第40話 エピローグ アフターコロナを生き抜くために、青年は麻布を、屋上部を目指せ!

 新年になると、すぐに共通1次試験が待っていた。もちろん、この頃には新屋上部員も流石に勉強をしていた。ポッシュの場合は、新年になってから東大2次試験の為の勉強の準備が間に合わないとなり、共通1次の勉強をする余裕が無くなっていた。呆れて尋ねた

「4月から9ヶ月もあったのに、何を考えていたの?」

「いやあ、話した通りだよ」

 そして試験の結果は、理科の点数が上がらなかったのは想定内だろうが、他の科目もやる時間が無く、現状維持が精一杯だった。そう、点数は前年と同じ810点に留まったのだ!天罰が下ったのだろう。

 さらに「ありえね~」と思ったのは、滑り止めのための私立の試験の勉強もする暇がないと考え、東大1本に絞ったことだ。親だけでなく、叔父も反対だった。あまり物事に関心を示さない宇宙人のような印象のフィロソファーでさえ心配して聞いたそうだ

「それはちょっとリスキーすぎないのか?」

「いや、去年の受験時には模試では文Ⅲで合格率60%だったけど、今年は文Ⅱで80%だった。今から一生懸命に勉強すれば、2次はいけると思うんだ」

「青年の頃からギャンブラーだったのか!」と、驚いてしまった。小心者の僕には、不可能な決断だ。また、ポッシュ自身も、その中2時代の姿からは、想像もできなかっただろう。


 そして、珍しく勉強ばかりしていると2ヶ月が過ぎ、3月の2次試験の季節となった。3月初めに行われる2次試験で、ポッシュは歴史の道を進むための文Ⅲでなく文Ⅱを受けた。模試で80%の合格率が出ていたのと

「歴史が好きなのは分かるけど、歴史じゃ食べていくのがやっとかもしれないぞ。お前が今やっているように派手な服を着て、美味しいものを食べるのなら、商社マンにでもなるために文Ⅱがいいだろう」

 という、おじいちゃんからのアドバイスがあったからだ。

 歴史が趣味で、特に世界史は中学の頃から新書を読む程だった。麻布の教師のように好きな道に進んで食べていきたかったのはあるが、元々贅沢だった上に屋上部に入り趣味が増えていたので

「確かに歴史の教授や先生だと、今のような生活はできないかもな」

 と考えた。そして、女の子にもモテなくなるかも!」と。

 中1の時にサッカー部ではなくバスケ部を選んだように、またしてもモテるかどうかで、決断したのだ!



 こうして3月の初め、テストを受けた感触はまずまずだった。しかし、一抹の不安があった。それは、1番得意な世界史の論述試験で時間が余ったために、悪筆で読みにくい回答を消しゴムで消して書き直したのだが、かえって汚くなってしまったことだ。これを採点に疲れた採点官の方が面倒くさくなって読んでくれなかったら、まずいなと。共通1次の点数は11/100で換算される。ポッシュの場合は810点だから89点だ。それに2次試験の440点が加算され550点満点となる。2次の合格ラインの目安は、文Ⅰ240、文Ⅱ230、文Ⅲ220点とされていた。


 試験後に受験生は友達と自己採点をするのが、当時の習慣だった。フィロソファーと答合わせをした。

「うん、俺も受かったと思うし、ポッシュも大丈夫じゃないか?」

 祖母は屋上部の連中とは異なり勉強にかけて信頼していた彼のお墨付きを得られると、大喜びをした。

「本当に、フィロソファー君、ポッシュも受かったの? それならお祝いしなくちゃね!」

 そして、行動力のある祖母は、

「合格祝いはやはり車がいいわよね、それに春休みの間に免許は取っておいた方がいいわ、大学が始まると忙しくなるでしょうから」

 合格発表は3月末だった。車の免許を取得するには1ヶ月ほどはかかるので、3月はじめに入学できる教習所を見つけてくれた。プリンスの家の、そばだった。こうしてポッシュは新車の購入手続きも済ませ、自動車学校に通いながら、合格発表の日を迎えたのだ。


合格発表当日、ポッシュはフィロソファーと待ち合わせると、赤門に向かった。合格者の受験番号が張り出される大きなボートの前に2人が着くと、その頃恒例だった在校生による合格生の胴上げが行われていた。胴上げをされて嬉しそうな表情の合格者とは対照的に、今にも消え入りそうな姿も見られた。合格か不合格のどちらかしかないわけで、アナログ時代の中にデジタルな世界が再現されていた。「天国と地獄」といっても、過言ではないだろう。そして、ポッシュは結果を伝えるために、祖母に電話をかけたのだった......


