魂の履修登録

しんたろー

第1話 魂の履修登録

 ここは、間もなく地上に生まれ落ちる魂たちが、次の人生のあらましを決める場所。その名も、霊魂登録所れいこんとうろくじょ。俗に皆は、ここで手続きを、「魂の履修登録」と呼んでいる。

 

 霊魂登録を行うために、れいは長蛇の列に並んでいる。零の後ろでソワソワしているのは、親友のけいだ。

 

 ここにいる魂達は、皆漢字一文字の名前が与えられている。もちろん零も、例外なくその内の一魂いっこん、つまり一つの魂だった。


「なあ。本当に凄い行列だな。全然前に進まないぞ」

 

 痺れを切らした様子の経が、後ろから声を掛けてきた。零はゆっくりと後ろへ振り返り、眉間にしわを寄せた。


「仕方ないだろう? 俺たちは低級の魂なんだから。それに上級の魂みたいに、優先入場券は配られないし……」

 

 そう。零の言う通り、ここにいる魂はみな低級だ。何故なら彼らの大半が、過去世で罪を犯しているからだ。そんな中と経は、前世で窃盗の罪を犯していた。

 

 ソワソワした様子の経が、背伸びをし始めた。そして列の前方を確認し、再び不服そうな顔をする。


「それにしても長すぎやしないか? このままじゃ日が暮れてしまうぞ!」

 

 経が顔を歪めたまま、大きな声で零に言う。零はその様子を見て、呆れた表情を浮かべた。


「日が暮れるのは、今から生まれ落ちる地上世界の話だろう?」


「分かってるよ。長く感じることの例えだって」

 

 経が横を向き、口ごもりながら零に言う。するとその時、前から一人の天女が歩いてきた。


「この中に、零さんと経さんはいらっしゃいますか?」

 

 天女は無表情で、不愛想に零と経の名前を呼んだ。そして辺りを見渡し、彼ら二魂にこん、つまり二つの魂を探し始める。

 

 驚いた零と経は、互いに目を合わせた。そして恐る恐る、前に立っていた零が手を挙げる。


「俺が零です。そして俺の後ろにいるのが経です」

 

 零が言うと、天女はゆっくりとこちらに視線を向けてきた。


「貴方達ですね。先に登録所へご案内いたします。どうぞ後ろから付いてきてください」

 

 天女が無愛想に零達に言って、スタスタと歩き始める。零と経は列を抜けて、天女の後ろを付いていった。


「なあ。何で俺たちだけが先に案内されるんだ?」


 経が不安そうに、零に話しかけてきた。


「お前さっきまで、『まだ順番が来ないのか?』って言っていただろう?」


「だって……。あれだけの行列の中で、先に案内されるって逆に気持ち悪いし……」

 

 経が深刻そうな顔をして、零に言う。経の表情を見て、零も段々と嫌な予感がしてきた。


「静かに付いてきてください」

 

 するとその時、天女が立ち止まり、無表情のまま零と経に注意をしてきた。零達二魂は会話を中断し、そのまま黙って天女の後ろを付いていく。

 

 天女たちは、低級の魂にはとても厳しい。何故なら、殺人や放火など、彼らの犯した罪の重さは本当に深刻だからだ。

 

 それに対して上級の魂たちは、前世で徳を積んでいる。そのため天女達の対応も、大きく変わってくるのだ。低級の魂達にとって、上級の魂は、手の届かない憧れの存在なのである。

 

 下を向いて歩いていた零が、ふと顔を上げた。すると行列の先頭が見えてきた。天女が最前列の魂を追い越し、正面の階段を上る。そのまま入り口へ近づいていくと、扉が自動で開いた。


「霊魂登録所も、かなり進化したんだな」

 

 零は天女の後に続きながら、経に小声で話しかけた。


「あー。少し前まで、入り口は重たい手動扉だったのに……」

 

 経が零に呟いたその時、再び天女が立ち止まった。そしてゆっくりと、彼ら二魂の方へ振り返る。


「静かに付いてきてくださいと、わたくしは申し上げました。これで二回目です。それからあまり周りを見ず、前を向いたまま私に付いてきてください」


「――すみません。分かりました」

 

 天女が物凄い目で、零と経を睨みつけてくる。零はあまり刺激しないように、素直に天女に謝った。

 

 天女が再び前を向き、そのまま廊下を歩き始めた。そして奥にある自動扉をくぐり、中へ入っていく。

 

 中の光景を見て、零は思わず目を見開いた。部屋には沢山のコンピューターが配置されている。コンピューターに向き合うように、大勢の魂が腰を下ろしていた。

 

 天女が零と経を、前方の席に案内した。そして座った彼ら二魂の前に、天女が無表情のまま立ち尽くす。


「貴方達は低級の魂ですが、比較的罪が軽かったため、先にこちらへご案内いたしました。これからこちらで、来世の霊魂登録を行っていただきます」

 

 天女が横に置かれているファイルを手に取る。そして操作ガイドらしき冊子を取り出し、零と経の前に置いた。


「ご覧の通り、以前とシステムが大きく変わっております。以前は誕生から死期までを、紙媒体に記入し、提出していただいておりました。しかし今回から、全ての登録をコンピューターで行っていただきます。先程渡したものが、操作ガイドでございます。わたくしは受付で控えておりますので、ご不明な点がございましたら、コンピューター横にある赤いボタンでお知らせください」

 

 天女が淡々と説明をして、前のカウンターへと歩いていく。零と経は、手元に置かれている操作ガイドを開いた。


「まさかここまで機械化が進んでいたとは、想像もしていなかったよ」

 

