第3章 現実世界へ帰ろう

第6話 現実世界へ帰ろう(1)

 阿仁川あにがわ河川公園かせんこうえん。アスファルトの道は長い。

 通常は階段でする、じゃんけん遊びは長期戦になっていた。

 10年ぶり、向こうに設定したゴール地点に、誰が先に着くかで勝負だ。


 俺は身長のおかげで、脚が長く一歩を大きく出られた。

 裕希ゆうきとマリィを離して独走状態だ。

 調子に乗って、マリィたちへ勝利条件を追加要求した。


「なぁ、俺が勝ったら、王様ゲームよろしく、負けた人に命令していいか?」

「いいぞい。勝てるという慢心まんしんは良くないがのう」

きょうくんに……命令していいの?」


 追加ルールをしたことを俺は後悔した。

 グーでは勝てる。

 グーを捨ててパーチョキで攻めてきた裕希ゆうきに、俺は動揺し続けた。


 グリコは3歩分、パイナップルとチョコレートは歩数が多い。


 しまいには、じゃんけんが弱いマリィにまで俺は負け始めている。

 裕希ゆうきが向こうに行ってしまった。

 マリィが俺の横に並ぶ。


「お主は小器用じゃが、結果が出そうになると慢心まんしんが多いのう。勝負がつまらなくなると、しらけてしまう性格は見直した方が良いかもしれぬ」

「ぐふッ。ぐっさりと心に突き刺さる言葉だぜ」

「ユウキのこと、気になっておるじゃろう。わらわ以外、この世界には何者もおらぬ。愛を叫んでみてはどうかの?」

「にゃにゃにゃにゃ!」


 マリィはこんなところで、心理戦を仕掛けてくる。

 俺はさらに動揺していた。


 だけど、一理ある。

 じゃんけん遊びを利用して、裕希ゆうきの内面を探れるんじゃないか。

 俺はグーチョキパーすら捨てた。

 ただ、じゃんけんに勝ちに行く。


「ゆ・う・き・き・き・た・い・こ・と・が・あ・る」

「ちょっと、きょうくんズル……でも、何を聞きたいの?」

「ほ・ん・と・う・の・き・み・は・ど・っ・ち」

「もう、じゃんけんすらしていないしー。でも、何と何のこと?」


「看護師なのか、それとも少女のままなのか、裕希ゆうきの本心はどっちでいたいんだ?」

きょうくんの前では、少女のままでいたい。看護師は役割を演じている感じがして疲れるから」

「そっか。俺のこと、ずっと好きなんだ」

「女の子に言わせるの?」

「言わせない。俺の方が裕希ゆうきを好きだから」

自惚うぬぼれるな。俺の方が~じゃない。私の方が京一郎きょういちろうを好きなんだぞ」


 俺たちは足を止めて向かい合って話していた。

 顔を真っ赤にして、泣き出しそうな目で俺を見つめる彼女が見えた。


 一方で、俺はじゃんけん遊びを通して、裕希ゆうきの本心をつかもうと、真面目に言葉を発していた。

 いつものように、中途半端に冗談を言う方が楽だ。

 真面目が過ぎて、冷徹れいてつな態度を見せれば、他人を傷つけてしまう。


 思春期の裕希ゆうきにも同じことをした。結果、彼女を突き放した。


「ごめん。本当はずっと分かっていたよ。俺は裕希ゆうきを異性として特別に思った。だから、突然話しかけることが出来なくなったんだ」

「そうだったんだ。でも、頑固なきょうくんにしては、時間かかったけど、また私と話してくれたんだね。それは信じていいのかな?」


「良い。でも、俺には何もないぞ。サッカー選手でもないし、ミュージシャンでもない。ただの京一郎きょういちろうだ」

「分かっていないなぁ。だから、きょうくんを好きなんだよ。弱いことは男性として魅力ないと思っているなら大間違いだよ。私がきょうくんを守ってあげるからねー。


 ケケケ。斜めに立つ裕希ゆうきの笑い方が怖い。


 俺を守るということは、過度になると俺を束縛そくばくするということだ。

 裕希ゆうきの場合は、俺が話しかけなかった10年間で大分、性癖せいへきをこじらせてしまっている。

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