たら悪いだろ」

 そう言いながらも吉音君は止めもせずにわたしの作文用紙を覗き見ている。

「良いって言ったんだから、見てるだけじゃん。んんっ!? 学校だよりと文章が違くない?」

「確かに文章が違うようだけれど……」

 吉音君がスマホで検索し、学校のブログに載っている学校だよりの作文と照らし合わせる。

「はぁ? 愛ちゃんの作文と学校だよりに載っている作文がぜんぜん違うんですけど!」

 田貫ちゃんがクラスメイトに聞えるように大きな声を上げる。

「ちょっと大きな声を上げてどうしたの? もうすぐホームルーム始まるのよ。隣の教室まで聞えちゃうでしょ」

 担任の中立(なかだち)先生が足早に教室に入ってくる。

「だって先生、愛ちゃんの誤字脱字だらけの訳わからない作文が学校だよりに載ってます。多分、書いてる人は違うと思いますー」

 田貫ちゃんが不服そうに言う。

「そうなんです。誤植さんの作文が学校だよりに載りました。みんなで誤植さんを褒めてあげましょう。表彰もされるようですよ」

 中立先生が一人で拍手すると、クラスメイト達からざわめきが起こった。

『あの誤植が……』

『なんで?』

『あんな作文で表彰かよ』

 表彰という言葉を聞いて、田貫ちゃんは舌打ちをし、わたしを睨んでから、先生の方を向いて口を開いた。

「どうして愛ちゃんの学校だよりが載ったんですか? ここに作文の金賞受賞者がいるのにおかしいですよね?」

 田貫ちゃんは吉音君を見て言った。吉音君はどうしていいか分からずに頭を掻いていた。

「誤植さんにはとても良い作文を書いたと言っていた方がいました。それで選ばれたのだと思います」

 ――中立先生はわたしを少し見て、気まずそうに言った。

「愛ちゃんの文章とだいぶ違いますよね?」

「間違った文字を少し変えて、修正したんだと思いますよ。それにほら……誤植さんのお母さん、絵本作家さんでしょ? それなりに文章の才能があるのかも?」

食い付くように言い続ける田貫ちゃんに中立先生は少し焦ったような口調になる。

「それって……親の七光りって事ですか? そういう世の中だから裏口入学とかが増えて、才能がある人が認められない……ニュースとかでやってましたよ」

「親の七光りとか、裏口入学とか、難しい言葉を知ってるのね田貫さん。とりあえず今はホームルームの時間ですし、作文の話は後でしましょう」

 田貫ちゃんは納得しないものの、黙って席についた。



 ――それから表彰式の当日、田貫ちゃんはわたしを目の敵にしていた。

「あんた! 分かっているんでしょうね? 表彰式で賞状なんて貰ったら、恥よ! 恥!」

 ――教室に入るなり、田貫ちゃんに言われた言葉が挨拶ではなく、非難の言葉だった。

「わたしの作文をお母さんが褒めてくれたし……わたし、賞状は欲しいし……」

「はぁ? あんたは! 偉い人に賄賂をくれるって言ったら、貰うわけ? 親が裏口入学してくれるって言ったらするわけ? そういう奴が悪い政治家になったり、役員になって汚職事件を起こしたりするのよ!」

 ――田貫ちゃんはわたしを睨み続け、声を上げた。

「わたし、そんな事しないよ」

 ――わたしは首を横に振る。

「とにかく! 賞状を貰うのを辞退しなさい」

「そんなことできないよ!?」

「すべてなかった事にするのよ……これはあんたの為に言ってるんだから」

「えっ?」

「あんたが賞状を貰うのをみんなが許すと思う? あんたが悪人だと、みんなが知ったら、あんたが虐めの対象になるんだからね」

 ――クラスメイトの何人かこちらを見ているのに気付き、わたしはビクリと身体を震わした。

「別にわたしは悪い事してないよね? わたしが賞状を貰っても誰も怒らないよね!?」

 ――わたしがクラスメイト達に聞いても、その答えは返ってこない。視線を逸らして、黙るだけだった。

「あーあ、もう虐めが始まっちゃった? そんなに気になるなら、吉音君か誰かに聞いてみれば良いじゃない。わたしは賞状を貰って大丈夫ですかって……」

 ――耳元でわたしに言う田貫ちゃんの横顔は笑っているように思えた。

「どうして吉音君に……?」

 ――わたしは教室を見回し、席に座る吉音君を見つけると、思わず駆け寄っていた。

「吉音君……賞状を貰って大丈夫だよね? だってわたし悪い事をしてないもん」

 ――わたしが泣きそうな表情で言うと、吉音君は溜息をついた。

「そもそも君はあの文章で賞状を貰えると思ってるの? お情けで貰うような努力賞だったら、田貫ちゃんの言うように恥なのかもね……賞状を貰うの辞退したら?」

 吉音君は冷たく言い放った。

「でも……わたしは」

「じゃあ、愛ちゃんが賞状を貰うのを辞退した方がいい人? みんな、真面目に答えてあげて! これは愛ちゃんの社会勉強の為にも!」

 田貫ちゃんがにやけ顔で言うと、クラスメイトの半数が手を上げていた。

『よく分からないけど……下手な作文が学校だよりに載るとか訳がわからん』

『吉音君の作文が選ばれるべきだったんじゃん、あっちの作文は金賞だし』

『先生の人選ミスだろ?』

 ――わたしの作文を否定するクラスの男子生徒達、「可哀想だよ」「やめてあげて」と言う女子生徒も何人かいたけれど、その声は掻き消されそうなほど、小さな声だった。

「こら! 誤植さんを囲んで何やってるの?」

 ――中立先生の声が聞こえる。わたしは下を向いたまま、前を向けない。

「なんでもないです」

 田貫ちゃんが誤魔化すように言って、吉音君と一緒にすぐに席につく。

「朝礼の為、これから体育館に行きます。喋らず静かに歩いてくださいね」

 ――それからわたしの頭が真っ白になり、体育館に向かうみんなの歩行がスローモーションのように思えた。

『愛ちゃん……元気ないけど大丈夫かな?』

 ――吉音君の声が何処かからか聞こえる。

『親の七光りで調子に乗った報いだよ』

 ――これは田貫ちゃんの声だ。

『でも、辞退させるのはさすがにハードルが高いんじゃないの?』

『やってくれなきゃ困るわよ……じゃないと、愛ちゃんが馬鹿なまま、犯罪者になっちゃう』

 ――列を歩くわたしは無意識に愛ちゃんと吉音君の声がする方向を探り、探していた。

 ――わたしが顔を上げた刹那。悪い暗殺者のように駆け寄り、強面で顔を近づけ、囁くように口を開いた。

『ねぇ聞いてる愛ちゃん? わたし、賞状を貰うのを辞退しなかったら、愛ちゃんのことをずっと軽蔑するから!』

「じゃあ……辞退すればいいの?」

 ――わたしに選択肢はなかった。

『これは口約束じゃないわ……本当にやりなさいよ』

 ――わたしは黙ってこくりと頷いた。それを肯定と見た田貫ちゃんは嬉しそうに吉音君がいる列に戻っていく。


【誤植愛さん】

 ――朝礼の後に中年の教頭先生にマイクでわたしの名前が呼ばれるが、無視した。

【誤植愛さん? 誤植愛さん! 誤植愛さん、壇上に上がってください!……今日は誤植愛さんは欠席でしょうか?】

 ――無視をしてもその行為は無意味だという事は幼いわたしでも分かっていた。それはわたしなりのわずかな反抗でもあったのかもしれない。

 生徒の列の横に集まっていた教師と共に居た中立先生は少し前に出て、無言で首を横に振る。

【誤植愛さん? どうしたんですか? 聞えていますよね?】

「ごめんなさい……わたし……受け取れません」

【誤植愛さん……よく聞こえません。壇上に上がってください】

『もっと大きな声で』

 田貫ちゃんが言う。

「わたし、賞状を受け取る資格はありません!」

 ――わたしが体育館に響くような大きな声で言うと、生徒達の列がざわつき始める。

【えー……静かに! 誤植愛さんは都合が悪いそうなので……後日に賞状を職員室に受け取りに来てください……これにて朝礼を終わりにします】

「よく言えたね……これで良かったと思うよ」

 吉音君が肩を叩く。

「ちゃんと言えたじゃん……この後も賞状を受け取らないでね」

 ――動かないわたしに田貫ちゃんが笑って言って、通り過ぎていく。わたしは涙を堪える事しかできなかった。

 ――わたしの文章は何?

 ――わたしの文章はこんなにも……誰の心にも響かないものだったの?

 ――わたし……わたし……わたしは……

『愛?』

 ――誰? わたしを呼ばないで……もう賞状を貰いたくないの!

「愛!」

 優しく触るような手が触れて、部室の長机から愛は飛び起きる。

「……あれ? 書也君も朝練に来てたんだ」

「レインチャットで教子先生から朝練で部室を解放するって聞いたからな……それよりも愛、大丈夫か? 涙が……」

 書也が言うと愛は慌てて、袖で涙を拭く。

「ちょっとあまり寝てなかったからかな? あははっ」

 空元気のような愛の受け答えに書也は困った表情をする。

「まだ朝練前の十分前だぞ。どんだけ早く来てたんだよ? まだ友美の言ってる事を気にしてたりするか?」

「ほ、本当に違うんだよ!? 嫌な夢を見たというか……」

 その時、ドアの錠が開く音がして、噂をすればなんとやら。友美が部室に入ってきていた。友美は書也と愛がいるのを確認すると、駆け寄って愛に頭を下げた。

「この前はごめんなさい! わたしその……口が悪いから!? 本当にごめんなさい!」

 友美が真っ先に謝罪を早口のように言い、頭を下げ続けた。

「大丈夫だよ、わたし気にしていないから」

 愛が笑顔で言うと、友美はぱっと明るくなっていく。

「やっぱり! 持つべきものは友達よね!」

 友美は強く愛の肩を抱き、すぐに機嫌を良くしている。

 後から理香が部室に入ってきて、愛の肩を抱く友美を珍しそうに見た後、少し呆れ顔になる。

「友美君。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知ってるかな?」

「はぁ? 先に謝っているんだから良いじゃない!」

 その後にエロスが部室に入ってくると、エロスも愛の肩を抱く友美に呆れ顔になる。

「友美さん。変わり身の速さはさすがですわね。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知っていますか?」

「何であんたまで同じことわざを言うのよ!?」

「愛に馴れ馴れしい……離れて」

 いつの間にか後ろにいたのか、幽美が両腕で愛と友美を引き剥がす。

「あんた、いつからいたのよ!?」

 神出鬼没の幽美に友美は気色悪そうに離れる。

「理香の後ろにずっとついてた」

「あんたの存在感、なさすぎでしょ」

「ところで朝練は聞いてましたが……朝の部活は何をするんです?」

 と、書也が聞く。

「だいたい自分のプロットや小説の執筆を進めていますけど……あら? 今日は現国(げんこく)学院(がくいん)新聞の締切じゃなかったかしら?」

エロスは「はっ」としたように何かを思い出した表情になる。

「現国学院新聞って、うちの学校新聞ですよね? ラノケンは新聞小説も担当してるんですか? じゃあ、月刊の連載小説ですか?」

 書也が聞くと、エロスはこくりと頷いた。

「ええ、そうですわ。うちの現国学院新聞は月一で発行されます。採用されれば、一年間の連載が決まります。学校だよりの掲載も推薦してくれるそうなので、積極的に参加していますの」