 この浪人生活でポッシュが得たものは何だったのだろう?まずは、自分の頭で考える能力で音楽での新分野を開拓していったのは大きいだろう。「勉強脳」への変化法を創造できたことには、感心した。しかし、これらは全て屋上部が与えてくれたものを発展させたに過ぎず、大学入学後でもなし得ただろう。

 共通1次試験で理科の勉強を捨て、滑り止めである私立の受験を辞めたという決断力には驚かされた。だがこれも、小学生なのに将来を考えて慶応を志望していたことや、バスケ部にすぐに見切りをつけた事実から、先天的なものだと思える。 

 卓球やビリヤード、麻雀が上手くなったのは大学入学後でも問題がないのは、明白だ。陰の部分が消えて陽の部分が花開いていったのも、そういう時期だっただけだろう。



 そうなると、屋上部のメンバーと仲直りができただけになる。当時のポッシュにとって東大入学よりも重要だったのかもしれないが、客観的に分析すると意味がないことをやっていたのではと思えた。かつてイージーゴーイングがアドバイスしたように、麻布生など屋上部以外にもいくらでもいるわけだ。つまり、僕の考えでは、浪人時代に他の受験生のように勉強をせずに「いまを生きた」のは、アホではないかということだ。僕達の世代では格差が開き、学費の捻出に苦労している同級生もいる。当時はどの家庭も中流で浪人は問題なかったようだが、感謝もしていなかったようなのは理解しがたい。早慶よりも難しいとされた駿台で1番のクラスに入学できたのに、みなが「もぐり」でも受けたいという授業を無視して遊んでいるなどありえないと思った。



 後年、インターン生によるIT企業を運営することになり、次のように話していた。

「歯ごたえのある学生は東大に現役合格したり、エスカレーターで下から上がってきた慶応生ではなく、浪人や留年を経験している学生だった。彼等自身もそうだと認めていたよ」

 順風満帆の人生などありえないのだから、逆境にはいつかぶち当たる。そうした際に生き抜けるように、学生時代に挫折を経験し我慢強さを習得することは、確かに重要なのかもしれない。僕がよい例だが、慶応のようにエスカレーター式で受験勉強の苦しみを知らずに大学生になってしまうと、挫折もなく忍耐力もあまりなく、人間としての強みや凄みが欠けてしまう。

 しかし、それを補ってくれているのが体育会の存在なのではないだろうか?体育会に所属することで、先輩からのしごきを受け忍耐力もつき、目上の方への礼儀も学べるのだろう。就活で体育会出身の学生が人気なのも、そこにあるのではないか?お勉強ができるかどうかよりも、精神力の強さが重要だと、企業も理解しているのだろう。

 


 このように、ポッシュは僕には無駄に思える浪人生活を送ることで、挫折を知り、いじめを克服した。麻布学園屋上部で学んだ自分の頭で考え、創造するという方法で、当時は全く知られていない音楽分野を開拓した。この手法はさらに研ぎ澄まされ、社会人になると、新事業開発や起業を専門としていく。その自由を尊ぶ精神は前世を生きた国の人々に負けることはなく、その後知り合った友人たちから「ポッシュほど自由に生きている人は見たことがない」といわれるようになる。

「ギャンブルのように年に1度きりの受験で大学が決まるのではなく、米国のようにスポーツや社会的貢献での実績や共通試験、面接で選考するようにすれば、お勉強ができるのではなく真に優秀な人材がエリートになれると思う。そして、人生1度の就活で終生働く会社が決まり、起死回生のチャンスあまり存在しない現状は、人生を運に委ねているのと同じだ。ライバル校出身の首相には、大企業はボトムの5~10%の従業員を毎年入れ替えるように、法律も修正してほしい。勝ち組企業に入れなかった不運な人が、性別や年齢、正規か非正規だったかで差別されずに、毎年チャンスを与えられれば、この国の将来も一気に明るくなるはずだ!」

と熱く語っていた。


 獣のように自由に生き、自分の頭で考え己を知りながら、コンクリートジャングルの中で成長していく。つまり、麻布屋上部員のようにあることこそが、AIと戦わなくてはならない、コロナ後のあるべき青春時代の過ごし方なのではないのだろうか?そしてボトムの5~10%の代わりに大企業に選ばれるための!

 ポッシュは言う、

「屋上は、いろんな人生を支えてきた。それが麻布学園の自由の源点であり、魂であり、校風なのだ。たかが屋上、されど屋上。ちょっと時代に先行し過ぎていたかもしれないけど、僕は屋上部の1員だった事を、決して後悔しないよ。ありがとう、麻布学園屋上部!」と。


 これで、コロナ後の時代を生き抜くのに必要な教育論であり、いじめを減らすための、父ポッシュのお話はピリオード。この国の全ての人間が因果応報を信じ、絶対的な存在を畏れ、不幸な虐待やいじめが減少していくことを心から願っています!

 なお、この物語は、事実に基づいているものの、あくまでも創作です。今ではありえない酒気帯び運転などが、普通に行われていた時代の話です。ストーリー中のエピソードに登場するような、飲酒などの法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではございませんので、誤解のないようにお願い致します。

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麻布学園屋上部 松田遼司 @Posh

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