第11話 いい人止まり、北欧系ギャルのケツを眺める③


「おま……! そのごまかしかたするのマジで良くないぞ⁉」

「だって、これが純くんには一番効くんだもん」


 前から飛びかかろうとしてくる燐から後退る。

 一番効く、というのを否めない自分がいるのが恥ずかしい。


 仕方ないだろ、こっちは童貞なんだ!

 女性に対する耐性は皆無なんだよ!

 

 夕日は地平線にかかりだし、暗くなってきた地面。

 にじり寄ってくる燐から逃げようと背を向けると、湯たんぽが足元に寝ていることにようやく気づいた。


「うわ……っ!」


 慌てて避けようとして、オレはずっこけてしまった。


「チャ〜ンス! つ〜かま〜えた〜!」


 燐が背中に抱きついてくる。

 柔らかな感触と、それに相応しくないほど軽い体重が襲いかかる。


 寮でのシャワー以来再び風呂に入っていない今の彼女は、一般人に比べたらずっと臭い。

 しかし、あの二週間溜め込んだ強烈さを知っていると、それより少し臭くないだけで、ドギマギ度が上がってしまった。

 ていうか、今はまだ強烈に煮詰めた女の子の匂いという感じなので、必ずしもマイナスなばかりではない。


 いかん、落ち着けオレ……!

 今押し付けられてるのは、ただのタンパク質だ。

 タンパク質に興奮などせん……!


「いつも思うんだけどさァ。純くんって、ムラムラしないの?」


 まるで心を読んだかのように燐が言った。


「あーしがこんなにアピールしてるのに」


 燐は自分の豊かな肉体をオレの背にさらに押し付けて、耳元で囁く。


「あーしはカノジョなんだから、好きにしていいんだよ……?」


 オレの顔がカッと熱くなった。

 ついに正体を表しやがったか……!


「お前――やっぱりそんな感じで生きてるのか!」

「えぇ〜? 純くんがカレシだからに決まってるじゃ〜ん」

「どうせ誰彼構わずカレシって言ってこういうことしてんだろ!」

「失礼だなぁ〜、本当に純くんだけだよ。ていうか私、純くんとしか付き合ったことないし」

「う、嘘も大概にしろ……! それにしちゃ慣れすぎてるだろ!」


 慌てふためくオレの言葉を聞いて、燐はクスクス笑い始める。


「まぁ、経験は豊富かも……?」


 オレはそのとき、一体どんな酷いツラをしていただろう。

 きっとこれあれだ。付き合ってないから彼氏にはカウントしない理論だ。

 あなたが初めての彼氏だよ(経験人数は別だけど)ってやつだ……


「この一年、本当に色んなことがあったよ……今まで知らなかったこといっぱい教えてもらった……」


 燐は、自分の指を意味深にオレの指に沿わせ、絡ませていく。

 呼吸が浅くなり血が上ってくるのを感じる。


「し、知らないことって……」

「男の人との遊びかたとか、イジメかたとか」

「……」

「それに、男の子と一緒に寝るのもすっかり慣れた」

「な、なんてこと……」


 最後のパンチの強さに、オレの酔いは一発で覚めた。

 やっぱり、悠長にしてる場合じゃなかった。

 一刻も早くコイツを福祉に繋げなければ、手遅れになる……!

 

 オレは燐の手を振りほどき、真剣な表情を作って振り向く。

 しかし、目の前にあったのは、燐の顔ではなく猫の腹だった。


「男の子なんだよね〜、コイツ」


 燐が湯たんぽを掴んでオレの前に突きつけていた。

 なすがままの湯たんぽは、胴体が餅のように伸びている。


「……は?」

「ほらここ、たまたまついてるじゃん? だから男の子」


 彼女は湯たんぽの下腹部を無遠慮に指し示す。

 確かにそこには、立派な袋がぶら下がっていた。

 晒された猫は、どことなく不服そうに見えた。

 

「この子、いつも布団に潜り込んでくるからさ〜。一緒に寝るの、もう慣れちゃった」


 悪戯っぽく笑う燐に、オレは思わず脱力してしまう。

 んだよ……またからかわれたのか……


「女の子がたまたまとか言うな……」

「え……金玉?」

「もっとダメだ!」

「えぇ〜、じゃあどう言えばいいわけ〜?」


 ぶーたれる燐に、オレは叱るように言う。


「わざわざ言わなくていいの! 女の子がそれを言う必要はなし!」

「うわぁ古臭ぁ〜。なんか純くん、お父さんみたいだよぉ〜?」


 そう言って笑ってから、彼女は一瞬だけ顔を曇らせた。

 

「ん? どうした?」

「……んーん。なんでもない」

 

 首を振る彼女がなんだか寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。


 夕日の残光を浴びながら、カラスが鳴いている。

 気づけば、もう寮に帰るべき時間が来ていた。


 遅くなれば、また瑛一にからかわれちまうな。


「オレ、そろそろ帰るわ」

「え〜、泊まってきなよ〜」


 オレはボロ小屋を一瞥して、つい笑ってしまった。


「泊まる泊まらない以前に、この家に人間二人は入らないだろ」

「確かに……でも、狭いところで一緒に過ごすのも、それはそれでよくない? 家族みたいでさ。二人と一匹で温め合お!」

「……帰ります」

「なんで〜!」

 

 燐の叫びを背中に聞きながら、オレは後ろ手に手を降って、公園を後にする。

 

 なんで……なんて、理由は決まってるだろ。

 

 オレは、自分の手のひらをじっと眺めた。


 さっき燐に絡められた指は、まるで火傷したように、未だに高い熱を保っていた。

 まるで、彼女との触れ合いを覚えておこうとするかのように……



――――――――――――――――――


次回、いい人止まりがラッキースケベを起こします。

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