ヴォレ・トン・クール
白久 巻麩
第1話 とある日のコタコットゥ
夜も更け、月明かりが薄暗く大地を照らす中。
月の光も届かぬ森の奥を必死の形相で駆けている男。
「っくそ!アイツ……っ……、速すぎだろぉぉぉお!!」
息も絶え絶えについた悪態が夜の森に響き渡る。
悪態をつかれた主は、息も切らさずすかさず返した。
「まぁぁぁぁてぇぇぇぇやぁぁぁぁ!!!」
その声に振り向き、とてつもない速度で木の上を駆け抜けるその影に驚愕する男。
その目にはまるで死神が襲って来るかの様に見えていた。
「っうわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
─翌日、繁華街セントレにてー
人間領の主要都市である【プルミエール】
各領との交易、交流も盛んで、都市には様々な種族が闊歩している。
都市の外周を囲う六角形の壁の形は、六種族との交友の証として建てられたものだ。
そんな大都市に幾つかある繁華街のうちの一つ【セントレ】
ここは繁華街の中でも一際賑わいを見せる街で、特に冒険者や商人が多く訪れる。
よってこの街はリーズナブルな飲食店や雑貨、マーケットがこぞって並ぶ激戦区である。
この街の住民に街一番の食事処を聞くと必ずこの名が上がってくる。
【コタコットゥ】だと。
「3番さんのシチューと黒パン、12卓さんのオムライスとステーキ上がったよ!」
総席数50席程の店舗の厨房を1人で回す男、織部三日月は、騒がしい店内でもはっきり届く程の大きくはっきりした声でそう伝えた。
すぐさま2人の女性が料理の元へと駆けて来る。
2人とも同じ背丈にそっくりな顔立ち、そしてふわふわと毛並みの揃ったうさ耳をしている。
違う所と言ったら、ワインレッドとエメラルドグリーンの対照的な髪色と、性格くらいである。
「3番よろしく!私12卓持ってくねー!」
「ん。分かった……!」
双子ならではの阿吽の呼吸で、ホール業務をこなしていく2人。
目配せや軽いコミュニケーションだけでお互いの思考を読み取れるのは彼女達だけの特権だ。
先程の会話だけで、碧髪の彼女はカウンターのバッシングをした後テーブルの空いた皿を下げて回り、紅髪の彼女はお客様の案内やオーダーを聞いて回る。
スムーズに業務をこなしていくそんな2人を、この店の常連でベテラン冒険者のマルゴーとロスシルドの2人は横目で覗きながらコソコソ話している。
特大エールのジョッキで彼女たちから視線がバレないようにするという、ベテラン冒険者の能力を無駄に使ったような技を駆使している。
「……やっぱり、ラヴィちゃんはいつ見ても可愛い……!キラキラと輝く鮮やかな髪、天真爛漫な笑顔……。毎晩ラヴィちゃんが夢に出て来てくんねぇかなぁ。」
酔っているのか興奮しているのか、赤くなった顔でブンブンと首を縦に振って激しく同意するロスシルド。
「私はティアさんこそ天使なのではと思いますよ!海のように綺麗なエメラルドグリーンの髪に可愛らしい御身体……。足で踏んで罵って欲しくてたまりませんなぁ!」
ドン!と左右から特大エールが2人の目の前に轟音を立てて置かれた。
互いの横には笑顔の中の眼が笑っていないラヴィと、クズを見るような視線を送るティアが居た。
話に夢中になり、ついつい店内に響く様な声で話していた2人に彼女たちの冷たい視線が突き刺さっている。
「ボルドーさん……?周りのお客様に迷惑にならないようにして下さいって何度もお願いしておりますが……?」
「……ロスシルド……キモすぎ…………。」
酔いが一瞬で冷めた2人は残ったエールと置かれた特大エールを一気に飲み干し、ペコペコしながら多めに支払って帰って行った。
その夜、閉店後のコタコットゥにて。
「今日も忙しかったわねぇ」
「……大盛況。」
薄暗くなった店内、キッチンに1番近いテーブル席で隣り合わせに座り、ぐでーと机に張り付くように同じポーズでくつろぐラヴィとティア。
上の空で話をしつつ、くん、くんと美味しそうな匂いを嗅ぎ、何の料理かを想像している。
「そろそろ出来ますよ。2人とも、テーブルの準備をしますよ。」
キッチンとホールを繋ぐ入口から、薄紫色のエプロンをした、淡い緑色をした髪色の女性が食器を持って彼女たちの元へ近づいてくる。
「ありがと!リコリスもお疲れ様ー!」
そう言って彼女の食器を受け取って夕食の支度をするラヴィと対称に、ティアは未だぐでーっと伸びたまま動かない。
ラヴィとリコリスは気にもとめずに準備を進めていく。いつもの事だからだ。
「……!」
おもむろに何かを感じ取ったティアが飛び起き、すぐさまテーブルの用意を手伝い始める。
テーブルの用意が丁度終わる頃、織部が出来上がった料理を次々と持ってくる。
ティアは毎回、織部が料理を完成させるタイミングを見計らって準備し始めるのだった。
テーブルにシチューやパン、サラダ等が並び、今か今かと子供のような目で料理を眺めるラヴィとティア。
まるで親の様な暖かい目で見守る2人。
「いただきまーす!!」
ラヴィは美味しい、美味しいとしきりに言いながら口いっぱいに頬張り、リコリスがその口元を拭いてあげる。ティアはもくもくと食べ進めるが、いつもの無表情の顔が柔らかく微笑んでるのが見てわかる。
こうして彼らは束の間の休息を取るのだった。
その夜。
「……さて、今夜も野党退治だ。リコ、行こうか。」
夜も深け静かになった街を音もなく疾走する男女の姿があった。
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