ファラリス
高黄森哉
ファラリス
ふあふわと、靄のようななにかが、漂っている。それは、エネルギーの塊だ。靄は一つだけではない。三つも四つもある。しかし、向かい合う二つの塊以外は、お互いに興味はなく、ただ、存在している、といった趣だ。では、この二つの、輪郭の曖昧な、霊魂を観察してみよう。
「やあ、君が、かの有名な、犯罪者かね」
うすぼんやりとした、青い霧は言った。もっと、これは、人間の耳には聞こえない方法で。そして、彼らの伝達方法は、日本語でもなければ、言語でもない。
「その通りでございます」
「君の犯罪は、多くの思念体に不利益をもたらした、違うかね」
「さようでございます」
犯罪者のほうが、委縮すると、むしろ霊魂の濃度は高まった。
「君には、懲役八十年というわけだ。その間ずっと苦しみ続けてもらおう。不可能性、無意味さ、無理解、傲慢、ちっぽけさ、孤独、焼けるような存在に対する苦しみ。その叫びは何物にも届くことはない」
「そ、それだけはやめてください」
犯罪者のオレンジの発光は、今にも、とびかかりそうなほどの明るさになった。しかし、彼は、縄ではない方法で、身体の自由を奪われている。
「そんなの残酷です。私のような生き物を、あのような、檻の中に押し込めてしまうのは。全存在に対する犯罪です」
「君のしたことは、それに値するということではないかね」
この世界の法律は、法律だけではなく、法則でもあった。つまり、その世界に存在する以上は、無謬の決まり事である。
「拷問だ。あまりにも原始的だ」
ファラリスの牡牛(BRAZEN BULL)。動物を牛の形の真鍮の内側に閉じ込めておく。そして過熱する。すると、その叫び声が、牛のように聞こえる。
「まさに、野蛮だ。こういった、下等な野蛮さだ」
「まさにふさわしい。ところで、君の認識がさっきから人間の日本語になっているのに、気が付いたかね。もう、刑は始まっているのだ。そろそろ私は、君を理解できなくなるだろう」
「そんな。理不尽だ。不条理だ。許されるはずがない。ただ、存在しているだけで、罰を受けなければならないなんて」
その時、彼はすでに人間だった。
彼の燃えるような心は、不完全な器に押し込められた。ただ、夢を抱えたまま、時叶えることは出来ず、燃えるつきるだけの容器に。焼けるような魂が、内側から身を焦がしていく。存在の無能さ、に発狂する。完璧の遠さ、無謬の不可能さ、人間の限界が、存在を焦がしつくす。しかし、消し炭になることはない。ゆっくりと、八十年、焼けていく。拷問だ。人間とは拷問だ。
彼は、重度のやけどを受けながら、助けを叫んだ。しかし、それは、人の言葉にしかならない。彼の絶叫は、どれだけ切実でも、決してすべて伝達されない不完全な人間の伝達手段に、端から変換されてしまった。元居た場所はおろか、隣の同族にすら、聞こえない『助けて』がこだまする。
ファラリス 高黄森哉 @kamikawa2001
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