第5話

 それから、30分後―――


 エリカは、ようやく落ち着きを取り戻した。「ごめんね、ごめんね」ととおるに何度も謝る。


「エリカが謝る必要なんてないよ。それより、この森を早く抜けよう」


 すっかり気が抜けたエリカに代わって、徹が先頭に立って歩く。2人は川沿いを下流に向かって、再び歩き出した。


 しかし、日が暮れるまでに森を抜け出すことはできなかった。周囲は、どんどん暗くなっていく。


「仕方ない…… 今日は、この辺で野営しよう」


 昨夜と同じように、森の中で野宿することにした。エリカは、火打石を使って火を起こしてくれる。そして、2人で焚火を囲むと夕飯に干し肉をかじる。これが、最後の干し肉だ。


「川があるんだ。魚をるなり、食料は何とかなるさ! きっと明日には、この森から出られるはずだ。がんばろう。なあ? エリカ」


 徹は、エリカを励ますように声をかける。エリカは、あれからすっかり無口になってしまった。しかし、徹の励ましが届いたのか口を開く。


「ありがとう。徹。……でも、こんな私なんか気にかけなくていいよ。私は人を殺して…… そして、自殺した女だもの」


「それは、死ぬ前の話だろ? ここは、前の世界とは違う。俺たちは生まれ変わったんだ。死ぬ前のことなんて関係ないさ! そうだろ?」


 徹は、ジッとエリカの目を見つめた。徹の言葉を聞いて、エリカは目に涙を浮かべる。


「ありがとう。徹…… あなたがいてくれて、よかった。私のこと見捨てないでくれる?」


「見捨てたりなんかしないさ!」


「ずっと一緒にいてくれる?」


「ああ。ずっと一緒にいるよ!」


 徹は、そう言うとエリカの体を抱きしめた。彼女が泣き止むまで強く抱きしめた。そして、夜は更けていく。


 昨夜と同じように、交代で睡眠をとることにした。エリカを先に寝かせることにする。今の彼女には、休息が必要だ。


「おやすみ…… 徹」


 エリカは、横になるとすぐに寝息をたて始める。よっぽど疲れていたのだろう。昼間のオーク(?)の件といい、肉体的にも精神的にも疲れているはずだ。


 徹は、エリカの寝顔をぼんやりと眺めていた。彼女が殺人を犯していたこと、自殺していたこと。まだ、どこか信じられずにいた。この世界に、2人で転生した。仲間のような信頼感の方が強かった。


「ふう。少し冷えるな……」


 夜になると肌寒い。徹は、尿意をもよおした。立ち上がると用を足す場所を探す。さすがに、少し離れた場所の方がいい。


 暗い森の中を慎重に少し歩く。その時、不意に後ろから声がした。


「どこに行くの? 徹」


 冷たい声だった。振り返ると、エリカが立っていた。手には、なぜかナイフを持って握りしめている。徹は笑って答えた。


「ははは。どこにも行かないよ。ちょっとトイレ…… 用を足そうと思っただけさ」


 しかし、エリカは鬼のような形相になる。


「嘘をつかないでッ! 私を置いて行こうとしたでしょ? 逃げようとしたんでしょ?」


「嘘じゃない! 本当に用を足そうとしただけだって! 落ち着けよ、エリカ!」


 エリカは、ナイフをかまえてジリジリと近づいて来る。


「あの人も私に嘘をついた! 他に女なんていないって! 徹。あなたも同じね。すぐ私に嘘をつく。許せないわ! 殺す。あの人と同じように…… 殺す! 殺してやる!」


「ま、待て! エリカ! 話を聞いてくれ!」


「何も聞きたくないわ! 死んで!」


 エリカの目に本物の殺意を感じた。徹は、エリカに背を向けて走り出す。


「やっぱり逃げるのね! 嘘だったのね! 待ちなさい! 徹!」


 エリカが追いかけてくる。真っ暗の森の中を徹は必死に走った。エリカが「待ちなさいよぉーッ! 絶対に逃がさないわ、殺してやる!」と叫びながら執拗に追いかけてくる。徹は息を切らして逃げる。


「はぁはぁ…… あッ!?」


 思わず声を上げた。木の根が足に引っかかった。徹の体は転倒して、ゴロゴロと地面を転がった。そこへエリカが追いついてくる。


「もう逃がさないわよ。徹! 死になさいッ!」


 地面に倒れた徹に、覆いかぶさるようにエリカが襲ってくる。徹は、エリカのナイフを持つ手を掴んだ。そして、激しい揉みあいになる。2人でゴロゴロと地面を転がった。


「ぐはッ!?」


 短い叫びを上げたのは、エリカだった。気がつくとナイフは、エリカの胸に刺さっていた。服にみるみるうちに血がにじんでいる。


「エリカッ! おいッ! 大丈夫か!?」


 徹は、エリカの肩を抱きかかえる。エリカの体は、力が抜けたようにぐったりしている。徹は、必死に声をかけた。


「おい! しっかりしろ! エリカ!」


「可笑しいね…… せっかく、生まれ変わったのに、またすぐに死んじゃうなんて…… 次も、またどこかに転生するのかな?」


「死ぬな! エリカ! ずっと一緒にいるって、約束したろ!?」


 エリカは、涙を浮かべながら、最後に優しく微笑んだ。


「徹、一緒にいてくれて、ありがとう……」


 そう言って目を閉じると。エリカは二度と目を開けることはなかった。徹は、エリカの体を抱いたまま大きな声でエリカの名を叫んだ。



 夜が明けて、エリカの死体を埋葬した。スコップなどの道具は無いので、穴を掘るのには苦労した。


 泥だらけの姿でヨロヨロと歩いていると、森を抜けた。広い草原が見える。そして、その向こうに家らしき建物が見えた。村だろうか? 何軒か家が建っているのが見える。


 さわやかな風が吹き、草原の草を揺らす。徹は、遠い目をしてボソッとつぶやいた。


「やっと着いたよ。エリカ……」


 まだ最初の森を抜けただけだ。ここは、ゴールではない。スタート地点だ。2人で転生して、1人しか立つことはできなかったが…… 全ては、ここから始まる。



~Fin~


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異世界カップリング転生 倉木おかゆ @kurakiokayu

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