 幽美が言うと、学校だよりというワードに愛がなぜか小動物のように身体をビクリとさせたように見えた。

「愛? どうした?」

 書也が聞くと、愛は黙ったまま、下を向く。

「わたしもすっかり忘れてたわ!? 締切日にあいつら、借金取りみたいな小説の取り立てをするから、質が悪いのよ!?」

 友美は顔を青ざめたかと思うと、慌てて自分のタフブックをスポーツパックから取り出し、電源を入れた。

 友美だけでなく、エロス、幽美、理香までもが席につき、慌ててノートPCを立ち上げる。

「皆様、現国学院新聞に載せるSS(ショートショート)は完成していますわね? 完璧に誤字脱字を無くし、仕上げますわよ!」

【はい!】

 エロスの声に友美、幽美、理香の揃った声の返事が飛ぶ。

「あの……エロス先輩。俺達も書いた方がいいんでしょうか?」

 蚊帳の外の書也と愛は呆然とするも、すぐに助けを求めるようにエロスに歩み寄った。

「入部したばかりの貴方達は隠れてくださいまし。新聞部に目をつけられると厄介です。下手をすれば、朝練の時間までにSS(ショートショート)を書けと言われかねません」

「隠れろと言われましても……」

 部室は教室のように広いが、身体を完全に隠す遮蔽物や人が入れそうなロッカーやクローゼットすらない。

『開けろ! 新聞部だ! 朝練でラノケンがいる事は分かっている! 出てこい!』

 部室のドアを激しく叩く音と少女の荒ぶった声が部室の外から聞こえてくる。それは不思議な事に同じ声が重なっているように聞こえた。

「こうなっては仕方ありませんわね。書也さん、開けて差し上げて」

「は、はい。今、開けます」

 エロスに言われ、書也がドアを開けると、双子の女子生徒が睨んできた。双子はお互いツインテ―ルにし、一人はうさ耳の付いたヘッドフォンをし、もう一人は口に鼠色の布マスクをしている。

【見ない顔だな。ラノケンの新入りか?】

 双子の女子生徒は声を揃え、同じタイミングで書也の顔を覗き込んだ。

「ライトノベル研究部の物部書也、一年です」

「新聞部の諜報(ちょうほう)院聞姫(いんきき)」

 うさ耳の付いたヘッドフォンが聞姫。

「同じく妹の口(くち)姫(き)だ」

 鼠色の布マスクをしているのが口姫のようだ。

 そして名刺をまるで刑事ドラマの警察手帳のように見せ、双子の聞姫と口姫は書也に渡した。

「はぁ」

 名刺はかなり作り込んであり、SNS、ブログのURLやら電話番号、QRコード、顔写真までカラー印刷されている。名刺を見ると、二年の社会学科らしい。

「しかし、新しい新入部員とは……誤植はともかくとして、情報は聞いていないぞ」

 聞姫がむすっとした表情で言う。

「きっとエロスの奴が、情報を渡さずに出し抜こうとしてやがりますよ」

 口姫がマスクをずらし、にやけた顔で聞姫の耳元で言う。

「エロス、許さん! 口姫、ラノケン部室に家宅捜査だ!」

「ラジャー!」

聞姫と口姫がするりと、部室のドアを勝手に入って行く。

「ちょっと勝手に困ります!」

 いくら新聞部で先輩とはいえ、常識がなさすぎる気がした。止めようとするが、聞姫と口姫は部室の中を自由奔放に動き回る。聞姫は小型のアクションカメラで部室を撮り、口姫は手帳型ケースのスマホを操作している。

「ちょっとエロス先輩よぉ。話が違うんじゃねぇですか?」

 口姫が手帳ケースのスマホをエロスに向けながら、ヤクザのような喋り方をする。聞姫はそれを楽しそうにアクションカメラで撮影している。

「現国学院新聞に載せる小説でしたら、すぐに終わりますわ」

 エロスは溜息をついて言う。

「そうじゃねえ! 新入部員の事を何で黙ってた?」

 口姫が長机を叩く。

「言う必要あります?」

 エロスが疲れたような表情で言う。

「エロス先輩よぉ。まさかお前……新入部員に小説を書かせずに上級生だけ手柄を横取りする気じゃねぇだろうな? 名誉ある現国学院新聞の小説が載るのは厳選な審査をして、たった一人だ。それを伝えてなかったなんて言わねぇよな?」

 口姫がエロスの顔を覗き込むように睨み続ける。

「すいません……伝え忘れていただけですわ」

 エロスが頭を下げる。

「今日の号外は……ラノケンのエロス先輩、後輩のパワハラ発覚!? 学校新聞の小説候補を一年だけ外すと……」

 聞姫が独り言のように言い、アクションカメラを回しながら、手帳ケースのスマホを片手で操作する。

 戸惑う書也と愛に理香が口を開く。

「気にしなくて良いよ書也君、愛君。新聞部の締切は思った以上にシビアなんだ。いくら

SS(ショートショート)の短さでも締切が一週間もない事がある。入部したばかりの人間にいきなり難題をふっかけるのはかぐや姫かうちの新聞部ぐらいだろう」

「言ってくれるじゃねぇか理香! だけどなぁ。お前のド外道物語は一度も審査に通った事はない。お前の代わりに一年に任せた方が良いんじゃないかって、考えてる」

「それは酷い言われようだね……まあ、私の小説が学内向けではない事は認めるよ。どうも癖で道徳に反した事を書いてしまうようだ」

 顔を近づける口姫に理香は参ったといった風に両手を上げるも、その顔は少し笑っているように見えた。

「一年の……語部だっけ? 今から書けるって言うんだったら、待っても良いんだけどなぁ」

 口姫の言葉に書也は手を横に振る。

「無理ですよ。朝練の時間、もう三十分もないじゃないですか」

 部室の壁掛け時計を見ると八時を回っていた。朝礼が始まるのは八時半だ。

「わ、わたしは新聞部の小説の事は覚えていて……書いてきました!」

愛はキューピッド人形のUSBメモリを好きな人にバレンタインチョコでも渡すかのように頬を染め、聞姫に差し出した。

「誤植か……確かに中等部の体験入部時には、お前の小説を見ていなかったな」

「駄目よ!? 愛のはまだ編集が終わってないの!」

 友美が駆け寄り、愛のUSBメモリを取ろうとするが、先に聞姫が奪い取ってしまう。

「編集が終わってないだぁ? 他人の小説をお前が管理してるのか熱情さんよぉ?」

 聞姫が怪しそうに何度も愛のUSBメモリを眺め回す。

「誤植、この小説を私に渡すって事は当然に完璧な作品として仕上がっているって事で良いよなぁ?」

「……は、はい」

 自信なさげに言う愛に書也は両手で頭を押さえる。

「愛、お前!?」

「口姫! 念の為にデータチェックだ。理香のようなド外道物語か、エロス部長様のド変態小説か、それとも怪奇のようなやべぇ奴しか出てこない小説か、熱情の設定破綻小説か……どんな爆弾が眠ってるか分からねぇからな」

 聞姫が愛のUSBメモリを口姫に投げ渡す。そして口姫は素早い動きで教子先生のデスクトップPCを立ち上げ、愛のUSBメモリを挿入した。

「勝手にやめなさい! それは教子先生のパソコンですのよ!」

「そう……さすがにプライバシーの侵害!」

 エロスと幽美が駆け寄り、口姫を止めようとするが、聞姫がバスケットボール選手のディフェンスのように両手を広げ、二人に立ち塞がる。

「これは新聞部の小説掲載の為に拝借する。それに本人の同意を得ているなら、プライバシーの侵害もないだろがぁ!」

「そうそう。さすがにルーキーの小説は信用ならないからなぁ。この編集のプロである口姫様が修正箇所をレクチャーしてやろう」

 いくら一般的に扱っているPCといえども、教師が扱うPCである。そのパスワードは突破できないはずなのだが、口姫は少し考えてから、入力して一発でログインしてしまった。

「どうしてログインできるんだ!?」

 書也が声を上げる。

「まあ、教子先生の生年月日がパスワードという事はよくやる手だよ。これだな……学校新聞提出用小説と……」

 口姫はワープロソフトを立ち上げ、愛のUSBメモリを読み込んだ。

「こ、これは!?」

 PCのモニターに映り込んだ文字を見た口姫は思わず声を上げる。

「どうした口姫!?」

 呆然とする口姫に必死にブロックしていた聞姫がPCの方に振り向いた。



科学の力で異世界攻略 誤植愛


 魔王の科学の光(ライト)の剣(セイバー)が砂塵や石礫を吸い込みながら勇者の首筋に迫る。それに対して勇者の魔剣ブラックホールイーターの刃は光を放ち、目を眩ませた。

 ――魔王バルバドス……立場が逆だったら、俺はお前だった。そう、逆だったのかもしれない!

(何なのだこの小説は……立場が逆というか……二人が持っている剣の描写が逆じゃねぇか!?)

 王国軍と魔王軍は長い間、清掃中となっていたが、この勇者サンダルと魔王バルバドスの戦いで終わりを継げようとしていた。

(清掃中? まさかこれはコメディなのか? いや、戦争中の間違い? でも、履物みたいな勇者だし、いや、しかし終わりを継げようとしていたはさすがに誤字なのでは……)

 勇者サンダルフォンの光の剣が魔王のロープを切り裂いて、牙のような鎧が姿を現す。

(さっき勇者の名前がサンダルじゃなかった? さっきは急に何で勇者の名前を略した!? ロープを切り裂いて……魔王が縛られて、縛りプレイってか? いや、ロープじゃなくてローブの事か!?)

 ――光(ライト)の剣(セイバー)は背中のボンベのガスの出力をどんなに揚げても一命取るが限界だ。それに対して魔王の魔剣は百六十mなのだ。

(ガスで何を揚げているんだ!? 一mの刃で一命取るってかぁ? 可笑しいだろ!? 魔剣の長さが高層ビル並になっているんだが……アーサー王もびっくりだ)

 ――考えている内に魔王の魔剣の検圧が白粉の壁を壊し、瓦礫を吸い込んでいく。力強く踏み込んだスパイクブーツが床に食い込んでも、強力粉な吸引で少しずつ滑り始める。

(検圧……圧力を検査してどうする!? 剣圧だな! それと白粉の壁ってなんだよ!? まさかお城の誤字か!? 強力粉が強力になっているのか? 粉が余計だ!? まさかオートコレクトが馬鹿な方向に機能しているのか!?)

「くっ!? 超重力装置で鍛えてなかったら……スパイクブーツが無ければ、あの魔剣に簡単に吸い込まれていた!? くうっ!? 奴は何処にいる!?」

「クククッ! 蕎麦煮るぞ!」

(魔王が蕎麦を煮てどうする!? まさか側にいるぞか?)

「閉まった!?」

(何のドアが閉まったんだ!? しまったが漢字に変換されてしまったのか!?)

 サンダルフォンは後ろにワープして現れた魔王の魔剣を避けるが、まるで磁石が反発されたかのように勢いよく斑点し、吹き飛ばされた。サンダルフォンは受け身をとれずに壁に当たり、化石のように埋め込まれてしまう。

(斑点……蕁麻疹でもできる魔剣なのか!? 反転か?)

「クククッ……勇者の化石とは珍しいな。そのまま飾ってやろうか」

「ふざけるな!」

 サンダルフォンは態勢を立て直し、腰に差した極限まで短くした三段重を発泡した。散弾は魔王の魔剣に全て吸い込まれて消えていく。

(三段の重で何をする気なんだこの勇者は散弾銃だろ! そのお重から泡が吹いてるしな……発泡じゃなくて発砲な!)

「無駄だ!」

「くそっ!? こうなったら!」

 サンダルphoneはスマホを操作し、布で隠していた四機の小型ドローンを動かした。浮遊するドローンは魔王を囲む。

(スマホを操作するサンダルフォンのフォンがiPhoneみたいになってるから!?)

「ふん! 小細工な玩具で何ができる」

「そいつは自爆ドローンって言ってな……自動で追尾し、狙った箇所を確実に当て、爆発する!」

「ぬおおおっ!?」

 自爆ドローンは魔王の両腕と両足に当たり、爆破し、布団だように思えた。

(爆発して布団が飛んでいるが、吹っ飛んでいるだな)

「馬鹿な!? 無傷だと!?」

「もうやめて兄さん! その人は……」

 扉を開けて入ってきたのは、サンダルフォンの妹のジブリール、略称ジブリだった。

(緊迫感のあるシーンなのに略称? 誤字じゃないけど、略すと某アニメ会社をイメージする名前だな)

「死ねえええっ! 勇者あ!」

(RPGで面倒くさいから付けた勇者の名前「あ」みたいになってるから!?)

「うおおおおっ!?」

 そしてサンダルフォンは魔王の魔剣に吸い込まれる覚悟で腰のホルスタインの五十口径のマグナムを抜き、至近距離で発砲した。市販の打ち上げ花火が暴発したような音と共に魔王の腹部から鮮血が散った。

(腰のホルスタインって牛かよ!? ホルスターだろ!?)