 経が操作ガイドを開きながら、独り言のように零に呟いた。


「そうだな。俺も大層驚いた。でも要領を掴んだら、案外こっちの方が楽かもな」


「確かに零の言う通りだ。手書きだと、案外時間がかかるからな。まあとにかく、さっさと終わらせて提出してしまおうぜ」

 

 経が喋りながら、目次の次のページを開く。そして順番に、コンピューターを操作していった。

 

 零も指示通りに入力していった。するとすぐに、登録画面が出てきた。ふと横を見ると、経も同じ画面が表示されている。

 

 零が視線を戻し、操作を再開しようとしたその時だった。


「なあ。これ一体どういうことだ?」

 

 経が不安そうに、自身のコンピューター画面を指差している。零はそのまま、経のコンピューターの画面を覗き込んだ。


「何なんだ? これ」

 

 経の来世の登録画面は、二十代後半から三十代前半のところが、赤い背景で塗られている。そして赤字で、必須試練と大きく書かれていた。


「これは一体何なんだろうか……?」

 

 経が顔を引きつらせて零に言った。


「必須試練って何なんだ? しかも泥棒に、全財産に近い金を盗まれるってどういうことだ⁉」


 零は不安になり、思わず大きな声が出た。その直後、自身のコンピューター画面も確認する。


「俺も二十代後半から、三十代前半の所が赤塗りされている。しかも内容がお前と同じだ。消すことはできんのか?」

 

 零も同じところが赤塗りされている。これを消すために、零はマウスを右クリックした。

 

 そしてそのまま、削除ボタンを押した。確認の画面が表示され、そのまま実行ボタンを押す。

 

 ところが実行したと同時に、エラーが表示された。何回操作を繰り返しても、同じ画面が表示される。


「クソ。消えんぞ!」

 

 苛立ちを募らせた零は、マウスを乱暴に机の上に置いた。


「俺も消えん。一体どういうことだ?」

 

 経も不安そうに、コンピューターを操作している。どうやら経も、この文字を消すことができないようだ。


「そう言えば分からんことがあったら、天女が呼べって言ってたよな?」

 

 零が先程の天女の言葉を思い出し、経に言った。


「そうだったな。コンピューター横の赤いボタンってこれか?」

 

 経がコンピューター右横にある、赤いボタンを指差した。ボタンには、天女のマークが描かれている。零のところにも、同様のボタンが設置されていた。

 

 零は迷わずボタンを押した。その直後経も、慌てた様子でそのボタンを押す。


 すると大きな呼び出し音が、大音量で二回鳴った。受付に立っていた天女が、手を止めてタッチパネルの画面を確認する。零と経の方をチラッと見た後、こちらに向かって歩いてきた。


「どうかなさいましたか?」

 

 相変わらず天女は無愛想だ。だが零は、そのことは気に留めず、天女に質問した。


「この必須試練っていうのは消せないのですか?」

 

 零の言葉に、天女は僅かに眉間に皺を寄せた。そして彼ら二魂のコンピューター画面を、交互に確認する。


「はい。こちらは必須試練ですので、消すことはできません」


「何故必須試練が組み込まれているのですか?」

 

 零は食い下がって天女に質問した。零の質問に、天女が呆れたような表情を浮かべる。


「貴方達は、過去世で窃盗の罪を犯しています。そのため来世で、その分のかるまを解消するようになっているのです。よって、取り消しを行うことはできません」

 

 天女は最後、はっきりと告げ、零達を交互に見た。


「このような試練は、上級の魂の方で、自ら組み込む方もいらっしゃいます」

 

 天女の言葉に、零と経は目を合わせた。すると経が、椅子に座ったまま軽く手を挙げた。


「何故自ら、このような試練を選択するのですか? こんなこと、誰だって経験するのは嫌でしょう?」

 

 零もそのことは気になっていた。だが経の言葉に、天女は更に呆れたような表情を浮かべた。


「試練とは、嫌なことではございません。学びなのです。自ら試練を選択することで、様々な学びが得られるのです。もう良いですね? それでは失礼いたします」

 

 どうせ言っても分からないだろうという表情を浮かべ、天女が元の場所へ帰っていく。零は経とともに、その姿を呆然と眺めた。

        

        *

 

 全ての霊魂登録が終わり、遂に地上世界へ生まれ落ちることになった。零と経は、天女に無機質で広い部屋に案内された。


「それでは、地上世界へ行ってらっしゃいませ。零さんも経さんも、行き先は日本国、愛媛県松山市です」


「松山かぁ……。みかんの県だな」

 

 零が独り言を呟き、経の方を見た。経は目に涙を浮かべ、零の方を見ている。


「零、ありがとな。ここでの記憶が消えても、俺たちは友達だ」


「こちらこそだよ経。また松山で会おうな」

 

 零も目に涙を浮かべ、経に最後の言葉を告げた。経の言う通り、ここでの記憶は全て消されてしまう。思い出すことは、もう不可能なのだ。

 

 すると天女が、彼ら二魂を交互に見た。そしてそのまま、赤いボタンに指を当てる。


「それではよろしいでしょうか? 貴方達のここでの記憶は、全て消させていただきます。それでは、行ってらっしゃいませ」

 

 零が経の方を見ると、彼は目を瞑っていた。それを見た零も、ゆっくりと目を閉じる。

 

 すると次の瞬間、目の前が真っ白になった。そして体が軽くなり、零は地上世界へと旅立っていった。


魂の履修登録 (終)

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魂の履修登録 しんたろー @shintarokirokugakari

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