第4話

 とおるとエリカは、何事もなく無事に翌日の朝を迎えた。


 朝日が木漏れ日となって森の中に射し込んでくる。朝露あさつゆに濡れた地面から、少し湿気を感じたが。さわやかな朝の空気だった。


「おはよう。徹。昨夜は、よく眠れた?」


「ああ。おはよう。まあまあかな、寝れたよ。エリカは?」


「私もまあまあね。地面のベッドが固くてね。寝心地が良いとは、とても言えなかったわ」


 交代制で寝たので、ぐっすり眠れたとは言い難いが。それでも、徹もエリカも充分な睡眠がとれた。おかげで、エリカは朝から元気だ。


「さあ、朝ご飯にしましょ。昨夜と同じ干し肉しかないけど。本当、これ。何の肉かしら?」


 朝食に、また干し肉をかじる。残りの食糧は、あと1日分しかない。今日中に、この森を抜けて村か町を見つけなければ。


「さあ、出発するわよ」


 昨日と同じように、エリカを先頭にして歩く。歩く方角に関しては、完全にエリカの勘である。コンパスは無いので、北か南かも分からない。


 歩いても歩いても森の中で。「このまま永遠に森が続くのではないか」と徹が思った頃。事態はようやく進展する。


 先頭を歩くエリカが、急に立ち止まる。そして、耳をすませるようなポーズをとる。


「聴こえる? 徹。水の流れる音がするわ。こっちよ!」


 そう言うと、エリカの足が速まった。流水の音のする方へと向かう。そして、その元にたどり着いた。


 森が少し開けていて、そこに綺麗な川が流れている。清流といった感じで、川底は浅く歩いて渡れそうだ。


 エリカは、川の水を手ですくい、安堵の声を漏らした。


「やったわね。徹。川を見つけたのは大きいわ。これだけ綺麗な水なら、飲み水になるし。それに川に沿って歩けば、村や町にたどり着く可能性もある。本当によかったわ」


 エリカの言うとおり、水場を見つけたのは大きい。飲み水を確保できただけでも、生存率はグッと上がる。


 徹も川を覗き込むように見た。光が乱反射して、水面はキラキラと揺れている。


「魚でもれれば、食糧にもなるな」


「そうね。獲れればの話だけど。それより、ここからは川に沿って歩きましょう。問題は、上流に向かうか、下流に向かうかだけど……」


「下流に向かった方がいいんじゃないかな。何となくで根拠はないけど」


 珍しく徹が進行方向に意見した。ここまでは、完全にエリカの勘に任せて歩いていたが。エリカは、それに頷いて同意した。


「そうしましょう。水の流れる方向に歩く方が自然な気もするし。いいんじゃない?」


 徹とエリカは、川沿いを下流に向かって歩いた。2人とも川を発見したことで、気分は楽観的になっていた。


「今日中に森を抜けて、村か町を見つけたいわね。それから、熱いシャワーを浴びたいわ。昨日は、お風呂に入ってないもの。肌がベタベタしている」


 少し気分が高揚しているのか、エリカはよく喋る。徹は黙って聞いていた。


「あっ。でも、この世界にシャワーは無いかもね。水道自体が無さそう」


 エリカがそう言った時、前方の茂みからガサガサと音がする。背の高い草むらが揺れている。徹とエリカは、立ち止まり警戒した。


「ブゴォッ!」


 豚のような鼻を鳴らし、茂みから現れたのは、昨日の昼間に見たオークのような怪物だった。


 鼻と耳が豚のようで、ギョロリとした目、口には牙を生やしていり。明らかに、人間と異なる醜悪な顔。しかし、体は人間と同じで、背は低くボロボロの服を着ている。手には、棍棒のようなものを持っていた。


 その風貌は、徹がプレイしたことのあるゲームに出てくる、オークというモンスターに似ていた。


「ブゴォーッ! ブギャギャ!」


 オークのような怪物は、徹とエリカを見ると怒声のような叫びを上げた。手に持っている棍棒を振り上げる。明らかに、友好的な態度ではない。


「エリカ! 逃げよう!」


 徹は、咄嗟にエリカに声をかける。しかし、エリカは逃げる様子はない。背中の袋からナイフを取り出した。


「私は逃げない。戦うわ!」


「無茶だ! 戦うなんて。早く逃げよう! エリカ!」


 徹の声が届いているのか、届いていないのか、エリカはナイフをかまえて動かない。オークのような怪物は、唸り声を上げてエリカに殴りかかろうとする。


「ブゴォーッ!」


「うわああああああ!」


 エリカも大きな叫び声を上げて突進する。そして、オークのような怪物の胸にナイフを突き立てた。赤い血が噴き出して、オーク(?)は「ブギャアアアッ!」と悲鳴のような叫びを上げた。


 オークのような怪物は、崩れ落ちるように地面に倒れた。血が、どんどん流れて赤い水たまりのようになっている。


「やったわ…… やったわよ…… あの時と同じ。私、やったわ……」


 エリカは、ブツブツとつぶやきながら体を震わせていた。突然の出来事に、呆気あっけにとられていた徹だったが、すぐに思い直したようにエリカに声をかけた。


「大丈夫か? エリカ! 怪我はないか?」


「大丈夫よ…… 大丈夫だったでしょ? 私、戦えるの…… こういうの初めてじゃないの」


 エリカは、気が動転しているのか。少し興奮状態になっている。そして、口走る。


「あのね。徹。私ね…… 死ぬ前に。この世界に転生する前に、人間ひとを殺しているの。今みたいにナイフで刺してさ。殺しちゃったの……」


 エリカは、目から涙を流していた。徹は、動揺して声を出せない。今のエリカに何て声をかけたらいいのか分からない。エリカは、言葉があふれて止まらないように話し続ける。


「私さ…… 彼氏に浮気されたの。それが悔しくて、許せなくてさ。だから、そいつをナイフで刺した。殺したの。それから、自分を刺した。私が死んだ理由は、自殺なのよ」


「もう喋らなくていい。落ち着け! エリカ!」


 徹は、エリカの震える体を強く抱きしめた。だが、エリカの涙はまだ止まらない。


「彼氏を殺したら、どうでもよくなってさ。自殺までしたのに…… まさか、生まれ変わって転生するなんて。酷いよね? 何で、こんな私が転生したんだろ? あのまま死なせて欲しかった。生まれ変わりたくなんてなかった!」


 徹の胸の中で泣きじゃくるエリカ。徹は、そんなエリカを強く抱きしめてやることしかできなかった。


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