第32話 ︎︎殺し屋、メイドの献身を見守る日
翌日、プルムは頭を下げていた。
場所はエレンの屋敷。相手はアルデンテである。
「それで? どうして私にランという子の仕事の事で相談したのかしら?」
「エレン様の秘書官就任パーティーの際、料理人や日雇いの方など、色々な人財をご紹介くださいました。アルデンテ様なら、何か仕事の伝手があると思い、相談させていただきました」
何だかんだそんなご助力があったのか。
後ろでノヴムとエレンは、アルデンテの功績に舌を巻いた。
だがアルデンテは、素知らぬ顔でソファに座ったままコーヒーを啜る。
「そりゃ、私の現在の主人だからね。主人に対して全力を振る舞うは、メイドとして当然じゃない? というメリットがあったから、前回は貴方に協力した。でもね、今回は私にメリットが見当たらないわ」
「はい。それを承知で、ランちゃんに仕事を紹介してください。お願いします」
「あなたは分かってないわ。プルム。人一人雇う事の大変さが」
「いえ。仕事先を紹介してくれるだけでいいんです。そこへの説得は、私が行きます」
「そこじゃないわ」
小さな体で発する必死な嘆願を、冷酷に打ち消していくアルデンテ。
「プルム。どこの組織も、皆生きるのに必死です。ギャングでさえも。そこに一人雇う事の重要性を、貴方は知ってるのかしら? 雇用とは投資。それに見合う価値が無ければ、赤の他人に金は払わない」
忖度の「そ」の字も存在しないアルデンテのストレートな物言いに、プルムは何も返答することが出来ずにいた。
話は終わりと言わんばかりに、アルデンテは立ち上がる。
「雇い主側のメリットがあってこそ。あなたの相談からは、それが伝わらない」
去ろうとするアルデンテの前に立ち、ノヴムも頭を下げる。
「アルデンテさん。もし伝手があったら、俺からもお願いします」
ノヴムが頭を下げたことに、プルムは目を見張る。
様子を見ていたエレンも、心配そうな面持ちをしながら隣で頭を下げる。
「アルデンテ、ボクからも頼むよ」
「夕飯の仕込みがあるので。これで」
エレンの嘆願にも、一瞥しただけで真正面から聞き入れる素振りを見せない。
結局、アルデンテには無下に断られてしまった。
ノヴムは共に頭を下げたプルムの顔を見る。
垂れた髪の隙間で、あどけない顔は申し訳なさそうな顔をしていた。
「ノヴム様とエレン様のお手を煩わせるようなつもりは……」
「どうせ止めても聞かないのは知ってる。なら、俺も手伝える所で手伝った方がいいでしょ」
「プルム殿。済まない、ウチの侍女が君に冷たくて……」
「はい? なんのことです?」
「えっ?」
衣着せぬ言葉選びに傷心している、そんなエレンの予想は悉く外れた。
一方、ノヴムはプルムに助け舟を出す。
「この後アリスに呼ばれてたんだ。彼女は沢山の仕事そのものを創る事業家だ。ランの仕事選びについて、何か役に立つかもしれない」
「お願いします。アリスさんなら良い力になります」
昨日は散々アリスに対して敵愾心を抱いていた筈のプルムは、抵抗なくノヴムに着いていくのだった。
エレン一人が、「ノヴムを一人連れ出して、何をさせるつもりだったのだ」と敵愾心を胸に秘めていたが。
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翌日、プルムは頭を下げていた。
場所はノヴムの屋敷。相手はアリスである。
「ふんふん成程、やりたい事は分かった」
美脚を見せつけるように、ソファで脚を組むアリス。
どちらが上か下かを見せつけるというよりも、女性として当然の嗜みであるかのような振る舞いだった。
「協力して、頂けますか?」
「いいよ。でもその代わり、ノヴムの侍女から離れたらやってくれてもいいよ」
「アリス! 無茶苦茶を……」
無茶苦茶な要求に、激昂するノヴムが口を挟もうとしたが、プルムに手で制される。
「それは譲れません。でもお願いします」
「えー。あーしにメリットないじゃん。それじゃあ」
ノヴムのメイドから外れろという要求が冗談なのは伝わってくる。
そしてプルムの相談を断るつもり満々なのも伝わってくる。
「大体さ。なんでそのランじゃなくて、プルムが頭下げてるのかにゃー。ランの顔も、私は分からないんだけどにゃー。本当にそのランって子、更生する気あるのかなぁ」