「どうしてよサンダル兄さん!? どうしてメタトロン兄さんを撃ったの!?」

 ジブリはポロポロと涙を流し、サンダルフォンに言った。

(略称がサンダルを履いたお兄さんみたいだな!? あと、略称のジブリはやめないか? 違うものを想像する……おにぎりを食べるあれを想像してしまう)

「ちょっと待ってよジブリ……メタトロンって!?」

 サンダルフォンは唖然とした表情で思わず光(ライト)の剣(セイバー)を落とし、魔王と思われたメタトロンを見下ろした。

「これで良かったんだジブリ……」

 サンダルフォンが兜蟹を外すと、それは間違いなく弟のメタトロンの姿であった。

(魔王が被っていたのは兜ではなく、兜蟹なのか!?)

「消えないでサンダル!」

 サンダルフォンが声を上げて鳴いた。それは獣の咆哮のように城内に響き続けた。

(おいおい!? 自分の名前を呼んで消えるな!? また名前が間違ってるぞ!? それじゃあ魔王メタトロンじゃなくて勇者のサンダルフォンが死んでるだろ!? しかも泣き声じゃなくて、鳴き声になっているから、それじゃあサンダルフォンが獣だろうが!?)

 こうして勇者メタトロンによって、魔王サンダルフォンは倒され、世界に平和は訪れた。だが、その勇者ジブリの悲しみは深く、校正に伝えられる事となり、悲しき戦争は末永く起きる事はなかったという。

(もう……名前がもう滅茶苦茶だよ!? しかも校正じゃなくて後世な! これじゃあお前の文章に校正が必要だろ!)



「何があったんだ口姫!? 口姫! 口姫!」

 PCのモニターを見つめたまま、口姫は魂を取られたようにしばらく動かなかった。口姫は眼が点になり、聞姫が何度も激しく身体を揺らしても反応がなかった。その反応にラノケン部員達は頭を押さえ、または目を逸らし、明後日の方向を向いて残状を直視できないでいた。

「聞姫、こいつはよぉ……熱情のような設定破綻の小説でもなければ、エロスのような、ど変態小説でも、怪奇のようなヤンデレ登場人物が出る話でも、理香の倫理観がぶっ飛んだ話でもない……ラノケンのビックバンだ! 久しぶりに見ちまったよ。文字の三途の川よぉ……」

 口姫は眼が点になったまま、白くなりがらも聞姫に言った。

「文字の三途の川!? 口姫、何を言って……こいつは!? なるほどな……ククク。良い事を思いついた口姫! 今回の学校新聞の小説は誤植にしよう。この誤字脱字だらけの小説で、学校中に笑いの渦を巻くんだ!」

 聞姫の笑い声に同調するように口姫も部室に笑い声を反響させた。

「ククク! 聞姫、私も同じ事を考えていた!」

「おい! 本人の許可無しにそんな事をするな! 愛はそんなつもりで書いたんじゃない!」

 書也が口姫と聞姫に非難の声を上げる。それでも口姫はパソコンの電源を落とすと、愛のUSBメモリを抜き、それをハンドスピナーのようにくるくると回し、書也を面白そうに見つめた。

「あん? 新人の素人は黙っとけ。そもそもこれは誤植が提出した物だ。もちろん誤字脱字をチェックし、これが完璧な状態なものだと思って、提出したんだろ? そうだろ誤植? これが完璧な状態で、もちろんこの小説で笑いをとりたいから、新聞部に提出するんだよなぁ?」

 口姫がマスクを外し、笑顔で愛に顔を近づける。

「そ、そうです!? これが完璧な状態です! も、もちろん笑いを取るために書いたんです! 学校だより……いえ、学校新聞の為に!」

 愛は目を回したように視線が定まっておらず、目が泳いだまま答えた。だが、両手はぶんぶんと回し、身体は拒否しているようにも見える。

「おい! 愛、それで良いのか? いくら小説が学校新聞に載るからって……恥をかくのはお前なんだぞ! 目を覚ませ!」

 書也は愛の肩を掴み、何度か揺らす。

「書也君、わたしは……笑い者になってもいい! 学校新聞に載って……多くの人がわたしの小説を見て笑ってくれるならそれで良いと思ってるんだ!」

 愛は書也の腕を掴んでそう言った。真っ直ぐな瞳で、それでも書也の腕を掴むその愛の手は震えているようであった。

「愛……何があったか知らないけど……本当にそれで良いの? 愛、今日はなぜかすっごく怯えているような気がする……どうして?」

 今まで黙って見ていた幽美が心配そうに近づき、愛の頬を優しく触った。

「幽美ちゃん、大丈夫だよ。ちょっと怖い夢を見て……思い出して、動揺してるだけだと思うから」

 愛は幽美の頬を触った手を優しく握り、笑顔で答えた。だが、その笑顔は作り笑顔のような少しぎこちなさを感じた。

「本人が良いと言っているんだ。決まりだな! 口姫、すぐに編集作業だ!」

「ククク! 新聞部の腕が鳴るな」

 口姫と聞姫が部室のドアから出ようとすると、友美が両手で二人を遮った。

「ちょっと待ちなさい! いくら本人が良いと言っても愛の小説を侮辱するような編集の仕方だったら許さないわ!」

 その時だった。ラノケンの部室をコンコンとノックする音が聞こえた。

「こんな時に……誰ですの?」

 エロスが苛々した感じに部室のドアを開けると、見知らぬ男性が立っていた。背は高く、色白で、髪を結い、いかにも芸術家風の少年であった。

「すまない……ここに新聞部がいると聞いて来たんだが……口姫か聞姫はいるか?」

 その男性は書也にだけが見覚えがあった。画竜点睛……その生徒は幼馴染であり、ラノベ作家を目指す書也をけなす因縁の相手でもあった。

「点睛! 何でお前が……ここにいるんだよ!」

「それはこっちの台詞だ書也君。小説家になれやしないのに学費だけが高いラノベの専門学校にでも入学してると思ったよ。まさか同じ現代国語学院に入学しているとはね。ああ、そういえば日本文学科もあったのか」

 点睛は呆れ顔で書也に言った。

「そういうお前は何科なんだよ!? この学校に漫画研究部はあっても……美術科は無いだろ?」

 書也は思わず点睛をきりっと睨む。

「書也君、学校のパンフレットをよく熟読したまえよ。考古学科の中には再現美術という専攻があってね。有名絵画の模写や絵の復元などを行っているよ」

「何ですの……この生意気な方は……」

 エロスが思わず小声で書也に聞く。

「画竜点睛……俺のラノベをけなす奴、腐れ縁って奴ですよ」

「心外だね書也君。本当の事を言ったまでじゃないか……途中で漫画の道を踏み外し、漫画やゲームのパクリみたいな物語を書き連ねる外道な文字表現を続ける小説家に君はなるんだったかな?」

 その発言にエロスも思わず点睛を睨んだ。

「漫画やゲームのパクリですって!? ラノケンでライトノベルを馬鹿にする行為は許しませんわよ!」

「失礼、部長さん。漫画を一生懸命に教えていたのに絵から文学に転向する彼をどうしても裏切り者として見てしまうんですよ。そのせいか、ラノベというコンテンツに恨みを抱いてしまうようでして」

「それを世間では逆恨みと言うのではありませんの? どんな理由にせよ、ラノベや作家をけなす行為は許しませんわ」

 睨み合う書也、エロス、点睛に口姫が割って入る。

「画竜、良いところに来た。新聞の四コマ漫画の他に小説の挿絵を描いて欲しいと思っていたところだ」

 口姫は馴れ馴れしく、点睛の肩を掴み、笑顔で言う。

「ラノケンの小説の挿絵ですよね? 嫌ですよ」

「そう言うなって、今回のラノケンの小説は面白い! お前の挿絵があれば、さらに面白くできる」

「ちなみに……誰の小説です?」

 点睛は言って、ちらりと書也を見る。

「お前と同じ一年の誤植愛の小説だ」

 口姫が愛に指をさして言うと、点睛は愛を見た瞬間、頬を染めてなぜか顔を逸らした。

「いや、誰であろうと……ラノケンの書いた小説の挿絵なんてごめんですよ。だいたい四コマ漫画だけでもギリギリなんです」

「そこをなんとかだな……もちろん放課後まで……部活時間で仕上げてくれるなら、待ってやってもいい」

 口姫がにやけた顔でキスするぐらいの勢いで顔を近づけ、点睛に迫る。

「む、無理なものは無理です!」

「だったらわたしが描きますよ!」

 拒否する点睛に愛が手を上げ、言い放った。

「はぁ? お前はラノケンだろうが? 小説以外に絵まで描けるって言うのかよ?」

 聞姫が不良かヤクザのように愛に顔を近づけ、睨むように見る。

「はい、描けますよ。わたしのそのUSBメモリの中に【科学の力で異世界攻略】をイメージしたイラスト画像があるんです。それを参考に使っても良いと思いますし、数時間もあれば新しく描く事もできると思います」

「今度はイラストときたか。誤植、まさかピカソみたいな絵じゃないだろうな? 社会学科の私と口姫でも理解できる画力のクオリティか?」

「愛の画力だったら俺が保証しますよ! なんたって、俺が愛の自宅に行って描いたイラストを見てますから」

 書也が自慢気に言うと、理香が興味津々と愛と書也の顔を見比べた。

「書也君? 愛君の家に行ったのかね? いつからそんな仲に?」

「たまたまです!? とにかく愛のイラストを見れば、分かります!」

 書也は慌てて誤魔化すように言う。

「証人がいるのか。まぁ。そこまで言うなら見てやらんでもないが……くだらねぇイラストだったら許さねぇぞ」

聞姫は溜息をつき、再び教子先生のデスクのPCを立ち上げ、愛のUSBメモリを挿入した。

「なぜラノケンがイラストを……」

 点睛は首を傾げながらも、聞姫が立ち上げたPCのモニターを見つめていた。

「これか……確かにこいつは……しかし、クオリティが高いだけに謎だ。なぜ小説の文章はまともに書けないのに、絵を描く道に進まねぇ?」

 PCのモニターを見ていた口姫が首を傾げて、愛に言う。

「それは絵ではなく、わたしが小説を書きたいからです。いけませんか?」

 言った口姫に対して、愛が怒った表情をすると、聞姫は意外そうな顔で見た。

「じゃあ、実は手書きで書いた方がまともな文章になるんじゃないか? パソコンのキーボードが苦手なら、同じ線を描くイラストのように手書きの文字なら多少はまともになるとかな」

