第8話 現実世界へ帰ろう(3)

 大人の男性の声がした。

 初秋の朝の肌寒さ。

 季節の変わり目で、気だるい覚醒だ。一瞬、震えて俺は目を開けた。


「お客さんたち、そんなところで寝ていると風邪かぜひいちゃうよ」

「ふえ?」


 阿仁合あにあい駅の男性駅員さんが心配そうな顔で俺たちを見つめていた。

 俺は悪い夢から覚めた気持ちだった。


 iPhoneの表示は、9月2日(土)朝の5時過ぎだ。


 うんざりする残暑が薄くなり、すでに秋の気配がする。

 山の季節は変化が早い。

 へっくしょん!


 もたもたしていると、駅員さんが寝ぼけた俺へ問いかける。


「お兄さん、風邪かぜは引いてないかい?」

「え、いや、その大丈夫です」

「もうすぐ列車が出るから、それに乗って家に帰りなさい。そこのお姉さんも一緒にね」

「あ、了解です」


 駅員さんは、若気の至りで酔いつぶれた男女2人だ、と思ったらしい。

 会話が成立したので、俺たちは救急車で運ばれることもない。

 この後は、秋田内陸線あきたないりくせん鷹巣たかのす方面へ戻る。


 おっと。

 その前に裕希ゆうきを起こそう。彼女の肩を揺さぶる。


 久々の対面ではないだろう。

 記憶が曖昧あいまいだけど、昨日は一緒だったらしい。

 彼女はまぶたを震わせて目を開けた。


きょうくん……?」

「おはよう、裕希ゆうき。さぁ、帰るぞ」

「それは良いけどさ。えぇっと、何で阿仁合あにあいに私たちはいたんだっけ?」


「夜空の星でも見ていたのかな。でも、終電を逃すか?」

「きっと2人で話が盛り上がったんだよ!」

「そうなの? そうかな!」


 裕希ゆうきに言われると、俺もそう思える。

 これ以上、一夜を共に越した原因を俺は深く気にしなかった。

 夜空の星でも見に来て、裕希ゆうきと会って話し込んだせいだろう。


 すると、裕希ゆうきは期待した目で俺に「ねぇ」と言う。

 それに応じて、俺は告白をした。

 昨日何かあったらしく、2人の深い部分でも分かり合えたのだろう。


「再会はご縁だし、俺たち付き合おうか」

「うわ、軽い」

「結婚してください」

「うん、それは重いね」


「嫌?」

「猫みたいな目で悲しそうに見つめないで。うーん、付き合うのは良いよ。結婚はまず追々で保留ね。それより、京くんのお父さんに謝りに行こうよ」

「あ、親父。……そうだな」


 あぁ、そうだ。

 俺は親父に怒られて家出中だった。

 その傷心はえた気がする。

 なぜなら今、俺には大切な裕希ゆうきという彼女が出来たからだ。


「阿仁合、また来ようね」

「あぁ今度は、森吉山もりよしざんで夜空の星を見ようか」

きょうくんの車の運転、何だか心配だなぁ」

「うん。親父に聞いて、運転練習しておくよ」

「次に来るまで、私が助手席に乗れるように、安全運転でお願いします」

「了解いたしました。えへへ」


 俺は溶けた猫みたいな笑みを漏らしていると、裕希ゆうきも笑っていた。

 もうお互いに隠すことはない。

 俺たちは、阿仁合あにあい駅のしあわせ鐘を2人の手を合わせて鳴らした。

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あの夏の魔女の森へ 鬼容章 @achiral08

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