【番外編】キラキラ族と地味眼鏡②

 ユーグは週に1回か2回、書庫に姿をあらわすようになった。


 人気の侯爵令息が、もし毎日昼休みに姿を消しては、他の生徒が大騒ぎするだろう。

だけどどう言って抜けてきているのか知らないけれど、誰にも何も言われる事なく、うまいこと、週に1度は抜けてきているようだ。




 フローラは他の生徒にはこの書庫の事を内緒にしてほしいと言おうかと思ったけれど、やめた。

 他の生徒がこの書庫にきたいのなら、それを止める権利も、フローラにはない。

 

フローラは、もしもユーグ目当ての生徒たちが押し寄せたら、この書庫を諦めるつもりだった。

 だけど、ユーグはフローラが言わなくても、誰にもばれないように、この書庫へ通ってきた。







*****






「あ、ゲオルグ先生。こんにちは!!」



「ああ、フローラ・ベッカーこんにちは。よく会うね。聞こえやすくてよい挨拶だ。ありがとう。今日はユーグ・ルクセンもいるのか。」


「こ、こんにちはゲオルグ先生。」

「はい、こんにちは。この書庫はなかなか面白いよ。厳選された良い本だけじゃない。色んな時代の、色んな地域の、色んな人々のリアルな生活がみえてくる。」

「はい、知っています。」


「はあ?今なんと?」





ユーグが来ている時に、ゲオルグ先生が書庫へとやってきた。

そういえば、この書庫でユーグがいる時に先生が来るのは、初めてのことだ。



ユーグはゲオルグ先生に気がつくと、挨拶をしようと口を開きかけていたが、フローラが大声で挨拶をしたことに驚いたようで、開いた口を閉じてしまった。


慌てて挨拶し直したけれど。そのせいか、いつも授業ではハキハキと発言していて、聞き返された事などないユーグが、例のあの調子で、ゲオルグに聞き返されてしまった。




「すみません、ユーグ様。大きな声で驚かせてしまいましたね。ゲオルグ先生は、耳が少し遠いらしいのです。本当に聞こえなかっただけですので、普通に言い直せば大丈夫ですよ。」

「・・・・そうなのか。先生!この書庫の本は面白いですね!普通の図書館にはないような珍しい本がいっぱいある!」


「うんうん、そうだろう。ではお邪魔をしたね。本の続きを楽しんでくれ。」



ニコニコと満足そうにそう言うと、ゲオルグ先生はいつものように、ご機嫌で本を探し始めた。


そしてフローラもいつものように、本の続きを読みだした。






*****





 その後、ユーグはAクラスの生徒達に、ゲオルグ先生の耳が少し遠い事を説明してくれた。

 そして自分から率先して、大きな声でハキハキと質問したり、意見を言ってみせてくれたことで、他の生徒達もそれを真似するようになった。


 もちろん出された課題をさぼったりしては怒られるけれど、きちんと課題に取り組んだ上で分からなかったなら、怒られることはなかった。


 皆が活発に発言し始めると、ゲオルグ先生にも笑顔が増えた。授業の説明は分かりやすく、そして分からない生徒には時間を割いて、必ず最後まで付き合って教えてくれる。


 慣れてしまえば、ゲオルグ先生は逆に人気の先生になってしまった。







「ありがとうございます、ユーグ様。最近、ゲオルグ先生が教室で笑顔が増えて、クラスが明るくなって、嬉しいです。」



 相変わらず、ユーグを狙うご令嬢たちの緊張感は変わらないが、クラス全体の雰囲気が明るくなったことは確かだ。

 最近ではフローラも、男子生徒や子爵令嬢など、Aクラスにも少しずつ友人ができて楽しくなってきていた。


 もちろん、ユーグのことも良い友人だと思っている。だけどお互いになにも言わなくても、教室ではフローラはユーグに話しかけないし、ユーグも普通のクラスメイトに話しかける用事の範囲でしか、フローラに話しかけなかった。



「こちらのセリフだよ、ありがとう。フローラのおかげで、ゲオルグ先生の良いところに気が付けた。・・・・私もね、クラスのあのピリピリした雰囲気には、ちょっとうんざりしていたんだ。」


 