 聞姫はなぜか愛に対して面白そうに言うと、スマホでメモをとり始める。

「えっとですね。手書きでも同じです。わたしの目で見ると、絵の場合は文字のようにグニャグニャに歪んだり、文字化けにならないからです」

『文字がグニャグニャ?』

 愛が笑顔で言うと口姫と聞姫が同じタイミングで首を傾げ、言葉をはもらせる。

「お、おい愛!?」

「え、なに!? 書也君!?」

 書也が慌てて愛の口を押えると、その手を引っ張り、PCのデスクから離れた隅に移動する。

『さすがにまずいだろ失読症の事を言ったら……新聞のネタにされるぞ』

 小声で言う書也に愛は今更ながらしまったといった風な感じで、慌てたリアクションをとった。

『そ、そうだよね!? さすがにまずいよね』

 愛も小声で書也に言葉を返す。口姫と聞姫は書也と愛にちらりと視線を向けるが、どうやら怪しんではいないようだった。

「す、素晴らしい! 君は素晴らしいよ! あんなイラストが描けるなんて! 一万人に一人の逸材だよ君は! 誤植さん! いや、愛さんと呼んで良いかな?」

 点睛が書也を押しのけるように割り込み、愛の手を掴み、賞賛する。

「そ、そうかな? えと……画竜君?」

「君も僕の事を点睛と呼んでくれたまえ!」

「馴れ馴れしいぞ点睛! 俺の彼女に手を出すな!」

 書也は声を上げ、ボディーガードかSPのように点睛に割り込み返し、愛の前に両手を広げ、守るように立った。

「ん? 俺の彼女? お前達は付き合ってるのか?」

 点睛は意外そうな顔で書也と愛を見比べた。

「か、彼女!? 書也君、まだそんな関係じゃ……友達だよね!?」

 愛が頬を赤くして恥ずかしそうに言うと、書也も思わず頬を赤くする。

「た、確かに友達だが……愛を彼女と言って何が悪い? さっきの発言は二人称だ!」

「では、愛さんは君のものではないだろう。絵が上手なら、僕と一緒に漫画研究部に来たらどうかな愛さん」

 点睛は書也の隙間から愛の顔を覗きこむようにして、笑顔を向ける。

「ふざけるな! 愛はお前と一緒に漫画なんか描かない!」

「決めるのはお前じゃない。愛さんじゃないのかな? 愛さん、どうかな?」

 見つめる点睛に愛は首を横に振る。

「画竜君。さっきも言った通り、絵が上手でもわたしは小説が好きなんだ。わたし自身の小説作品の挿絵を描いても漫画を描く事はないと思うよ」

 愛は書也の前に出ると、点睛を真っ直ぐな目で見て答えた。

「それは実に勿体無い! このイラストのクオリティーで漫画を描けたなら、きっと小説より良い物語を表現できるはずだ」

「画竜君、何を言われようともわたしは漫画は描かないよ」

「そこまで言うなら分かったよ愛さん……なら、僕の漫画と君の小説と勝負して……僕が勝ったら漫画研究部に入部という事で良いかな?」

「えっ?」

 いきなりの点睛の発言に愛は妙な声を漏らす。

「この勝負に引き受けてくれるかい愛さん? もちろん引き受けるよね愛さん? だって君の描いたイラストよりも小説の方も自信があるんだろう?」

「おい点睛! ふざけるな! 愛にメリットも無い賭けは成立しない!」

 書也は再び前に出ようとすると、愛が片手で制止させていた。

「じゃあ、わたしとラノケンのみんなとマンケンで勝負はどう? わたしが勝ったらマンケンの誰かがラノケンの小説の挿絵を好きな時に描いてもらうよ」

「はははははっ! うちのマンケンとラノケンで勝負か? いいよ! うちの先輩方もラノケンにぎゃふんと言わせたいと話していたし、うちの部員も断らないだろう」

「おい、愛!?」

 戸惑う書也に口姫は笑い声を上げる。

「うはははっ! 聞いたか聞姫? ラノケンとマンケンが勝負だとさ」

「こいつは面白い! すぐに記事にしないとな! で、ラノケンの部員は当然にこの勝負に乗るよな?」

 聞姫がアクションカメラで撮影を始めると、友美が前に出る。

「もちろんよ! この勝負、受けるわ! わたし達、ラノケンは逃げも隠れもしない!」

 響くような声で言う友美に思わず書也が青ざめる。

「なに言ってんだ友美!? 愛がいなくなるんだぞ!? エロス先輩も何か言ってください」

「いいですわ! ラノケンの部長としてその喧嘩を買いますわ! ラノベを侮辱した事を後悔させてあげますわ!」

 本来は仲裁しなくてはいけないはずのラノケンの部長のエロスがその喧嘩を買うと言いだし、書也はさらに青ざめる。

「ぶ、部長!? 理香先輩、エロス部長を止めてください! このままじゃ愛が!?」

 書也が理香に視線を向けると、あの冷静な理香が点睛を睨むように見た。

「良いじゃないか書也君。ラノベと漫画、どちらが上か研究してみたいと思っていたところだ! 勝負を受けようじゃないか!」

「ええっ!? 幽美先輩、言ってやってくだい! この勝負は無効だって」

 堂々と前に出る幽美はなぜかゴスロリチックな手袋を装着したかと思えば、その手袋を脱ぎ、すぐに点睛に投げつけていた。

「愛に喧嘩を売るなんていい度胸! 叩き潰してあげる!」

点睛は咄嗟に幽美のゴスロリ手袋をキャッチしていた。

「はははっ!? ラノケンの方々は面白い人達ばかりだね。だけど書也君、君だけ参戦を棄権するのかな? それでもいいけど……」

「分かったよ! 俺も参加する! ただし、ラノケンが勝ったら二度と愛に近づくな!」

「そうこなくちゃな……一応、マンケンの顧問の先生にも話しておく。君達もきちんとした取引になるように顧問の先生に話したまえ。どのようにして漫画とラノベで競うかは決まり次第、連絡しよう」

「はははっ! いいじゃねぇか! この勝負、新聞部が盛り上げてやるよ!」

 口姫が楽しそうに言う。背後では聞姫がアクションカメラを回し続ける。これは確実に勝負は無効にできず、学校中にラノケンとマンケンの対決する話が広がるだろう。

 点睛、口姫、聞姫がラノケン部室を出ていくと、ラノケン部員達はしばらく沈黙し、怒りを燃やしているようだった。



 エロス部長がマンケンと勝負する事になった事情を教子先生に話した。すると、教子先生が青ざめた表情になったかと思うと、頭が痒くなったかのように両手で髪を掻き、苦虫を噛み潰したような表情でエロスを見た。

「マンケンと勝負だぁ!? お前達はいったい何をやっているんだ!? 部長のお前がいながら、なぜ止められなかった!?」

「ですが!? マンケンいえ、画竜点睛という考古学科の一年はラノベを侮辱したのですよ! 愛さんが勝負すると言うのであれば、私達も引き下がれませんわ!」

「エロス、気持ちは分かるが、部長ならそこは抑えろ! マンケンの顧問の先生とは仲が良かっただけに残念な事件に発展した。合同企画でマンケンに挿絵や描いて貰ったり、お前達にマンケンの漫画原作を書いてもらう内容を企画していたんだぞ! だいたいスケジュール的にお前達は新人賞の応募作に挑んでもらう予定もあった! それを全て無駄にする気か!」

「ご、ごめんなさい教子先生!? わたしが画竜君の勝負を了承してしまったから!?」

 愛が申し訳なさそうに教子先生に向け、小さく頭を下げる。

「……分かった。新聞部が盛り上げてしまってはもう中止にはできないだろうしな。既に新聞部がラノケンとマンケンの対決を学校関係のブログで掲載してしまっている。勝つしか方法はないだろう」

 教子先生は溜息をつくように言った。

「マンケンに勝つ方法はあるんですか? さすがに漫画とラノベじゃ認知度は違いますし、読者層もだいぶ違いますよね?」

 書也が言うと、教子先生が今度は本当の溜息をつく。

「そこだ。絵が好きな人間と文字で物語を読むのが好きな人間とでは読者層がそもそも違う。そして一番の問題はラノベの認知度だ。ラノベはアニメ化によって、認知度は高くなってきてはいるが、漫画ほどではないし、文字を読むのが嫌いな人間は未だに多い。文字より絵の方がインパクトがあるし、動きの表現があるぶん、分かりやすいからな。これは確実に分が悪い賭けと言える」

「それでも勝てますわ! 私達は純文学を書いている訳ではありませんわ! よりエンターテイメントを求めるラノベです! 漫画には引けを取りませんわ!」

 エロスにしては珍しく熱く言い続ける。そして同調するように友美も立ち上がった。

「そうです先生! ラノベを馬鹿にされたまま、引き下がれません!」

 狂犬のように吠え始めるエロスと友美の二人に教子先生は再び溜息をつく。

「ふう……お前達が作家になった時にSNSでお前達の小説作品が馬鹿にされていたら、いつもそんな反応をとるのか? 身が持たないぞ。じゃあ、エロス。純文学とラノベの違いは何だ?」

 エロスは少し考えてから答える。

「そうですわね……中高生向けである事と表紙絵と挿絵が付いているぐらいの違いでしょうか?」

「そうだ。ライトノベルの対象年齢は十代の少年少女で、表紙絵や挿絵でキャラや世界観をイメージしやすいようにしてある。その他にも文章も読みやすいように配慮がなされていたりする。マンケンに対して文字だけで勝負するのは難しい。そこでラノケンの作品にはラノベらしく、文章に表紙絵と挿絵を付けて勝負する……どうした怪奇? 不満そうだな」

 教子先生はむすっとした表情で見る幽美をチベットスナギツネの眼で視線を返した。

「勝負するのは良い……でも、ラノケンがマンケンに対して絵で勝負するのはちょっと納得できない」

「怪奇、お前はいずれラノベのプロ作家になるんだろう? そうしたら嫌でも表紙絵や挿絵が付く。そのへんは納得してもらわないと困るぞ。お前が表紙絵や挿絵を頼むときの練習だと思えばいいだろ」

「ゴーストライターやってた時にプロの絵師に表紙絵なら何度も頼んだ事ある。どの絵師も真摯な態度で接して、イメージ通りに描いてくれた……けど、あの絵師? あの漫画家死亡野郎は別!」

 幽美は思わず長机に置いてあったノートをペーパーナイフで切り裂き始めていた。その声も途中で裏返り、イントネーション的に恐らくは「漫画家志望」が「漫画家死亡」になっていたのがはっきりと分かってしまうぐらいである。

「ペーパーナイフだろうが、その物騒な物をしまえ怪奇」

「は……はい」

 幽美が梟のように首を横に曲げ、威嚇したかのように教子先生を睨むと、ゆっくりと座った。

「いちいちお前の行動は怖いな……ところでお前達にマンケン以外のイラストが上手い知り合い、もしくはイラストが描ける奴はいるか?」

 ゆっくりと手を上げる愛に対し、エロスはウキウキとした目で手を上げていた。

「私の知り合いにたくさんいますわよ。レッドムーンの屈強なイラストレーター達が! 彼ら彼女達なら……」

「駄目だ。さすがにプロを使うのはフェアじゃないだろ。できれば年代が近い生徒、学校内での絵の上手い友人か知り合いにしてくれ」

「それは残念ですわ。皆様の小説の表紙絵や挿絵が高クオリティーになる機会でしたのに」

 エロスは本気か冗談か、本当に残念そうであった。

「愛は自分の表紙絵や挿絵を描くぶんには問題ないと思うが、執筆に影響はなさそうか?」

 教子先生が本当に心配そうに視線を向けると、愛は笑顔を見せる。

「教子先生、わたしにみんなの表紙絵と挿絵を描かせてください!」

「それは構わないが……誤植、お前の執筆時間はイラストに裂かれる事になる。間に合わせられるのか? 私が考えているルールでは一ヶ月ぐらいしかとれないぞ」

「なら、私も手伝いますわよ愛さん。これでもレッドムーンのイラストレーターを手伝っていましたわ」

「どの程度のクオリティーを出せる?」

 教子先生が聞くと、エロスがノートPCを開き、USBメモリを挿入する。エロスは素早いマウス操作ですぐさま画像フォルダを表示させた。

「頭身が高い人物は中学生程度の画力ですが、レッドムーンでデフォルメ絵や背景絵を手伝った事がありますので、こちらならプロに負けないレベルです。その他にもタイトルロゴなどの表現もサポートできますわよ」

 エロスの画像フォルダに表示されているイラストはまるで、子供向けシールのような天使や悪魔、グリフォン、ゴーレムなどのファンタジー的な二頭身イラストばかりであったが、背景は絵画のようなクオリティーで、タイトルロゴもゲームのような凝った作りの表現が多かった。

「助かるよエロスちゃん」

「これでも部長ですわ! 任せなさいな!」

 エロスは胸を叩くような仕草で言った。

「書也、個人的に話があるんだけど」

 突然、友美が両手の人差し指を何度も突くような動作をし、頬を染めて言う。

「なんだよ急に……」

 そして友美は書也の耳に吐息をかけるように呟いた。

「わたしの部屋に来て……」

「えっ? はぁ!?」

 書也は思わず声を上げた。



 ――これで二回目だろうか? 女の子の家にあがりこむのは……

 書也は思わず不審者のように周囲を見回し続けた。書也のいる場所は閑静な住宅街、目の前には昭和の時代から建っていそうな二階建ての赤い屋根の家、表札には熱情と書かれている。そう、ここは熱情友美の家なのだ。

「ちょっと! 人ん家の前で何やってんのよ!? 馬鹿みたいに突っ立ってないで、早く入りなさいよ!」

 二階にいた友美が窓を開けて、叫ぶように言ってから、窓を閉めた。後ろから部活通いと思われるラケットバックを背負った体操服の女子テニス部の二人組が通り過ぎ、こちらをチラリと見て、笑っていた。

『何あれ?』

『彼女と喧嘩でもしたんじゃないの?』

 小声だが、そんな声が聞こえてくる。

 どうやら、ここで立ち止まっていたら、よくない事が起き続けるのだろう。書也は意を決して、友美の家のドアを開けて入った。

「お邪魔します」

 玄関からは田舎のおばあちゃんやおじいちゃんの家に来たようなそんな匂いがした。玄関の棚上には木彫りの熊の置物や黒電話が置かれていた。木の廊下先には珠暖簾があり、奥で野球中継のテレビの音声と、何処からかまな板で何かを切る音が聞こえてくる。独特な煮物のような匂いも奥からする。

