第38話 音楽における独自の道の模索とガラパゴスな文化後進国の東の島国
ポッシュはこの頃から、他の屋上部員が聴いていない音楽にも挑戦を始めた。まずはフランソワーズ・アルディ、イヴ・デュティユなどアンニュイな革命の国のポップスを聴き始めた。次にはジャズの中でもクラシックに近く、北欧のミュージシャンが中心となっているECMレーベルを発掘していった。キースの通称『ヨーロッパ・カルテット』の作品にハマる中で、名曲「マイ・ソング」でキースのピアノのバックで絞り出すようなソプラノ・サックスを聴かせてくれたヤン・ガルバレクと出会い、一気にファンとなった。
「その泣くようなサウンドは『北欧のコルトレーン』と呼ばれていて、通じるものがあったんだ。だけど、狂気は潜んでおらず、黒ではなく白のイメージの知的な音だったんだよ」
ポッシュは後年、この国だけでなく、前世で生きたらしい国でも、彼のコンサートに行く機会を得る。やはり、何か縁があったのかもしれない。その後、ガルバレクが12弦ギターを変幻自在に操るラルフ・タウナーらとのカルテットで録音したアルバム『ソルスティス』と『ソルスティス/光と影』を発見し、暗闇の中に一筋の光が指すのが見えるようなその神々しい音楽性に打たれ、ラルフ・タウナーが最もお気に入りのギタリストになった。
そしてECMを経由して、現代音楽にも目覚めていった。メシアンやベルグ、クセナキス、武満氏や一柳氏などのレコードを収集し始めた。フィロソファーにも「うん、この分野は誰も詳しくないから、いいかもな~」と、励まされた。屋上部でフリージャズの洗礼を受け、不協和音とは友好関係を結んでいたので、その実験的なサウンドにも簡単についていけた。
アラサーの頃、アート・マネジメント留学中の師であるロイヤル・カレッジ・オブ・アート大学院卒業の現代画家カームは、エストニアの巨匠アルヴォ・ペルトをポッシュに紹介することになる。BBC3のラジオ番組で現代音楽に親しんできた彼は、クセナキスと子供達の逸話を語りながら、中世宗教音楽と現代音楽を融合させたペルトの名曲「タブラ・ラサ」を聴かせてくれた。その時ポッシュは、その崇高性と神秘性に、神に近い存在を感じた。そしてこの現代音楽にハマりは始めた頃にジャレットとクレメールによりこの「タブラ・ラサ」がECMから既に発売されていた事実を知ると、「所詮独学だと、そんなもんだよね」と失望を禁じ得なかった。同じ島国でも東洋と西洋ではこれほどに文化水準が違うのかと、ショックだった。当時はグーグルもウィキペディアもないので、マイナーな現代音楽を見つけるのは簡単ではなかった。しかし英国では「タブラ・ラサ」は既に人気だったのだ......
現代音楽に目覚めたことは、後年欧米にプライベートや出張で旅行し、コンサートに出かけた時には、非常に役だった。メシアンが後年亡くなった際には、ポッシュはたまたまN.Y.C.に出張中で、メシアン夫人在席のもとに前から5番目ぐらいの席でブレーズ指揮のニューヨーク・フィルの演奏を聴くことができ、忘れられない思い出となる。このように、未だにベートーベンなど教科書に出てくる作曲家中心にプログラムが組まれるこの国でのコンサートと異なり、欧米ではプログラムの3分の1ほどは現代音楽だからだ。
バレエでも、状況は同じだった。コンテンポラリーに力を入れているパリ・オペラ座が、この島国では『白鳥の湖』などの古典のプログラムを組まざるをえないのだ。
「Jr、お父さんは20代の時にオペラ座で観た『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド』に衝撃を受け、コンテンポラリー作品が好きになったんだ。麻布時代に慣れ親しんだ不協和音の塊のせいなのか、ストラヴィンスキーの『春の祭典』は大好きな曲だけれど、それをピナ・バウシュという帝国の振付家がバレエ化した作品も観に行ったよ。海外ではNDTのようにコンテンポラリーのみのバレエ団もあるのに、この国では昨年のオペラ座公演のレパートリーも『ジゼル』と『オネーギン』という古典だったんだ。未だにガラパゴス状態だね」
「現代アートの指導を受けていたコームから、『絵というものが長らく印象派から進化していないのは東の島国と台湾、中国だけだよ』と指摘された際には、『確かに!』と驚いたんだよ。この国では音楽、バレエ、絵画など多くの芸術において、戦前で時が止まったかのようだと気付かされたんだ。経済だけにしか興味のない『エコノミック・アニマル』が、国や企業のリーダーとなってしまったからなんだろうね」
「バブルの時にはこの島国でも、ようやくリビングに絵を飾る習慣ができたんだ。でも、そこに飾られていたのは、何千枚でも、何万枚でも刷れる版画だったんだよ。それも、革命の国である本国では全く無名の花などを描いている画家が、『本国では静物画の第一人者』として紹介され、数十万円の高額で売られていたんだ」
「当時は、クレメンティ、キーファー、バザリッツ、最近この国でも展覧会が開かれJr.達の世代で話題となったバスキア、彼の生き様を描いた映画を監督したシュナーベルなど、新象徴主義の全盛期だったんだ」
「同じ絵といっても、印象派もどきの版画と難解な抽象画では、全く別物じゃん!」
まあ、今のように何も飾らない時代よりは、マシなのかもしれないが。でも、子供でも楽しめる参加型アートが流行り、展覧会は当時よりは遥かに国際化しているのが救いだ。
このように、ポッシュの聴く音楽のジャンルはロックとフリー・ジャズから、浪人時代には、フレンチ・ポップ、バッハ、ECMジャズ、現代音楽へと大きく広がった。さらに重要なのは、友人のアドバイスを聞きながらも、自分の頭で考え取捨選別できる能力が先鋭化したことだった。
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