第31話 殺し屋、弱者の反論を受ける昼

 どうにか屋敷まで逃げ切ると、プルムもランも息を切らしていた。

 自分も素人らしく息を切らさないといけないことを悟り、呼吸を短くする。

 

「ランちゃん、さっきあの人たちに殴られた所、痛くない?」


 プルムが伸ばした心配の掌が、跳ね除けられる。

 未だ、ランは手負いの獣の如く警戒を解いていなかった。


「なんで助けたの。あんたの財布スッたのに」


 礼の一つも無いことに、ノヴムが何か言いたげだったが、その前にプルムは即答する。

 

「あのままだと、酷いことされてた。もっと殴られてたよ?」

「それくらい、日常茶飯事だよ」

「繰り返したら死んじゃう。あんなギャングからは抜けて、普通に生きて」


 と聞いて、ランの唇から小馬鹿にしたように息が噴き出る。

 するとワザとらしく両手を上げ始めた。


「わかったわかった。あのギャング抜けるから」

「話せばわかるじゃないですか!」


 心から嬉しそうに安堵するプルム。しかしノヴムは溜息をつき、


「嘘だね」


 と言うと、ランも苦笑いする。プルムの時間が止まったのは言うまでもない。


「というか、マジで信じたの?」

「駄目ですよ! 本当にギャングにいたら、身がもちませんよ! 抜けてください!」

「じゃあこれからどうやって生きろって言うのよ」


 怒りが、プルムの純粋な心配を跳ね除けた。

 苛立ちに支配された顔付きのまま、ランは捲し立てる。


「ギャングを止めたら? 工場に入って事故死する? それとも娼婦となってキモい男共の相手をする? それ、従順に躾けられたメイドの立場から言いやがんの!?」


 誰しもギャングに入った切欠は、自分でコントロールできるものではない。

 逃れられぬ街で、生きていく方法がそれしかない者もいる。

 食べる物に苦労せず、当然のように自分達弱者から搾取する特権階級を見上げ、火種を燻らせ続ける。


「その旨の貝殻は、家族のものかい」

「これは、お姉ちゃんが私に遺してくれたものよ」


 ふん、と馬鹿馬鹿しい笑いがこみ上げる。


「工場で事故って傷だらけになって死んだけどね。皮肉にも、傷を治す“ポーション”を量産する工場でね。工場長の娼婦までしてたのに、何一つ報われなかった!」

「……」

「元々一人生きていくのさえ不十分なはした金で、かつ私にご飯食べさせてたから、ガリガリだったんだよ……!」


 良くあることだ。良くある事なのだ。

 これはランとその姉だけに起きた悲劇ではない。

 産業が発展し、文明は進化し、富める者が富めた時代にあっては、よくある事だ。

 光に影が出来るように、必然的な摂理である。

 

 救われる方法など、存在しない。

 それこそ、貴族か事業家に生まれ変わるしかない。

 

 だから、ランもまたギャングとして、他人の財布で生きていく事しか出来なかった。

 行き場を無くした火種は、中途半端に差し伸べてきた手にこそ破裂する。


「だからアンタみたいな奇麗事しか言わない裏切者が、私は世界で一番大っ嫌いなのよ! だからこれからも、私達から何もかも奪った社会からスってやんよ!」

「奇麗事でも何でもいい!」


 しかし、プルムは引き下がらなかった。

 社会の闇に対して、忖度も狼狽もしない。


「……分かっているのはただ一つ。あの集団にいたら、貴方は絶対殺される」

「どこにいたって同じよ」

「なら、私が安全な就職先、一緒に探してあげる」

「プルム」


 思わずノヴムが声を挟んだ。完全に想定外の展開だった。

 それはランがすべき事だ。プルムがすべき事じゃない。

 と言おうとした所で、振り返ったプルムの眼が「このままやらせてください」と意地を示していた。

 

「ランちゃん。貴方だってこのままじゃ駄目だと思ってるんでしょ? さっき、グレックって人に殴られてた時、凄く怯えてたよ」

「そりゃそうだけど……っていうか、なんでアンタが? 初対面でしょ?」

「もう知り合っちゃったからです。ここで何もしなければ、貴方は死ぬ」


 『助けたい』。

 プルムの想いに、どんな正論も通用しない。


「ねえ、一緒に考えましょう。貴方が幸せになる方法を」


 一方でノヴムは、先程の“無灯流しスリルライダー”の事を考えていた。


(しかし“無灯流しスリルライダー”、想定以上に展開しているっぽいな)