「おじいちゃんとおばあちゃんいるけど、耳が遠いの。あんまり気にしないで、上にあがってきて」

 階段上から友美の顔がひょっこり飛び出した。

『友美の小説仲間かぃ? お茶や菓子はいるんかい?』

 珠暖簾の奥から老婆の声がする。

「おばあちゃんには聞こえるか……いらないから! 早く上がって、書也」

「ああ」

ギシギシと鳴る階段を上がると、二階にはトイレと他にも三部屋あった。二部屋は『あけみ』『ともはる』とひらがなで書かれたドアプレートがあった。

「今日は運が良いわ。あけみとともはるはお母さんと一緒に動物園だし、しばらくは邪魔されずに批評ができるわね」

 友美はそう言って『ともみ』と書かれたドアプレートのドアを開けた。

 案の定、多くのプラモやフィギュアが飾られた室内だった。ショーケースや本棚の上、机にプラモやフィギュアが多く飾られている。ただ、本棚にはほとんど漫画はなく、ラノベやライトノベルや小説の書き方、辞書、広辞苑などの本が多かった。友美は思ったより小説の勉強をおろそかにしないようだ。

「な、何を!? 人の部屋をじろじろと見て……これでも片づけた方なんだからね」

 友美は恥かしそうに言って、テレビの下に無造作に置かれたゲーム機と数枚のゲームソフトのケースをテレビ台の下に押し込んだ。

「ところで見て欲しいプロットがあるって言うのは……」

 書也は少し嫌な予感がしながらも、友美に聞いた。

「これよ!」

 友美は目を輝かせ、待ってましたと言わんばかりな表情で、タブルクリップで止めたプロットの束を書也に差し出した。表紙には少女隊確蟹VⅤと書かれていた。

「えと、読み方はしょうじょたい……かく? かにぶいぶい? ん? アルファベットのVと数字の五のファイブが混じってないか?」

「読みが違うわ。これは少女隊(しょうじょたい)確(たし)蟹(かに)V(ブイ)Ⅴ(ファイブ)と読むの」

 書也は思わず呆れた表情になる。

「タイトルが愛の誤字や脱字並みにややこしい事になっているだろう」

「このVとⅤは蟹の鋏を現わしているのよ」

 友美はタブルピースをし、横にカニ歩きをして見せる。

「そしたら二つのVでも良かっただろう」

「二つのVじゃ語呂が悪いじゃない。それに五人だし、VⅤのかっこ良いでしょ?」

「いや、そしたらV5にするべきだったんじゃないのか?」

「別にタイトル名を批評してもらいたい訳じゃないのよ」

 そう言って、友美は書也からプロットを取り上げると、プロットから鉛筆で描いたような数枚のラフ画を取り出して、床に置いた。よく見れば確蟹VⅤの少女ヒロイン達のようで、それぞれ五人がツインテ―ルとサンバイザーで統一し、独特なチアガールのような衣装を身に着けていた。

「これは?」

「愛やエロスに表紙や挿絵を描いてもらうラフよ。さすがに絵描きじゃないから、顔までは描いてないけど」

「文章だけだと思ったら……わりとデザインまで考えてるんだな」

 書也は愛のラフの用紙を見て、感心したように言う。

「はぁ? これぐらいは考えるわよ。あんたの方こそ、この一週間、何やってたのよ? まさかプロットはできても、表紙絵や挿絵のデザインを考えてないなんて事はないでしょうね?」

 睨むように顔を近づける友美に書也は思わず怯んだ。

「絵は小説が完成したら、考える方が良いと思って……プロットのキャラ設定の修正で容姿が変わったり、別キャラになったりするだろ?」

「あんたはそういう考えな訳ね。まあ、いいわ。それじゃあ、プロットを見てくれる」

 友美が座布団の上に胡坐で座ると、ガラステーブルにプロットを置いた。

「ああ」

 書也は対面するガラステーブルに敷かれている座布団に座り、胡坐をかくと、プロットを手に取った。前回に比べると、友美の世界観設定やキャラ設定は単純なものになっているような気がした。だが、それは逆に言えば、目新しさやオリジナリティーが無くなっているように思えた。それと単純にこれは……

「友美、これってさ……コメディのつもりで書いてるんだよな?」

「そうよ」

 すぐに返ってきた返答、それでも書也は頭を掻く。

「友美、これはヒーローものを意識した作品だと思うが……敵怪人のやってる事がしょぼくないか?」

「そうね」

 友美はそんな事かと言うように単調な言葉で返した。

「怪人である黒板当番魔。黒板消しでのチョークの粉を舞わせ、生徒を困らせるシーンがあっただろ? しょぼくないか?」

「軽いノリの方が分かりやすいじゃない」

「軽いノリは良いんだが……怪人はチョークの粉を舞わせただけで、確蟹ホームランのバットで打ち上げられて、花火で爆発四散させられるのか?」

「悪人だからそれぐらいやっても良いと思ったけど……滅殺はやりすぎか……じゃあ、病院送りの設定にしておくわ」

 友美はそう言って、机に置いてあった手帳に何かを書き込んでいく。

「なにか子供向けのヒーローアニメみたいになってないか? 悪の規模が小さいというか……例えば怪人サッカー坊主。サッカー部員達をボールで吹き飛ばし、サッカーゴールのネットに縛り付け、サッカーの試合に参加しないようにさせるとか、怪人ウナギ焼(や)鬼(き)嫌(いや)とか、ぬるぬるの天然ウナギで縛り付け、ウナギを焼いて煙でいぶし、うな重を食べるのを見せつけるとか……敵怪人の目的が全く分からないんだが」

「設定を書くの忘れてたわ……怪人は人間達から負のエネルギー的なものを吸い取っているのよ」

 書也は友美の後付け設定に呆れ顔になる。

「怪人は何の為に人間から負のエネルギーを吸い取っているんだよ?」

「確か……新たな怪人を作る為よ!」

 声を上げて言う友美。

「それだったら世界を滅ぼす為の負のエネルギーとか、世界征服を進める為の大魔王復活の負のエネルギー集めの方がよくないか? それだったら怪人を殺しても正当性があるような気がするし」

 友美は何かを思いついたように目を輝かせ、手帳に記載を続ける。

「でも、負のエネルギーを浴びて怪人化する人間とか萌えない? それが友人だったり、恋人だったり……」

 友美の言葉に書也は再び呆れ顔になる。

「さっきと言ってる事が違くないか? その設定だと友人や恋人を確蟹ホームランで爆発四散させて、殺す事になるんだが、さっき設定を変えた病院送りでもまずい気がするしな。子供向けヒロインなら必殺技で浄化させて元に戻していた気がするが」

「そうよね……さすがに友人や恋人は使えないか……じゃあ、負のエネルギーを使って物品が怪人化するとか、付喪神的な何かよね」

「あと、怪人で思い出したが……怪人がやる行為にヤバいのが結構あった」

「ヤバい? 何がヤバいのよ?」

「怪人アルハラなんだが……酔拳までは別に良かったんだが、一升瓶の酒を未成年に無理矢理に飲ませるとか、コンプラ的にどうよ?」

「あれね? 別に良いじゃない。格闘ゲームの投げ技とかで、未成年に酒を飲ませる攻撃技が普通にあったわよ。それにRPGゲームのクロノなんちゃらとかで、ボタン連打で酒を飲み続けるイベントがあったわ。あれも主人公は未成年だったじゃない?」

 そんな事かと、友美はすました顔で前例があると言う。

「あれは酒とは語られていないんだが……ラノベ関連だとコンプラを気にする傾向があるから、そこは注意した方が良いんじゃないか? それと、怪人アルハラが確蟹VⅤにどぶろくをぶっかけるシーンはあるが、これはエロスの影響か?」

 書也の問いに対し、友美は思い出したかのように頬を染める。

「いいじゃない! ちょっとエッチな萌えシーンがあっても……それとも男子が白い酒粕に塗れる方が好みだったり?」

 裸の男子生徒が酒粕に塗れになるシーンを想像して、そのシーンを振り払うように書也は思わず首を横に振る。

「いや、そうじゃない。お前らしからぬシーンが挿入されていると思ってな。その他にも怪人セクシャルキャットの同性の友人の合意を得た上での満員列車で痴漢行為だが。これは大丈夫なのか? いや、そもそもその痴漢行為を確蟹VⅤが来るまで、誰も止めないのか? 満員電車なのにだ」

 書也は人がひしめく満員列車で猫娘が肉球で女子高生の尻を触り続ける姿を想像して、書也は頬を染めて言う。

「そう! そこなのよ! わたしが書きたかったのは!」

 急に声を上げる友美に書也は驚き、仰け反りかける。

「どうした急に!? どういう意味だ?」

「同性同士ならいちゃついても友達同士のふざけ合いみたいな感覚じゃない。さらに言えば、怪人セクシャルキャットは猫に近い獣人。ペットや動物って、実際に裸でいろんなところを触って大丈夫な訳でしょ?」

「怪人セクシャルキャットって……獣みたいに体毛に覆われた完全獣人型タイプの奴なのか? 猫娘みたいな奴なのを想像した。ケモナーかよ!?」

 変な妄想をした書也は思わず頬を染め、声を上げる。

「け、ケモナーでも良いじゃない!? そういうところが好きな読者もいるはずでしょ!?」

 友美はさらに頬を染めて言う。

「そもそも怪人セクシャルキャットで書きたかった部分って何なんだ?」

「よく聞いてくれたわね書也。怪人セクシャルキャットで書きたかったのは悪のグレーゾーンで裁けない悪を書きたかったのよ。友人が同意した痴漢で、相手は獣に近い人、いくら怪人でも確蟹VⅤに対応しにくい相手なのよ」

 思わずおでこを押さえる書也。それに対して友美はなぜか目を輝かせている。

「ん? ごめん、よく分からないんだが……最終的には怪人セクシャルキャットはどうなる?」

「怪人セクシャルキャットを悪として裁けないと知った確蟹VⅤは見守る事しかできずに敗北するのよ」

「ただの迷惑客かよ!?」

「このやるせなさや悔しさを読者に伝えたいのよ!」

 力説する友美に書也は呆れ顔にしかならない。

「分かった……そのへんはつっこまないでおく。最後にだが、明らかにコンプラに引っ掛かる最終話」

「ああ……あれね?」

 少し青ざめた顔になる友美。どうやらコンプライアンスに引っかかる部分の自覚はあるらしい」

「怪人幹部のヘビースモーカー大佐だが。あれは何だ? 確蟹VⅤのメンバーが全員捕まり、分煙室に閉じ込められて、接着剤で金属製のボックスソファに接着され、延々と煙草の煙を吸わされるっていう……」

「だってしょうがないじゃない!? だってここまで悪のシュールな書き方をすれば、敵の拷問だってシュールにならざる得ないし、ギリギリのラインでこれは許されるんじゃない?」

「そこはシュールな悪だって自覚はあったんだな? ヘビースモーカー大佐が他人の吐いた煙を吸うより、自分で煙草を吸った方がまだ長生きできるって言って、確蟹VⅤに煙草を勧めるシーンがあっただろ? 未成年に煙草を勧めるな」

 呆れ顔で言う書也に友美はもじもじと両手の指を何度も突く。

「そこはわたし的に譲れないというか……」

「煙草の煙は嫌な拷問にはなりそうだが、猛毒ではないし、何十年で死ぬかって言うレベルだろ? それに煙草の煙ぐらいなら、我慢強い奴なら耐えられるような想像をしてしまう。煙なら、名前をスモーキー大佐とかにして、確蟹VⅤを網で釣って、燻製にするとかでも良いじゃないのか?」

「少女達を燻製にするなんて、なんて事を考えるのよ書也!?」

 なぜか逆に非難される書也は思わず茫然とする。

「もう、好きにしてくれ」

 こうして友美の小説に対しての批評は終わりを告げた。



 次の日に教子先生は頭を掻きながらラノケンの部室に入ってくると、スマホを見ながら発言する。

「マンケンの顧問の先生と話し合って、ラノケンとマンケンとの勝負の形式は決まった。まずラノベ、漫画どちらも八ページから二十ページ以内の短編作品を指定の投稿サイト、イクシブにアップロードしてもらう。期限は今日から一か月間だ。期限内に投稿できなかった者は失格とする。漫画に関してはアシスタントの補助的な作業の手伝いを可能とする。ラノベの場合は第三者の修正や加筆等を可能とし、表紙絵や挿絵の添付を可能とする。ただし、表紙絵も挿絵も一枚ずつのみ。小説も漫画も(閲覧数)(いいね数)(ブックマーク数)(コメント数)の数値を計算したポイントとする。(閲覧数)は一ポイント、(いいね数)は五ポイント、(ブックマーク数)は十ポイント、(コメント数)は二十ポイントとする。ただし、作画ミス、誤字脱字の指摘コメントが記載の通りにあった場合、マイナス二十ポイントとする。部員同士の(閲覧数)(いいね数)(ブックマーク数)(コメント数)のアクションは禁止とする。また、トラブルを避ける為に対戦相手の(閲覧)(いいね)(ブックマーク)(コメント)のアクションも禁止とする。その他の禁止行為としてはサブアカウントでの(閲覧数)(いいね数)(ブックマーク数)(コメント数)のポイント稼ぎ、敵対者の荒し等を禁止とする。投稿サイトを監視している新聞部が禁止行為を発見次第、失格とする。以上だ……質問はあるか?」

