イチョウと銀杏

@yomu-yomu-yomu

第1話 秋の始まり

私はイチョウが好きになれない。

いや、私が好きになれないのはイチョウではなく銀杏かもしれない。

いつも通る並木が銀杏で埋まっている光景は、決して嬉しいものではない。

「今年もこの季節が来てしまった…」と、1人呟く。

秋は憂鬱だ。イチョウが嫌でも目に入り、花粉も飛ぶ。

私だって秋を好きになろうと努力したことはある。紅葉を楽しむとかね。

一般的に紅葉というのは綺麗なものかもしれない。

しかし私には微塵も綺麗と思えない。

紅葉、それは私にとって苦痛の始まりを示すものに過ぎないのだから。

「はぁ…」ため息が出る。

「難儀だねぇ…」横から話しかけてきた“これ“は付き合って3ヶ月弱の彼氏だ。

「秋だからね」とあえてつっけんどんに返す。

弱みを知られることを恥じること、それは正しい恋人の形なのか。

「分からない」の一言に尽きる。なにせ恋愛経験が皆無だ、比較対象がない。

そんな自分を受け入れてくれたのが今の彼氏だから、とても感謝している。

…言葉にするのは、恥ずかしいけど。

「夜ご飯、食べてく?」話題を変えたのは彼なりに何かを感じたのだろうか。

「いや、もう帰ろうかな」本来は断るべきではないんだろう。

「そっか…」珍しく気落ちしているようで、目に見えて分かるくらいに項垂れていた。

「送って行こうか?」嬉しい提案だったが断った。今日は不思議といつもより疲れている。

じゃあまた、と型通りの挨拶を済ませ、帰路に着く。

並木のそば、捨てられた吸い殻が目に留まる。何故だか少し、木に申し訳なくなった。

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