第39話 コメディへの目覚めによる太陽化とベビーフェイスとの関係の変化

 実はフィロソファーも少女漫画ファンで、特に気に入っていたのが青池保子氏の作品だった。最初に勧められた『イブの息子たち』は、今流行のBLの元祖のようなコメディだった。ゲイではなく、根暗でお笑いが嫌いだったポッシュには、受け入れ難かった。

「え~そうか~、じゃあ代わりにこっちを試してみて、絶対にポッシュも好きだから」

それが、『エロイカより愛を込めて』だ。

 後々までポッシュは気がつかなかったのだが、Zepのヴォーカルのロバート・プラントをモデルにしたかの島国の伯爵とその一味、帝国のNATO少佐である貴族の末裔が繰り広げるコメディで、これにはポッシュもハマった。但し伯爵とその一味は好きになれず、少佐とその部下に親近感を持てた。伯爵はポッシュが屋上部に入部するきっかけとなったプリンスのようなファッションをして、麻布時代に好んだリストのようなロマン派の音楽を聴く。それに対し少佐は軍服で、バッハなど帝国の堅い音楽を好む。どう考えてもポッシュの好みは伯爵なのに、逆だった。つまり、周りの流行などを気にせずに我が道を行くポッシュが、いつの間にかフィロソファーの影響なのか、好みが変わってしまったようなのだ。

 


 この後ポッシュはコメディも好きになり、以前よりお喋りになっていく。向こうの島国の女流彫刻家が教えてくれたように、陰から陽へと、変化を遂げつつあったのかもしれない。ベビーフェイス好みに進化していたのだ。

 僕達の世代には全く馴染みがないが、その頃は行きつけの飲み屋でウイスキーのボトルをキープするのが当たり前だった。ポッシュ達も仲良し4人組で「B.Y.G.」にボトルをキープしていた。その際には、どこの店でもマジックで何かを書いて、自分達のボトルだと分かるようにするルールがあった。自分の名前やあだ名をつけるのが普通だったが、そこにも屋上部は拘っていた。名前などではない、シブかったり、シュールな名入れをしていた。そして麻布時代には、ポッシュの意見は却下されていた。しかし、遂にそのネーミングが採用された。それは、「エクリプス」だった。日蝕という意味で、確かにシブくて、良かったのかもしれない。



秋になり、新学期が始まった。屋上部員は、相変わらず図書館でないと勉強できない体質だった。アルコールとニコチンが体から抜けておらず、仕方がなかったのだろう。フィロソファーは皆で遊んだ後に家で勉強をしているようだったが、実は知力だけでなく、気力も体力もずば抜けていたからで、他の屋上部員には無理な話だった。 

中央図書館はお茶の水から通うのが大変だったので、浪人以降はお茶の水近辺が中心だった。しかし、たまには気分転換に、渋谷や原宿の図書館に行くこともあった。そしてまだ残暑の残る秋晴れの気持ちのいい日に、原宿の竹下口から近い神社のそばの図書館で、ポッシュ一行はアフロと再会した。アフロは代々木の予備校に通っていたため、隣駅の原宿の図書館をよく利用していたからだ。

「まだベースの件で怒っているでは?」

ポッシュは気が気でなかったが、アフロは、

「おう、ポッシュにフィロソファー、久しぶりじゃん! なんだよ、お前らつるむようになったのかよ!」

と、全く気にしている気配はなかった。考えてみると、アフロとは一緒に牧場体験をし、よくお互いの家を行き来していて、仲良しだった。それにアフロはアンクルと同じで他の麻布生よりも大人であり、周りに合わせていただけだったのだろう。

あのいじめ事件以来ポッシュは卑屈になっていたわけだが、怒っていたのは元凶のアルルカンと彼に振り回されていたベビーフェイスだけだった。こうしてなんかあっけないほど簡単に、アンクルと、たまに2人で会っていたスリムに続いて、アフロとの関係を修復できたのだ。

「せっかくだし、久しぶりに飲みに行くか」

「ああ、それなら僕たちのボトルが、『B.Y.G.』に入ってるから!」

一緒だったリーダー、プリティと5人で「エクリプス」を飲みに出かけた。



 アフロとの友情を回復したポッシュは、大学時代には彼がリーダーを務める麻布卒業生中心の男子と当時の皇后様も卒業されたお嬢様大学中心の女子で構成される、今でいう「オールラウンドサークル」の走りのようなものにも参加することになる。 

リーダーはその親しみやすい性格とビリヤードの技術が幸いし、「NARU」に集まる新屋上部のメンバーの皆と友人となっていた。特にビリヤードの上手い同士でアンクルと親しくなっていたが、アフロともすぐに意気投合した。そんな感じでポッシュの知らない間に、ベビーフェイスとも実は付き合いができていたようだ。ポッシュとベビーフェイスが直接に言葉を交わすことはまだ無かったが、顔は合わせるようにはなっていた。さらに、ワイドフェイスが2人の因縁を知らなかったのか、知っていてもチョー鈍感で気にしていないのか、下らないと思ったのか、

「おうベビーフェイス、今日飲みに行かない? ポッシュも行くか?」

 などと話に絡めてくるので、ポッシュはハラハラだった。



 ベビーフェイスの親友のアフロとポッシュの親友だったリーダーが友達となり、「NARU」でお互いの情報を知るようになると、2人の間の溝はだんだんと浅くなっていく。お茶の水にはベビーフェイスをダークサイドに引き摺り込む気狂いピエロがいなかったのも、もちろん大きな理由だろう。十中八九は女子の事しか話題にしない脳天気なワイドフェイスの馬鹿話ばかりを聞かされ、高2の頃にベビーフェイス内部に存在したダークな部分は影を潜め、かつてのように明るくなっていった。それは、ポッシュも同じだった。こうして浪人の年もあっという間に年の瀬となり、新年を迎えたのだ。


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