第7話 現実世界へ帰ろう(2)

 あぁ、なるほど。マリィが言った。それぞれ思い出すこと。


 俺は選択肢を広げ過ぎずに、一つの道を進んでいく勇気だ。

 それは裕希ゆうきへ真剣に質問することで少し分かった気がする。


 一方で、裕希ゆうきは俺へのこじらせた愛をどうにか処理しないといけない。

 看護師として働く自分を見失い、俺との再会で忘れていた愛憎が出ているのだ。


 かつての俺の冷徹れいてつな気持ちがよみがえった。

 裕希ゆうき所有物モノ扱いされるのが嫌で、彼女との距離を取ったのだ。


 狐耳きつねみみのマリィが、にやりと笑った。白い何かを手渡す。


「キョウ、もう少しでゴールが見えてきているじゃろう。自分の弱さ、捨てたかった性格、そしてお主の選んだ本当の強さじゃ」

「うわ、雪玉モドキ!」

「わらわの眷属けんぞくじゃ。つぶれて煙れば過去を思い出す。人間には小玉鼠こだまねずみとも呼ばれるようじゃがな」

「やはり、小さい奴も怪異の類だったのか。これをどうするんだ」


「ユウキに投げつけてやれ。大丈夫じゃ。雪合戦で雪玉を投げるのと大差ないことよ」

「それが裕希ゆうきを救うことになるんだよな」

「そうじゃ。こじらせた憎しみを真っ直ぐな愛に戻す方法じゃ」


 虫よけスプレーのお返しじゃないけど。

 ケラケラと笑ったまま、ずっと突っ立っている裕希ゆうきへ、俺は雪玉モドキを投げつけた。


 あぁ、これも正気じゃない選択だ。

 何故なら、彼女が封じていた嫌な過去を思い出させるわけだ。


 彼女の身体に当たり、白い煙が吹き出した。

 彼女は驚いた目で、俺を見つめている。


 白く甘い煙は、思い出した俺には何も作用しなかった。

 冷徹れいてつな俺が、怠惰たいだな欲望で暴れそうな自分の魂をしずめていた。


きょうくんは! 私にあの頃を思い出せって言うの!」

「戻るんじゃない。つらかった過去を受け入れるだけだ」

「私、白い布で固まった心を見つめるのは怖い」

裕希ゆうきは、包帯でぐるぐる巻きだったのか。俺だけでなく、自分の心もガチガチに固めていたんだな」

「……うん、ひどいことしたね」


 言葉では理解できている裕希ゆうきが、涙を流して俺をにらんだ。

 負の感情が流れた。


 裕希ゆうきは俺に捨てられるのが怖くて、2人の関係性を布で固めた。

 俺の束縛そくばくが失敗しても、布を巻き続ければ、過去は見えなくなる。


 そんなエゴイズムを見せられても、彼女の弱さを俺は受け入れたい。

 恐怖心から解かれて、倒れてきた彼女の身体を、俺は両腕で抱きしめた。


 過去の清算が終わる。怪異な遊びだった。

 マリィは2つの石を俺に手渡して、お別れの言葉を口にした。


きつねの化かしは、現世へ魂を戻して完了じゃ。これにりたら、もう世界を越えようとするでないぞ」

「7つの石は足りない俺たちの命が世界につなぎ止められる言葉か。最後の2つは、節制テンペランス純潔チャスティーティなのか。留まる勇気と色欲に負けない心ってか」


「そうじゃ。どうした不服か」

「いいや、俺たちの命を助けてくれてありがとう」

「弱っちいお主は、昔から察しがいいのう。半端に情が残ると、この世界に魂が取り残されるぞい。さっさと駅前まで振り返らず行くがよい」

「これで本当にお別れだ。マリィ、元気でな」


 7つの石が入った緑のリュックサックを、俺はマリィへ返した。

 もう背負うのは、俺の大切な人、裕希ゆうきだけでいい。

 

 阿仁あに河川公園かせんこうえんから阿仁合あにあい駅側へ俺たちは出た。

 心身共に疲れた。俺の頭は、何も考えられない。

 また例の眠気だ。

 俺は駅舎の壁に向けて裕希ゆうきを下ろすと、彼女の隣に座り込む。


 iPhoneの表示は、8月32日(金)17時過ぎだった――

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