 ふと、ここにいない誰かに問う様に、ノヴムは呟いた。


「これだけの規模で展開しているなら、揉み消してる偉い奴がいるはずだけど……」


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「くそが!」


 樽が乱暴にぶつかる音がした。

 “無灯流しスリルライダー”の拠点の一つであるバーで、グレックは八つ当たっていた。

 

「どうします。ランの奴。いっそ見せしめに始末しますか」

「あー、それもいいんだけど。俺は出せるもの出し切ってから処分する主義なんだよな」


 行儀悪く椅子に腰かけながら、酒で気分を紛らわせるグレック。

 

「“人形遣いアンチアイデンティティ”がエルフでも要求してくれねーかな。そうすりゃ、ランのアホを引き渡せんのによ」

「“人形遣いアンチアイデンティティ”って、今ウチの一番の顧客の?」

「……それが無理なら、ヤってから捨ててやるか」


 笑いがバーに木霊する中、足音が一つ加わった。


「噂をすれば、“人形遣いアンチアイデンティティ”だ」


 少女だった。しかし、ポロポロとその顔からは砂が零れ、蒸発して消えていく。

 “ゴーレム”。岩と砂と禁術で出来た、無機物の心無き人形である。


『怒り心頭、だな』

「ちょっと部下がアホやらかしましてね。今日の要件は?」

『エルフが欲しい。ハーフエルフでもいい。一人に付き、これだけ渡そう』


 無灯流しスリルライダーの“得意先”でもあるゴーレムは、手にしていたケースを開く。

 中には喉を鳴らす程の貨幣が固まっていた。


「それなら、丁度いいのが二人いますよ」


 グレックはにやりと笑った。

 使えない部下が一人と、その部下を連れ去って逃げた出しゃばりなハーフエルフが一人。

 

『それから、お前達、よく協力してくれた。ここまでの礼に、一体魔物をやる』

「魔物!?」


 どよめきの中、ゴーレムが掌を伸ばすと、グレックの右手に赤い魔法陣の刻印が出現した。

 魔術結界による異空間から取り出す魔力が流れている。しかも取り寄せでなく、生命の召喚用の魔術だ。

 今グレックの右手には、“魔物”が閉じ込められている。

 

『大丈夫。お前達、魔物を、コントロールできる』

「へへ……成程。俺には分かる。こいつはヤベえ」


 グレック以外のメンバーは半信半疑の様子でゴーレムのした事を伺っていたが、グレック本人は魔法陣から正体を理解したようで、不敵に笑う。


 途端だった。

 ゴーレムの顔を、灰色の掌が後頭部から貫いた。


「誰だ!」

「白い兎……!?」


 可愛さと不気味さが同居した、純白の兎の面。

 灰色のローブでもその巨乳までは隠せていない。


「サンプルゲット。このゴーレム、戦闘用では無くて助かったねぇ」


 ゲームでもしているかのような軽い口調で、掌に溜った砂を見つめる少女。


『……』

「おっと」


 ゴーレムはそのまま全身が砂となり、蒸発して消えていく。

 白い兎を面にした少女の右手からも、“サンプル”が粒子になって散っていった。これでは持ち帰っての分析は不可能だ。

 

「成程。そう易々と情報は掴ませてくれない訳ね。おもしろーい。でも、今の瞬間でも断片的に情報は読み解けたよ。魔物騒動には間違いなく貴方が関わってるのね、“人形遣いアンチアイデンティティ”さん」


 今は無き“人形遣いアンチアイデンティティ”に尋ねると、白兎の面は一気にその場から逃走する。

 

「消えた……速すぎる!?」

 

 “無灯流しスリルライダー”が目で追えない程の速度で、バーから逃走したのだった。

 あまりに突然の登場と逃走劇に、グレックまでもが唖然とする中、一人のメンバーがある単語を思い出す。


「“シロウサギ”?」

「なんだそりゃ」

「いや、噂で聞いた事あるんです。最近、夜の街を“シロウサギ”が跳んでるって。リヴァイアサンに並ぶ都市伝説の一つですよ」


=====================================================


 白兎の面を取り、“シロウサギ”ことアリスは、月夜に白い髪を靡かせた。

 

「やっぱ、あーしの勘は当たるね」

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