第10話 いい人止まり、北欧系ギャルのケツを眺める②


 ゴミ拾いを終えた後。

 いつもは遠征――公園外のゴミ箱を漁ったり、パンの耳を貰いに行くこと――をするのだが。

 

「本日はお休みで〜す」

 

 といって、燐はそのまま夕飯を作り始めた。


 ガラクタ置き場のようなテント脇のスペース。

 カセットコンロに水を溜めた小さな鍋をかけ、湯を沸かし始める。


 一流のホームレス少女は時間を無駄にしない。


 お湯ができるまでの間、彼女は拾ってきた空き缶を靴で潰していく。

 動線にも、潰す動きにも、無駄がない。


「洗練されたホームレスムーブだな……」

「結構体力いるんだよ?」


 知りたくもない豆知識を披露すると、彼女は潰した缶を小屋の裏にある大きめのゴミ袋に突っ込む。

 そこには、同じように缶で満杯の袋が、十個ほど並んでいた。


「イヒヒ、気になる〜? アルミ缶貯金だよ〜」


 裏を覗き込んだオレの背中にのしかかって、燐が説明する。


「緊急用のお金として貯めてるんだ~」

「これ、金になるのか?」

「うん〜。廃品業者に持ってくと買ってくれるの。まァ、単価は信じられないくらい安いけどね。でも、缶なら、強盗とか来ても持ってかれないじゃん? あーし、賢いっしょ?」

「あ、あぁ……賢い賢い……」


 んなことより、強盗って単語がしれっと会話に出てくることにビビってるよ。


「安いってどのくらいなんだ?」

「一キロあたり百円前後かな〜。大体七十個くらい集めると一キロになるんだけど、一日頑張っても、五百円が限界だった」


 だった……

 ってことは、実行済みなのか……


 JKが日給五百円で空き缶拾い……

 

 限界すぎる……


「でも、川向こうの業者に持ってくと、もっと高く買い取ってくれるんだって〜。純くんも、売るときはそっち持ってくといいよ!」

「あぁ。思い出す機会がないことを祈るよ……」


 そんなホームレス小話を聞いているうちに、小鍋の湯が沸き始めた。

 そこに燐は袋麺を投入し、じっと待つこと三分。


 泡がジャグジーみたいに膨らみ始める。

 完成だ。


 燐は、鍋を直接持ち上げると、ふーふーと吹いて啜り始めた。

 茹で上がったのは、ただの袋麺だ。具さえ入っていない。


 彼女はそれを、口いっぱいに頬張って微笑んだ。

 幸せそうだった。


 他の同世代女子たちは、お菓子やら、スイーツやら、なんたらフラペチーノやらを摂取しているというのに。

 乱暴に青春を謳歌しているというのに。


 彼女だけが、日々ゴミを漁って、缶を溜め込んで、具なしの袋麺で満足している。


 オレが燐の素性を疑うことは、もうなかった。

 彼女の話、行動、生活に、嘘偽りの差し挟まる余地はない。


 ……嘘であったら、どれだけ良かっただろう。



「そんなに見られると、食べにくいんだけど〜?」


 燐の苦笑いに、オレは我に帰った。

 気まずさをごまかすために質問する。


「お前さ、いつからこんな生活してんの?」

「ん〜?」


 燐は、銀の髪を耳にかけて麺をズルズル啜りながら、鍋から目を上げる。


「え〜っと、去年のこの時期だから、この生活ももう一年くらいになるかな〜」

「え、そんなにやってんのか……⁉」

「いつの間にかね〜」

「ベテランじゃねぇか……最初の冬とかどうしてたんだよ……」

「イヒヒ、死にかけた〜」


 笑いながら言わないでくれ……

 燐は隣にやってきた湯たんぽに麺を数本わけてやりながら、話を続ける。

 

「あ、でも知ってる? 冬より夏のほうがよっぽど大変なんだよ? 凍死はそう簡単にしないけど、熱中症は一瞬だからね。クーラー求めて毎日どこかに避難してさ〜。終わってくれて、ホント一安心って感じ」

「生々しい話だな……実家には帰れなかったのかよ」

「ざんね〜ん。そんなこと言ってもなにも教えてあげないよ」


 チッ……

 オレは心のなかで悔しがってしまう。

 いつもこうだ。

 燐は頭が悪いようなフリをしておいて、自分がなぜホームレスをしているかとか、そういう話題になると油断をしない。


「なんでなにも教えてくれないんだよ……」

「だって、教えたら純くん調べに行くでしょ」

「そりゃ、当たり前だろ」

「そうしたら、純くんと遊ぶ時間がなくなるじゃん」


 彼女はオレをまっすぐ見据えて告げた。


「あーし、一分一秒も無駄にしたくないの。純くんとの時間」

「だからそれは、なんで……」


 オレが虚を突かれていると、燐が不満そうに足をバタバタさせ始めた。


「も〜つまんな〜い! もっとおもしろい質問しろよ〜」

「……五歳まではどこに住んでたの?」

「ヨーロッパかな〜」

「それもぼかすのか……なんで『付き合って』なんてオレに言ったんだ?」

「好きだからに決まってんじゃん。人ってそれ以外に付き合うことあるの?」

「……この前、オレと昔会ってたって言ったよな。いつの話だ?」

「さぁ〜?」

「地元はここなのか?」

「んー、どうだろね」

「ご両親は健在なのか?」

「ごちそうさまでした〜!」


 燐は、オレの質問を遮るように、鍋を勢いよくコンロに置いた。

 もう答えないという合図だ。


「さ、ご飯も食べ終わったことだし」


 燐は、潤った唇を軽く拭うと、オレに快活な笑みを見せて言った。


「イチャイチャしよ?」



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次回、いい人止まり、北欧系ギャルとイチャイチャします。

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