 ラノケンメンバーの反応が無いのを確認すると、教子は話を続ける。

「また詳細なルールはレインチャットで送るが……これはあくまでも催しだ。互いに学業も部活動もおろそかにしないで欲しい。私的では部員の奪い合いなどせずに話し合いで決着し、この催しを中止にしたいのだが……部員の中で催しを中止にしたい奴はいるか?」

 教子の問いに手を上げる者や返答する者は誰もいなかった。その反応に教子先生が何か言いたそうにしていた。けれど、教子先生は部員を見ても、発言すらしなかった。

「分かった……無理せずに作品制作をしてくれ」

 そう言うと、教子先生が教室を出て行った。



 ラノケンⅤSマンケンの〆切日が過ぎ、結果発表となった。結果はプログラマー部のスマホのアプリによって、一週間目、二週間目、三週間目、四週間目のポイント合計値が送られてくるようになっている。対戦形式は六対六の団体戦、アプリによってランダムで対戦相手が決まり、先鋒、次鋒、三将、中堅、副将、大将の順にポイントで競う事となる。

「難しい課題はどちらも多くありそうだが……集計の準備ができたようだ。アプリのランダムの結果、どちらもペンネーム表記になるが、先鋒はエロお嬢様ⅤS吸血(きゅうけつ)公女(こうじょ)、次鋒はツンデレⅤSロボ太、三将はヤンデレⅤSシャーロック・クィーン、中堅はマッドサイエンティストⅤS白面九(はくめんきゅう)尾(び)、副将はドジっ子食いしん坊ⅤS笑屋本舗、大将は中二病ⅤSDRAGONEYE、結果を見る準備はできたかお前ら?」

「いきますわよみんな! ラノケンメンバーの誇りにかけて……いえ、愛さんを守る為に全力で戦いますわよ!」

 部室ではラノケンメンバーが同時に声を上げ、天井に向かって手を掲げた。

「エロス……エロ対策は完璧なの? 私が見た限りではかなり危ない……私が指摘した部分さえまともに修正できてない」

 肩を掴む幽美。エロスは笑顔だが、幽美の表情は呆れ顔に近い冷たいものに感じた。

「大丈夫ですわ幽美さん。エロは不滅……あくまでも私のポリシーは貫きさせていただきますわ!」

 エロスはそう言って。髪を払い、スマホを見た。

「さすがにそれは……一般向けをエロで通しちゃいけませんよ先輩!」

 書也の声もむなしく、エロスには届かず。

「エロスのペンネームはエロお嬢様の《スープを覗き込んだら擬人化食品少女の異世界だった》を長編予定だったものを短編に仕上げた作品にしたんでしたよね教子先生?」

 書也が教子先生に質問する。

「本来、小説では長編を短編にするのは難しい事ではあるが、エロスはゲーム会社でシナリオの補助をやった事もあってか、問題なくまとめている。ただし、私の指摘した部分が直せているかどうかで、変わってくるだろう」

「エロス先輩の作品に教子先生が指摘した部分が直せていない可能性があると?」

 書也が不思議そうな顔をして教子先生に聞く。

「そうだ。表紙絵と挿絵はエロスと愛が担当している。絵が不慣れなラノケンではこの二人が絵の主力だ。自分の小説だけでなく、他人のイラストを担当するとなると、負担が大きくなり、小説の修正も手が回らなくなる。せっかく小説が完成してもな……エロスはギリギリのエロ描写を書きたがる傾向がある。それを修正せずにあげた場合、吉と出るか凶と出るか……」

 書也の質問におでこを押さえて、悩ましい表情をする教子先生。

「なるほど、やっぱりか……エロお嬢様がエロ描写を修正できているかで、勝敗が決まってくるわけですね。じゃあ、相手の吸血公女の方はどうですか教子先生? 確か先生方は相手の作品を読めるんですよね?」

 部員は相手の漫画作品を読んでいけないルールで、吸血公女はマンケンの部長らしいという情報しか噂程度にしか聞いていない。

 なぜか教子先生がエロスを見つめ続ける。すると、なぜかエロスが口を開いた。

「吸血公女は私と同じ三年生。本名はカーミラ・赤月……ルーマニア人と日本人のクォーター。本名でプロの漫画家としても活躍、知る人ぞ知る私の父のゲーム会社、レッドムーンの副社長の娘ですわ。私と同じ子供の時からイラストを手伝っていましたわね。要するにこれはレッドムーン対決ですわ」

「そんな凄い対決になるんですか!?」

 思わず書也が声を上げる。

「だが、BLOODQUEENは読む人に癖がありそうな気がする」

声を上げる書也に教子先生が答える。

「癖というのは?」

 首を傾げる書也に教子先生が補足する。

「吸血鬼を題材にしているせいか、流血シーンが多くある。その描写部分で読者が離れていく可能性が充分にありるし、それと主人公が二重人格で、男性と女性に別れる部分があり、その謎が伏線の回収が短編では難しく、最後に明かされている。その部分で読者が理解できずにつまらないと思ってしまう人が出てくる可能性がある」

「初手で私に勝てると思っていますの? その考え、甘いですわね吸血公女!」

 エロスのスマホにレッド―ムーンのゲームで聞いたBGMの着信音が流れる。エロスはポイントを見て、勝利を確信したようだ。

「どうやらポイントに差がついていないようだな。吸血公女の漫画をアップロードしてからの一週間後の閲覧数は7351、ブックマーク数761、いいね数384、コメント数0。対するエロお嬢様は7897、ブックマーク数698、いいね数324、コメント数8となっている。閲覧数とコメント数ではエロお嬢様に軍配が上がり、ブックマーク数といいね数では吸血公女が勝っている状況だ」

 教子先生もアプリで確認すると、ほっと溜息をつく。

「どうしてこのようなばらつきの数値になったのか……少し疑問」

 幽美が少し不思議そうな顔をして言う。

「恐らくはお互いの作品の傾向で、読者がリアクションをとりにくい状況にある。エロお嬢様の場合、ギリギリなエロ描写で攻めているぶん、ブックマークやいいねが押しにくい。ブックマークはコレクションとして表示される。そのギリギリエロ描写の作品をコレクションに加えたり、いいねの足跡を他人に見られるリスクを冒したくないという心理がどうしても働いてしまう。逆に吸血公女のエロ描写が無い作品は他人に見られても問題なく、ブックマークといいねのリアクションをとれるという訳だ」

 幽美の疑問に教子先生が答えた。

「しかし、エロスの閲覧数やコメントが多いのはなぜですか? しかもこれだけのブックマークといいねが多いのに、コメント数が0というのは……」

 書也の問いに教子先生がまた口を開く。

「流血シーンが多いからというのもあるだろうな。凄惨なシーンを賞賛したりすると、読者が逆に非難もされたり、その異常性を指摘されたりする事を恐れる。それに複雑な設定もあり、読者はその解釈違いや設定間違いを恐れ、どうしてもコメントをしづらい状況に陥る。漫画は絵で表現する。設定を説明するのにはやはり絵だけでは不向きなんだ。そういった意味では文字で設定を説明する小説の方に軍配が上がる。逆にエロスのギリギリなエロ描写だと、コアなユーザーが集まり、もっとこういったシーンを書いて欲しいというリクエストで称賛のコメントが増えるのかもしれないな」

「なるほどね……小説も漫画も得手、不得手があるようだね。まだ一週間目ではどうなるか分からないが……二週間目を見てみようではないか! 二週目を見たまえエロス君!」

 理香がエロスをせかすように二週目の通知を見るように言う。

「見るまでもありませんわ……勝ち確ですわ! おほほほっ!」

 まるで悪役令嬢のように高笑い声を上げるエロスに幽美は呆れ顔になる。

「エロス……しょせんはエロで読者を釣っているだけ、短編小説のエロ描写では、物語の質を落とすだけ! 調子に乗らない方がいい」

「貴方は勘違いしてますわ。私は男女の性交を書いている訳ではありません! 貴方も見た事ありますわよね? 魔法少女やヒーローのヒロインが何かに巻き付かれ、ピンチに陥るシーンを! 主人公やヒロインのピンチこそ、読者にエロを掻き立てる。そのピンチを私は少し書き足しただけですわ」

「ここで両者の数値が二倍近くになっているな。吸血公女の二週間後の閲覧数は14328、ブックマーク数1412、いいね数660、コメント数2。対するエロお嬢様は15155、ブックマーク数1399、いいね数655、コメント数16となっている。先ほどと同じで、エロお嬢様は閲覧数とコメント数を伸ばしてきている。そしてさらにエロお嬢様のブックマーク数といいね数が、吸血公女に近づいてきている」

 教子が少し興奮したように言う。

「マジか……そこまでのギリギリな描写で、よくアカウントが保っているな。ここまで読者を引き寄せるエロ描写だ。かなりの綱渡りじゃないか?」

 書也は呆れつつも、少し不安そうな表情になる。

「そして三週間目だ! 二人の数値はどうなっている?」

 教子先生が興奮しつつ、スマホのアプリに釘付けになる。

「吸血公女、貴方もレッドムーンで働いていたなら、もう少しエロを学ぶべきだったのです! おほほほっ!」

 エロスは完全勝利を確信してか、悪役令嬢のような高笑い声を上げ続ける。

「おおっ!? ここで吸血公女の数値をエロお嬢様が上回り完全に圧勝!? 吸血公女の閲覧数は28400、ブックマーク数2801、いいね数1212、コメント数4。対するエロお嬢様は30012、ブックマーク数2822、いいね数1250、コメント数30! エロお嬢様が完全にリードだ!」

 冷静な教子先生もミラクルが起きたと確信してか、思わず声を上げる。

「そう! これが人々の欲望の力、エロスですわ!」

「次の通知は四週間目ですよね? まさかこのままエロス先輩が完勝なんですか!?」

 書也も思わず興奮してスマホを見つめ続ける。

 ラノケンメンバーのスマホに四週目と思われる通知の着信音が鳴り響く。

「えっ?」

 愛が思わず声を上げ、スマホを落とす。

「四週間目で……エロお嬢様のアカウント停止……エロお嬢様の作品スープを覗き込んだら擬人化食品少女の異世界だったも削除……よってエロお嬢様失格だ」

 スマホを見る教子先生の目がチベットスナギツネのようになり、一気にテンションが下がっていくような口調になっていた。

「ええっ!? そんなのってないですわあああっ!?」

 エロお嬢様ことエロスの悲鳴がラノケン部室に響く。

「やはり……私の指摘した部分を修正しなかったという事か……」

 教子先生は頭を痛めたようにおでこを押さえ、思わず顔をしかめた。



エロスは燃え尽きた灰のように顔面蒼白となっており、まるで何かの干物のようだった。そんなリアクション芸よりも、書也は愛がマンケンに取られる可能性を増やしてしまった先輩を思わず少し睨んでしまう。