何事もそつなくこなして、ゲオルグ先生相手にも、最初から困る様子もなかったユーグだけど、やっぱりクラスのあの雰囲気には困っていたようだ。






*****







ある日のこと、Aクラスの友人を誘って、フローラは放課後に書庫にきた。

 ゲオルグ先生の授業で出てきた詩が気に入ったらしいけど、第1図書室のどこを探してもないとのことだ。


 フローラは、その詩の載っている詩集のありかを知っていた。

 書庫の存在を他の人に教えるのはちょっともったいなかったけれど、友人が詩を探しているのだし、この書庫にはその作者の他の本も貯蔵されている。

それにこの学園の生徒誰にでも、この書庫を利用する権利がある。


 その友人はデミトリという名の伯爵令息で、最近仲良くなってきたクラスメイトだった。





「わー、雰囲気の良い部屋だね。」

「そうでしょう?人も少ないし、読んだことがないような変わった本がいくらでもあるの。ソファーはとっても座り心地よくて、穴場なんです。」

「もしかして、フローラが昼休みにいつもいないのって・・・?」

「はい!いつもここに本を読みに来ています。」





 友人が気に入ったという、詩集のある場所へ案内する。リラリナ王国に80年ほど前にあった地域の作家のところだ。




「本当にあった。聞いたことがない作家だったから。」

「全く無名のかたみたいですね。詩というよりも、日記のようで。その地域独特の風習とかが良く分かって、楽しいです。」

「そうそう、それが楽しくて。実はこの地域、俺の領地の近くでさ・・・・。」







ガチャ






デミトリが話している途中で、書庫の扉が開いた。

狭い部屋なので、扉が開くとついつい見てしまう。



「フローラ・・・・と、デミトリ?」



ユーグだ。



「ユーグ様、ごきげんよう。放課後にいらっしゃるのは珍しいですね。」

「あ、うん。今日ゲオルグ先生が紹介していた詩が、気になったものだから。」



 ユーグも、今日の詩が気になったらしい。ユーグも当然、ゲオルグ先生がこの書庫で、授業で紹介する詩を探していたことを知っていた。




「やあ、ユーグ。」

「デミトリ、どうも。」



 教室では仲良く話しているどころも見かけるユーグとデミトリだけど、なぜだかちょっとよそよそしい挨拶をしている。

 2人きりで話したりとかは、あまりないのだろうか?