「あります。というか、私がさせます」
「つまり根拠なしってコトでしょ? ちゃんと契約書にサイン出来る? 嘘ついたらこの先プルムちゃんが一生かけても返せない違約金、請求する事になるよ?」
その瞬間だけ、少女は暗殺者になった。整った顔立ちの笑顔は真意を悟らせず、笑わぬ瞳はその眼力だけで心臓を止めてしまいそうだった。
プルムも思わず強張る。
「ビビった? ビビった? あはは、じゃあこの話は終わりー」
「アリス!」
同じく立ち去ろうとするアリスをノヴムが引き留めようとするが、聞く耳を持たない」
「ごめんね。この後朝まで仕事なんだー、時間は有効活用しなきゃね」
「アリス殿! あそこまで言う事は無いんじゃないか!」
一人項垂れるプルムを指差しながらエレンの指摘に、やれやれと呆れるアリス。
「出来ない事は出来ないと厳しくも言っておかないと、ビジネスにおいては後々トラブルの火種になるんだよー、ぼっちゃん」
『ぼっちゃん』で、いいんだっけ? とわざとらしく付け加えるとエレンはそれ以上言い返せなかった。
一方、三人の横を「ありがとうございました」と言いながら擦り抜けていくプルムを見送りつつ、ノヴムが溜息をする。
「怖いな」
「そうだよ。アルデンテもアリス殿も酷い! もっと協力してくれれば……」
エレンは歯痒かった。悔しかった。
ここに一人、協力をしたくても出来ない弱者がいる。自分だ。
ただアルデンテとアリスに文句を言う事しか出来ない自分が嫌になった。
女王として、一体これまでどんな力を身に着けてきたというのだろうかと自問する。
「ボクにだって、力があれば……」
「いや」
唇を噛み締めるエレンにも、流石にどう接しようか悩んでいたアリスにも、ノヴムは首を横に振る。
「二人とも、少しナメすぎたね」
「おっ、ノヴムぅ。エレンくんを励ますのかにゃ?」
「エレンにだって力はあるよ。ただ俺がここで言いたいのは、二人ともプルムをナメすぎって事」
アリスもエレンも、ぽかんとしたままノヴムの言葉を待つ。
「アリスもエレンも、プルムの本当の怖さを知らない」
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とある路地のゴミ捨て場。
今日も残飯を漁りにランはやってきた。
だが、ゴミ捨て場まで来たところで「えっ」と顔を顰めた。
プルムが仁王立ちして待ち構えていたのだ。
「来ましたね、ランちゃん」
「えっ、なんでここが?」
「色んな人に聞きました! 後は13歳くらいの少女が根城に出来そうな物件を、勘で当たりました!」
「あ、アンタ、侍女じゃなくて探偵やった方がいいんじゃないの……!?」
「やはり聞く段階から作戦会議です!」
「な、なんの!?」
「決まってるでしょう! 仕事紹介の段階から、ランちゃんの事をアピールしないと! むむむ、ここは私も認識が甘かったです。まずは自己分析から行きましょう。ランちゃんの得意な事は? 苦手な事は?」
「余計なお世話って言ってんでしょ!?」
「必要なお世話です! 私から逃げられると思ってんですかーっ!?」
逃げるラン。追うプルム。
一方、遠くから突如始まった追い駆けっこを見ていたエレンとアリスは、全くめげていない所かアクティブさが増しているプルムに開いた口が塞がらずにいた。
ただ一人、プルムの性質を良く知るノヴムがその背中の正体を語る。
「わかった? あれがプルムだよ。どんな逆境だろうと、一度決めた事には全力突進なんだよ」
アルデンテに百度無下にされても。
アリスに千度拒絶にされても。
ランが永久にやる気が無くても、プルムは最後までやり遂げる。
拒否されたからなんだというのか。
幸せがその先にあると分かっていて、立ち止まる理由などあるだろうか。
それが、プルムの行動原理である。
魔力素養ゼロのぽんこつ没落貴族なせいだろうか。最強の殺し屋として外道共を排除してる事を誰にも知られてないのは かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中 @nonumbernoname0
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