「何やってんですかエロス先輩!?」

「言わないでくださいまし……私も頑張ったんですのよ……ただ、表紙絵と挿絵にこだわりすぎて、修正が間に合わなかっただけですわ」

「エロスは頑張った。だけど、エロ描写にこだわりすぎて、負けただけ。みんなはいつものエロスだと、笑って水に流してくれるはず……多分」

「はう……」

 なんのフォローにもなってない幽美の言葉にエロスは散りとなって消えそうであった。

「大丈夫よ。エロス先輩の負けはわたしが取り返すから!」

 友美は右の拳にぐっと力を入れ、左の掌を叩いた。

「でも、友美の出した短編作品って確か……長編だった確(たし)蟹(かに)V(ぶい)Ⅴ(ふぁいぶ)を短編にした作品だろ? 大丈夫なのか?」

 書也が心配そうに言う。

「ええ、わたしだってページ数の調整ぐらいできるわ。それにあんたが見てくれたおかげで、だいぶ良い作品に仕上がったわ」

「本当かよ!? だって俺の批評なんてまともに聞きもしなかっただろ!?」

「そうね。でも、20%ぐらいは参考になったわ」

「ほとんど役に立ってねえじゃねぇか!?」

「とりあえず見てなさい。わたしが成長したってところをね」

 友美は書也を見ずにスマホを操作する。その瞳からは炎が揺らめき、まるで闘志を燃やしているようであった。

「初戦で負けてしまったが、次の戦いで負けを取り戻せ。次のラノケンの次鋒はツンデレだ。 学校新聞の連載小説以外は小説の経歴に特に目立った部分は無いが……そこは努力でカバーするのが、お前だ友美!」

 教子先生が言うと、友美は視線を向ける。

「教子先生、相手はどんな奴です?」

 友美が聞くと、教子先生はスマホを操作する。

「マンケンの次鋒の相手はロボ太。同人誌の人気漫画家でもあるロボ太に対し、あまり実績の無いお前には少し不利かもな」

「教子先生、友美はネット投稿がほぼ初めてと聞きましたけど……大丈夫なんですか?」

 書也が心配そうに教子先生に聞く。

「書也、部活ではネット小説の投稿を推奨し、その小説を批評する形式はとっているのは知っているだろ? 友美は機械が苦手で何度か消去してしまったり、小説のアップロードを失敗している事もあってか、ネット小説事態は苦手な人間だ。しかもずさんなデーター管理で、小説のデーターを保存したUSBメモリなどを紛失したり、壊したりする為に過去に印刷した原稿を私の所に持ってくるぐらいだ」

 思わずおでこを押さえる教子先生に書也は思わず呆れ顔になる。

「友美君の性格は分かりきっていたが……機械オンチはさすがに困った問題だね。では、実際の友美君の小説は勝てそうですか先生?」

 理香が珍しく教子先生に質問する。

「友美は巨大ロボット、ヒーロー、魔法少女、変身ヒロインなんかの小説も書いたりしているが、どうしても設定部分が雑になって、矛盾が生じる。だが、今回の確蟹VⅤはシュールな部分を除けば、設定もしっかりできていて、変身ヒーローでありながら、コミカルな話となっていて、面白かった。人気同人作家でも対抗できる作品となっているだろう」

「俺も友美の作品を見たが、力作だと思う!」

 思わず声を上げる書也に友美は少し頬を染め、ちらりと書也を見て、そっぽを向いた。

「書也……褒めても何も出ないわよ」

「私の主観ではロボ太は友美とは真逆で、設定が得意の漫画家だ。巨大ロボットの設定資料を同人誌で売り出した時には二千部を売り上げた事もあったそうだ。しかし、絵や設定だけで、シナリオは得意ではなく、漫画事態もあまり出していない。漫画が面白いかは人を選ぶような作品だと感じた」

「なるほど……イラストや設定に特化した漫画という事だね。それなら友美君でも勝てそうな相手じゃないかい?」

 理香が励ますように言うが、友美は黙ったまま、スマホを見ている。

「時間だ……次鋒戦の通知がくるぞ。まずは一週間目だ。これはロボ太が大幅にリードだな。ロボ太の漫画をアップロードしてからの一週間後の閲覧数は5101、ブックマーク数350、いいね数144、コメント数8。対するツンデレの閲覧数は2502、ブックマーク数155、いいね数77、コメント数0と大きく差をつけられたな」

 友美のスマホから何かの女性ボーカルが歌うような着信音が流れた後、スマホを見た友美が溜息をするように落胆する。

「やっぱり認知数じゃ、ロボ太の方が上だ。いくら友美の小説が面白くても、読者が集まらなければ勝てないんじゃ……」

 書也も友美に同調するように落胆してしまう。

「大丈夫……友美の作品は書也や教子先生の言う通り、本当に力作。だって私も批評したもの」

 いつものテンションの低い幽美とは違い、力説するような物言いに書也は思わず驚きの表情をする。

「じゃあ、幽美先輩の所にも」

「ふふ。書也君。君も彼女の負けず嫌いは知っているだろ? ツンデレは私にも小説を見せに来たよ。彼女は君が思ったより本番に強く、負けず嫌い、そして努力家でもある。勝つ為にはどんな手段をも使うだろう。もちろん私と違って、正々堂々とね」

 理香は新しくできた実験生物でも見るかのように気味悪い笑みを浮かべた。

「理香先輩。友美はここから巻き返せるって言うんですか!?」

「時間だ。次の通知は……二週間目もやはりロボ太がリードだ。閲覧数は6666、ブックマーク数450、いいね数200、コメント数20。対するツンデレの閲覧数は5555、ブックマーク数356、いいね数160、コメント数8」

「またリードされた……でも! ここからよ!」

 悔しがる表情を見せつつも、それでも諦めない友美。

「三週間目にきて、いきなりツンデレが巻き返した!? ロボ太の閲覧数は6766、ブックマーク数470、いいね数205、コメント数30。対するツンデレの閲覧数は6800、ブックマーク数475、いいね数210、コメント数25! ツンデレがコメント数以外を上回ったぞ!」

「おやおや、後半からどうやってロボ太の知名度を上回ったのかね? 密かにエロ同人小説でも書いていて、ペンネームを晒したのかね? そうでなければ……」

 理香が変な推理を始めると、さすがに友美もむすっとした表情になる。

「何を言ってんのよ? いろんなSNSを使って、URLのリンクを貼って、読者を集めただけよ。愛の表紙絵も良かったから、読者がついてきてくれたかもね」

「たかがリンクと表紙絵で読者が集まったって言うのかね!?」

「それより、ロボ太のSNSが炎上してない? わたしのところに飛び火しているけど?」

「何を言ってるのかね? 相手のロボ太郎が炎上!? 友美君のこうやって信頼できる読者が集まって……何だこの数値は!? 三週間目からはロボ太の閲覧数が100しか上がってない? いや、それどころかブックマーク数も10しか上がってないし、いいねも5しか上がってないじゃないか!? これはどういう事かね?」

 理香が信じられないといった風に友美を見る。

「言葉の通りに炎上よ」

「次の通知がきた。四週間目でツンデレが逆転勝利! ロボ太の閲覧数は6866、ブックマーク数476、いいね数207、コメント数40。対するツンデレの閲覧数は8850、ブックマーク数512、いいね数324、コメント数30。ロボ太の総合ポイントは13351ポイント。ツンデレの総合ポイントは16190ポイントとなり、まさかのツンデレの圧勝だ!」

「どういう事か……さっぱり分からないな」

 興奮する教子先生の圧勝の報告に理香が首を傾げ、スマホを見つめ続ける。

「今、メールで審査員会から報告があった。ロボ太が投稿サイトにアップした漫画作品は友美の言う通りに本当に炎上しているようだな。しかも、指摘コメントでマイナス100ポイントの減点だ。本当にどうしてこうなったんだろうな? いや……これはロボ太が設定ありきの漫画を描いてしまったからか」

 教子が思わず苦笑いして言う。

「設定ありきですか?」

 どういう事かと書也も首を傾げる。

「短編の漫画ではその設定を活かしきれずに続編を匂わすような展開で終わっていた。ロボ太も友美と同じようにSNSで読者を集めていたが、読者に出すと通知していたパワードアーマーも予告通りに出せずに炎上してしまった。そして運が悪かったのは、風の噂か何処かで調べたのか、ラノケンとマンケンと勝負する話を知った読者が、炎上するようにツンデレが工作していると噂したらしい」

「でも、対戦相手は事前に告知される訳ではないですよね? なぜ友美に飛び火したんですか?」

 書也が聞くと、教子先生が真剣にスマホのメールを確認した後、答える。

「友美がネット小説にアップしていた題材が同じ巨大ロボットだったからだ。友美は多くのSNSを利用し、宣伝していた為に偶然にもピックアップされてしまった」

「そんな偶然が!? でも、そしたら友美の方もポイントを下げるんじゃ?」

 書也が驚いたように言った後、首を傾げる。

「いいや、友美にとってはそれが起爆剤となった。敵を知るにはまず、その作品を知って、批評をしなければならない。だが、ロボ太の熱狂的なファンだった者が友美の小説を見たら評価が変わったようだ。友美の小説はロボ太の漫画より面白く、味方につけてしまった。それに友美に飛び火した時の対応も良かった。一人一人に炎上工作をしてないと、真摯に対応していた。メンタルの強さとそして運、力作を書いた友美の完全勝利だ。頑張ったな友美!」

 教子先生が褒めると、友美は頭を掻き、照れながら、その微笑を下を向いて隠しているようであった。



 それから次の三将は幽美ことヤンデレの番となり、対戦相手は明智紗(あけちしゃ)麓(ろく)ことペンネーム、シャーロック・クィーンが対戦相手となった。

 シャーロックはペンネームの通りにガチガチで王道な推理漫画で勝負を仕掛けてきた。対するヤンデレはホラー小説で、異能を持った少年の力が暴走し、家族や親戚が殺されていく話であった。シャーロックは推理小説家の娘で強敵であったが、探偵の主人公ホームズが犯人をはめて陥れる手法で解決させ、自殺させた事が原因で読後感を悪くさせた事が敗因となり、僅差のポイントでヤンデレが勝利となった。

 次に理香のペンネーム、マッドサイエンティストと神(じん)狐(こ)晴(はる)明(あき)こと白面九尾との対戦となった。理香の小説は地球に来た異星人が人間にオーバーテクノロジーを与え、破滅するさまを描くダークコメディで、倫理観はやはり無かった。対して白面九尾が描く漫画は神様が不幸な人間に神通力(じんつうりき)で手助けをするが、失敗して大事件になるドタバタコメディであった。初回はマッドサイエンティストが数値を上げていたが、白面九尾が二週目から数値を押し返し、三週目、四週目と数値をさらに上げていき、理香は完全敗北となった。やはり理香の倫理観が崩れた小説よりも白面九尾の明るいドタバタコメディ漫画が読者に受け入れられたのだ。


 そして問題の愛ことペンネーム、ドジっ子食いしん坊の番となった。

「大丈夫か愛?」

 愛は自分の頬を両手で叩き、自ら気合を入れた。

「うん! 大丈夫! 書也君のアドバイス通りにやったら……え、えい感じになったと思うよ!?」

「えい? おい、活舌」

 書也が思わず頭を押さえる。

「ご、ごめん!? 書也君」

「書也さんを疑う訳ではありませんが、本当に大丈夫ですの? 私は表紙絵と挿絵の制作で愛さんの小説をあまりチェックできていません。それで確かに愛さんの小説は面白くなりますが、諸刃の刃ですわ。もしそれが誤字脱字と認識されたら……」

 エロスが心配そうに言う。

「大丈夫です。俺自身も誤字脱字チェックしましたし、トリプルチェックは理香先輩や友美にも協力してもらいました」

「まさか私の提案を受け入れるとは思わなかったよ書也君。でも、愛君は芸人で言えば天然素材。それを活かす手はないからね」

 理香が笑みを浮かべて言う。まさしくペンネーム通りにマッドサイエンティストが倫理を無視した実験でも成功させたような不気味な微笑みであった。

「本当にゲスな発想……わたしも本当は反対! でも、愛がどうしてもと言うから、許可した!」

 幽美が機嫌を悪くしたかのように頬を膨らませ、理香の提案を受け入れた書也を見た。

「ごめんなさい幽美先輩。でも、この方法でないと愛は勝てないと思ったんです。それにこの方法はコメディと相性が良いのは確かなんです」

「そ・れ・で・も!」

 幽美が書也に憑りつく勢いで迫る。すると、愛が優しく幽美の背中を抱きしめる。

「大丈夫だよ。幽美ちゃん。わたしがこの方法が良いって、決めたんだよ。それにわたしはどんな手段を使っても勝って、この部活にいたいから!」


「愛の相手はどんな奴ですか教子先生?」

 書也が気になって聞くと、教子先生は事前に調べてくれたのか、スマホを見ながら話す。

「マンケンの副将は同じく一年、大阪笑(おおさかえ)美屋(みや)。ペンネームは笑屋(わらいや)本舗(ほんぽ)だ。絵は下手だが、ギャグ漫画を描かせれば日本一だそうだ」