「・・・ユーグもここに、よく来るの?」

「まあね。昼休みとかに、たまに。」

「なるほど。ユーグ・ルクセンが昼休みに消えるのは、そういうことだったのか。」



そう言いながら、なぜかフローラの方を見るデミトリ。

 なぜユーグの話をしながら、フローラの方をじろじろ見るのだろうか。




「デミトリはなぜここに?」

「ユーグと同じ。今日のゲオルグ先生の詩が面白くて。フローラが、作者が分かるって言うから、案内してもらってた。」

「そうなのか。」




今度はユーグが、じろじろとフローラを見る番だった。なぜいちいちフローラの方を見るのだろう。



「ユーグ、この部屋雰囲気が良くて、いい部屋だね。面白そうな本もあるし。今度クラスの奴らを連れてこようかな。」

「・・・・・・・良いんじゃないか。」



デミトリの言葉に、妙に間をあけて返事をするユーグ。




クラスの人たちが押し寄せたら、これからこの部屋でくつろげないかもしれないな。

まあ仕方がないか。他の場所を探しましょう。

それに、きっとよほどの本好き以外は、すぐに飽きてこなくなるだろうし。


そんなことをフローラが考えていると。






「・・・・ウソだって、冗談だよ。なんて顔してるんだ、あのユーグ・ルクセンが。」



おかしくて仕方がないというふうに、デミトリが笑いながら言った。


なんて顔って、どんな顔かしら。


フローラがユーグの顔を見てみると、既にいつもと変わらない顔をしていた。

ちょっとだけ、頬がいつもより赤い気がするけれど。




「この本だけ、借りていくよ。お邪魔しました、ごゆっくり。・・・・他の奴らには内緒にしておくから、安心してくれ、ユーグ。」



デミトリはそう言い残して、早々に退室してしまった。






「なんだったんでしょうね、デミトリ。急に帰ってしまって。」

「そうだね。」

「・・・・詩集、1冊しかないのに、先に借りられちゃいましたね。残念でしたね。」

「・・・・詩集なんて、どうでもいい気分だ。」




 そう言って、ユーグはどっすんとソファーに座って、項垂れた。なぜか疲れている様子だ。


 詩集どうでもいいって、詩集のために、わざわざ放課後に書庫まできたのだろうに。







*****







デミトリは本当に、書庫のことを誰にも言わないでくれたようで、その後も書庫には人はあまりこなかった。


特に昼休みは、フローラ1人だけか、相変わらずユーグが週に1度か2度あらわれるくらいだ。



 ユーグと2人でいても、無言で本を読んでいる日もあるし、本を読まないでおしゃべりをする日もあった。

 寮生活にも、学園生活にも慣れてきたフローラだけど、この週に1、2回、ユーグと過ごす時間が、相変わらず心地よくて好きだった。





――――一緒にいると、落ち着いてとても居心地がいいんだけど・・・・でも一つだけ問題があるのよね。




 正面に座るユーグの顔を見る。


「なに?」



 フローラの視線に気が付いたユーグは、本から顔を上げて、その薄い空色の瞳と、とろけるような微笑みをフローラに向けた。

 フローラの心臓がドクドクとうるさくなる。



――――これなのよ。



「ユーグ様と一緒に本を読んでいると、とっても落ち着くし、居心地がいいんですけど。」

「・・・そう。嬉しいよ。」



 ユーグは嬉しいと言いつつも、先ほどまでのとろけるような微笑みは引っ込んでしまう。

 少しだけ心臓がうるさくなくなってほっとするけれど、その笑顔が引っ込んでしまったのは、少し残念だった。



「だけど一つ困るのが、ユーグ様がそうやって微笑んでいるのを見ると、落ち着かなくなって、心臓がドキドキしてしまって、うるさいんですよ。」

「・・・・・。」



 フローラの言葉を聞いたユーグの顔が、今度は少しずつ赤くなってくる。



「・・・・ユーグ様って、意外と表情豊かというか、分かりやすいですよね。」

「そんなことを言われたのは初めてだよ。どうやら私は君といると、随分気が抜けてしまうらしい。」




 ユーグも、この書庫でフローラといることで、落ち着けるようだ。

 そうだろうとは思っていたけれど、実際に本人の口から聞けて、嬉しかった。

 

だけど『気が抜ける』という言葉とは裏腹に、ユーグはとても真剣な目で、フローラの目をじっと見つめてくる。



「だからっ。その目!その目が落ち着かなくなってしまうんです。あ、そうだ。ユーグ様、試しに眼鏡とかかけてみません?」




 クラスの女生徒たちに、常日頃から地味だ地味だと言われる眼鏡。

 これをかければ、ついドキドキしてしまうユーグのキラキラ族のパワーも、少しは弱まるかもしれないと思ったのだ。



「度が入っていますので。あまり真剣に見ないで、かけてみるだけにしてくださいね。」


 ユーグが素直に受け取って、眼鏡をかけようとしてくれるので、慌てて注意をする。


「どうかな?」

「ひゃあ!」

「いや人の顔見てひゃあって・・・・。」




 なんてことでしょう。眼鏡をかけて地味になるどころか、似合いすぎている。パワーアップしてしまっている。格好良すぎる。直視できない!!



「め、眼鏡!眼鏡はずしてください。ダメです。余計にドキドキしてしまいました。」


目を覆って、ユーグの顔を見ないようにする。

ユーグが眼鏡をはずした気配をしっかりと確認してから、フローラはおずおずと顔をあげた。



――――すさまじい破壊力だったわ。




「私としては、落ち着かれるよりも、ドキドキされた方が嬉しいかな。」



 クスクスと笑いながら、ユーグが珍しく冗談を言ってからかってくる。



「眼鏡か・・・・度のないものを作って、たまにかけようかな。」

「やめてください!」






フローラがそのドキドキの正体に気が付くのは、あとほんのちょっとだけ、先のお話。








―――――――――――――――――――――――――――

デミトリはフローラのことをちょっといいな、と思っていて、二人で書庫デートにこぎつけました。


その様子を見たユーグが、慌ててかけつけての、書庫での会話につながります。

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王子が空気読まなすぎる kae @kae20231130

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