第5話 独占欲の狐娘(2)

 俺はその宝石を手に取った。

 次の瞬間、怪異の意味を理解する。

 

 博愛はくあい、そしてフィランソロピーの文字だ。


 先ほど、襲われた雪玉モドキは宝石を落とした。

 それと似た石を持つ狐娘きつねっこが、俺を空腹から満腹に変えた。

 つまり、俺の望み通りに『世界を書き換えた』のだ。

 まさに神の如し。

 怪異の根源を前に動揺し、俺は絶句した。


 代わりに、腕組みを解いた裕希ゆうきが質問する。

 狐娘きつねっこは、おにぎりを食べながら、平然と答えた。


「私は人間界の者です。おそらく私とそこの彼は、貴女あなたの世界へ迷い込んでしまったのです。私たちは元の世界に戻れますか?」

「うむ、戻れるぞ。わらわ、マリィさんの創った世界じゃからな。ただし、元の世界に戻るにも仕掛けがある」

「そうですか。ところで貴女は土地神様とちがみさまなのですか」

「半分だけ正解かの。川の神と山の神の争いを仲裁して、疲れて自分の世界へ隠居いんきょしたもと神様かみさまじゃ」

「そうなのですね。ところで……京くん、私たち何か忘れていない?」


 裕希ゆうきは急に看護師モードになった。

 神様のような人知を超えた存在にも物怖ものおじしなくなった。

 俺も引きずられて、大人の男として冷静になった。


「神様さ。世界を書き換えることが出来るなら、この石遊びをしなくても、俺たちを人間界へ戻してくれないか」

「拒否する!」

「え~!」

「そんな顔をするでない。ただでは面白くないじゃろうということじゃ」

「ああ、そう。じゃあ、どう面白くしたら、俺たちは人間界へ戻れるんだ?」

「ルール説明! お主らの持っている宝石『不思議石ふしぎいし』は何個あるんじゃ?」

「えーと、5つ」


 人間性ヒューマンネイチャー充足サフィシェンシー忍耐ペイシェンス勤勉ディリジェンス博愛フィランソロピー

 ガラガラと音を立てながら、5つの石を机に並べた。

 あと何個かを集める必要あるのか。何となく、分かってきた。

 狐娘きつねっこもといマリィさんは、楽しそうに口を緩めた。


「そうじゃ。あと2つ、不思議石ふしぎいしを集めれば7つじゃな。それで、元の世界へ戻ることが出来るぞい」

「それって、私たちそれぞれの忘れていたことが関わっている?」

「ユウキ、その通りじゃ。キョウも思い出せ。お主らは、大事なことを忘れておる」

「「うーん?」」

「2人ともえない顔じゃのぉ。じゃあ、外に出て河川敷でわらわとまた遊ぼうぞ!」


 7つの石が鍵となり、元の世界へ脱出できるそうだ。

 その2つ石をもらうには、俺たちが忘れている何かを思い出す必要があるらしい。

 3人で阿仁あに河川公園かせんこうえんへ歩いて向かった。


 その懐かしい遊びは、俺たちの思い出をよみがえらせた。

 そうか。

 10年前に俺たち3人は、森吉四季美湖もりよししきみこのほとりで出会っていたのか。


 このマリィさんは、あの狐娘きつねっこだ。

 まさか大人になっても、異世界の迷子から助けられるとはね。

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