「同じコメディ対決か……本業のギャグ漫画に愛の小説が敵うかどうかだよな」

 書也が思わず頭を抱える。

「今回の愛の作品、(異世界勇者娘は日本に行く)は学園モノでもあり、ファンタジーでもあり、コメディ的な要素を入れた作品となっている」

「えっ? 学園モノとファンタジーですか? 全く想像できませんわ。魔法学園とかそんな感じの異世界の学校の話でしょうか?」

 本当に愛の作品を見てないのかと、思わず書也は苦笑する。

「あの先輩……」

「本当に申し訳ありません……表紙絵やら挿絵やらで……本当に自分の作品しか手をつける暇がなかったものですから」

 頭を下げる先輩エロスに逆に書也が申し訳なさそうにする。

「いえ、エロス先輩にはみんなの表紙絵や挿絵も描いていただきましたし……愛の作品は魔法が存在する異世界から、地球世界の学校に勇者パーティーが通う事になるという話です」

「かなりの斬新な話じゃないですか!? 話の流れとしては期待大ではないでしょうか」

 エロスは笑顔で言うも、書也達に確実に愛の小説が勝てるという自信は持てなかった。

「通知がきたぞ。一週間後の笑屋本舗の閲覧数は3111、ブックマーク数159、いいね数78、コメント数4。対するドジっ子食いしん坊の閲覧数は899、ブックマーク数52、いいね数27、コメント数0と大きく差をつけられた結果になったな。さすがにこの差は大きい……」

 教子先生の通知の発表に溜息をつくような声がラノケンメンバーから漏れる。

「あうっ!? こ、これでも! まだ終わってないから……わたしはまだ諦めないよ!」

 吠えるように言う愛にラノケンメンバーは励まそうと何かを言おうとするが、それぞれのスマホにメールの着信通知が鳴り響き、沈黙する。

「二週間目の通知だ。笑屋本舗の閲覧数は6230、ブックマーク数309、いいね数149、コメント数8。対するドジっ子食いしん坊の閲覧数は3003、ブックマーク数154、いいね数70、コメント数2。まだ大きく差をつけられたままだ」

 教子先生が結果を読み上げる声に誰もが苦虫を噛み潰したような顔になった。

「そんな……愛は勝てないのか?」

 思わず両膝を突く書也。

「嘘でしょ? あんなに友美は頑張ったのに勝てないの?」

 友美は思わず理香の身体を揺さぶる。

「落ち着きたまえ友美君。愛君の作戦は成功している」

 理香は落ち着かせるように友美の両肩を叩く。

「作戦は成功している? ドジっ子食いしん坊と笑屋本舗の数値は倍近くの差がついてるのよ! ここからどう巻き返せるって言うのよ!」

「友美君、よく見たまえ。数値的には徐々に巻き返しているじゃないか? 君には愛君が負けてるように思えるのかな? 一週間目と二週間目の推移を見たまえ」

 理香がスマホを操作し、そこにグラフと数値が表示される。

「はぁ? なに言ってんのよ? あんたの目は節穴? 倍近くの差がついてるのよ! ドジっ子食いしん坊の一週間目と二週間目の推移なんて……何よこれ!?」

 友美は愛の作品の数値が倍以上に跳ね上がっている事に気付いた。そしてそれは三週間目も愛の全体的な数値が倍以上なら、笑屋本舗に勝てる可能性があるという事だ。

「友美君、この数値を見たのなら、愛君を少しは信用しても良いんじゃないかな?」

「数値? 難しい事は分かんないわ! 愛が勝てるかって聞いてるの?」

「わたしも! 負ける訳にはいかないんだよ!」

 ラノケンメンバーが混乱するように騒ぐ中、愛が叫ぶように言うと、一同は静まった。

理香が見せるスマホのグラフと数値の推移を幽美が画面をスライドさせ、消してしまうと、混乱している友美を睨んだ。

「数値は関係ない。わたしはドジっ子食いしん坊……愛の面白い作品を信じる!」

「そうですわよ! どんな差をつけられても、勝つ事を信じてあげるのが、仲間です! 書也さん、友美さん、愛さんの作品を面白いと思ったのなら、最後まで信じてあげなさい!」

 床に膝を突いていた書也は幽美とエロスの言葉に促されるようにゆっくりと立ち上がると、顔を上げ、愛がいる方向を見た。

「先輩、弱気になってました。俺! 最後まで愛を信じます!」

「そうね……書也が言うなら、わたしも信じてみるわ。だって愛の小説、面白かったわよね? 何で負けてんのって感じだし」

「いや……愛君が私の理論で勝つと言っているのだから信じたまえ。それとも二人は私の理論をそんなにも信用できないのかね?」

 書也と友美は互いに顔を見比べた後、胡散臭そうに理香を見て、沈黙する。

「そこで黙らないで欲しいのだがね」

「おい、次の通知がきてるぞ。嘆いたり、喜ぶのは結果を見てからだ。笑屋本舗の閲覧数は12500、ブックマーク数618、いいね数310、コメント数16。対するドジっ子食いしん坊の閲覧数は12000、ブックマーク数609、いいね数310、コメント数13。おおっ!? 笑屋本舗に追いついてきたじゃないか」

「愛、頑張れ! 次で勝てる!」

 書也が愛を励ますと、スマホを持つ愛のその手は緊張で震えていた。

「……うん! わたしは勝つよ! みんなの為に……いや、わたしの為に! わたしはみんなと部活をしたい! みんなと小説を書きながら過ごしたいし、誤字脱字でもラノベ作家になりたいんだ!」

 震えながらもスマホを掲げる愛の手にスマホの着信音が鳴り響くと、次々とラノケンメンバーに着信音が鳴り始める。

「きたぞ! 笑屋本舗の閲覧数は22500、ブックマーク数1209、いいね数600、コメント数21。対するドジっ子食いしん坊の閲覧数は22410、ブックマーク数1210、いいね数600……ん? これは?」

 教子先生が口を開いたまま、動画がフリーズしたように固まってしまう。

「ちょっと待って……愛が勝ったの? それとも笑屋本舗? ポイント的にはどうなってんのよ? アプリにポイントも勝敗も表示されないんだけど!?」

 友美が困惑したように言う。その現象は教子先生や友美だけではなく、合計ポイントや勝敗がスマホで表示されない状況であった。スマホは部室の電波が悪いのか、アプリは審議中という文字を表示させ、勝敗の結果が出ない。

 教子先生が慌ててルーターのWiFiボタンを押し、スマホを別回線に切り替える。

「少し待て……こういう時は光回線の方が速い……次にポイントだが……笑屋本舗の合計ポイント38010。ドジっ子食いしん坊の合計ポイントは38010……つまりは同点だ」

 教子先生がスマホを見て、安堵するように溜息をつく。

愛が周りを見回すと、ラノケンメンバーは心配そうな面持ちであった。

「ごめんみんな、勝てなかったよ」

 しょんぼりする愛に書也が優しく肩を叩く。

「気にするな。引き分けにできただけでも、凄い実力だ」

「うん」

 書也が褒めると、愛は素直に喜んでいるのか、満面な笑みを浮かべた。

「愛さんの小説……土壇場の巻き返しはどういったマジックがあったのか気になりますわね。自作小説やイラストばかりに気をとられず、愛さんの小説を読んでおけば良かったですわ」

 本当に悔しそうに言うエロスに教子先生は口を開く。

「逆転で同点にできたのは愛による文章の言葉遊びが読者にとって斬新に感じたのかもしれない。文章をダジャレのように面白くする事で、よりコメディーチックに描写している。ドジっ子食いしん坊の作品は異世界と日本では世界観が違うので、言葉の違いで異世界人が勘違いして、暴走する展開にしていた。例えば天皇と聞いて、天にいる王と勘違いして、飛空艇で空を飛んだり、政権を気にしていると言ったら、武器の聖剣だと勘違いしたり」

「誤字脱字の弱点をダジャレに変換した策は成功したという訳ですわね」

 そう言ってエロスは書也と愛が話す姿を微笑ましく見る。



「次は書也の番なわけだけど、勝てるの? 因縁の相手、DRAGONEYEに」

 友美が言うと、書也は勝利の確信を持っているかのように頷いた。

「勝てるさ。俺はあいつの友人でもあるからな」

 そう言って書也は笑みを浮かべた。

「なら、何も言う事はないわ。結果を見なさい中二病!」

 友美は力強く書也の肩を力強く叩いた。

「よし! 次だ。最後の大将戦は泣いても笑っても、ラノケンかマンケンのどちらかが勝てば勝利になる」

「はい、先生。画竜君はわたし達と同じ一年だけど、どんな漫画を書く人なの、教子先生?」

 愛が手を上げて教子先生に聞く。

「イクシブの投稿サイトにアップしている画竜の漫画を見た限りでは二年生に負けず劣らずに絵は上手いな。ただ、経験不足もあるのか、ストーリー性が弱い部分があるのがネックだな。そういう部分ではどちらが勝ってもおかしくないと思う」

「なら! 小説家らしく、ストーリーで勝つ!」

 書也はスマホを握り締め、スマホの画面を見つめ続ける。

しばらくして静寂の中、部室に数台のスマホの着信音が鳴り響く

「書也の最初の一週間目の結果は……」

 教子先生が結果を読み上げた……その瞬間、書也には録画レコーダーの早送りのように時間が過ぎていくような気がした。



「ベタ終わったよ!」

 マンケンの部室で、愛の声が響いた。

「愛君、こんな雑用を頼んで申し訳ない。できるなら、漫画を描きたかっただろ?」

 紅い髪に八重歯を見せる少女は申し訳なさそうに愛に言った。この少女こそマンケンの部長であり、吸血公女こと、カーミラ・赤月なのだ。

「いいえ、背景を描けたのも楽しかったし、裏表紙も描くのも楽しかったんだよ」

 愛が言うと、カーミラは複雑な表情をする。

「やはり勝負とはいえ……漫画研究部に正式に入部しないか? ラノケンと掛け持ちでもいい! 君はやはり文章を書くより、絵を描く方がむいている。その才能を腐らせておくのは惜しい! お願いだ! 部に入ってくれ!」

 部員が見ている前で愛に頭を下げるカーミラに愛は首を横に振った。

「ごめんなさい。それでもやっぱりわたしは文章が、小説が、ラノベが好きです。誤字脱字でもラノベ作家を目指します!」

 愛は笑顔で言うと、踵を返した。

「そうか」

 カーミラは残念そうに言う。

「愛、マンケンの助っ人は終わったか?」

 書也は先ほどの会話を聞いていたかのように戸を開け、マンケンの部室に入って来る。

「うん、ちょうど終わったところだよ」

 愛が答えると、点睛がちらりと書也に視線を向ける。

「点睛、なんだよ?」

 書也が点睛に声をかけると、歩み寄ってきたかと思うと、頭を下げていた。

「すまない書也! お前のこと、今まで見下していて! 漫画でストーリーもまともにできていないのに、お前をけなす資格はなかった!」

「いや、もう気にしてない。お前が俺の小説のことを認めてくれるなら、それで良いよ」

 そう……勝ったのはマンケンではなく、ラノケンだった。書也と点睛の数値は一週目、二週目、三週目と拮抗し、最後は僅差で書也が勝利したのだ。点睛の漫画はバトルで迫力あるシーンを描けていたが、戦闘シーンが長く、物語にひねりがなく、ドラマ性が無く、敵である魔神が殺した人間を主人公がひたすら生き返らし、命の駆け引きやドラマ性を奪っている事が敗因となったのだ。

「それじゃあ、僕の気がすまない! 書也もう一度、俺と漫画家を目指さないか? お前のストーリー性なら、絵が下手でも漫画に活かせるはずだ! 絵が駄目なら漫画原作という手も!」

 書也は首を横に振った。

「点睛、すまないな。俺は漫画も好きだが、やっぱりラノベはもっと好きなんだ。見守ってくれると嬉しい」

「いつでも待ってる……お前が漫画を描きたいと言うまでな」

 点睛は笑みを浮かべて言うと、書也は苦笑いした。

「それは無理じゃないかな? だって、わたしと書也君は卒業までにはラノベ作家になってるから!」

 愛は笑みを浮かべて言うと、書也の手を引いて、マンケンの部室を出ていた。

 ――俺達のラノベ作家を目指す戦いは始まったばかりだ。


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誤字脱字でもラノベ作家を目指します! かむけん @kenkamura

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