第30話 殺し屋、一般人のフリが上手い昼


 この辺一帯を取り仕切る貧困少年少女達の集まり、ギャングが存在している。

 ノヴムは以前、エレンと共に挨拶に行った侯爵から、そんな話を聞いた事がある。

 ランが逃げた方向は、そのギャングが根城としている路地裏に通じていた。


 ギャングの名は、“無灯流しスリルライダー”。

 非常に幅広い犯罪に手を染めており、スリは最早基本である。

 

「……ギャングって、以前シフォンという悪徳経営者が雇っていた武装集団みたいな感じですか?」

「あれは特殊だよ。冒険者崩れが集まった結果の武装集団だ。本来はみたいに、統率するリーダーの下で犯罪行為で利益を集める、不良集団だよ」


 “アレ”と言って壁に隠れながら差した先には、数人の男に囲まれたランの姿があった。

 自分より二回りも大きい男達に、罵倒と暴力を繰り返し受けている。

 平手打ちを受けて、その場に崩れ落ちた。


「おぉい。いつになったら、ノルマ達成できんだよ」

「ま、待ってください。直ぐにスリで稼いできますから」

「信用できねーな。てめぇはスリが下手すぎっから」


 あらかじめ得ていた情報から、先程から言葉の石礫を浴びせる真ん中の男こそ、“無灯流しスリルライダー”のリーダー、グレックだと理解した。

 彼自身は既に大人だ。治めさせた上納金で豪遊していると聞く。


「だったら体売って稼ぐのが当たり前だろう!? ロリコンなんざ幾らでもいんだからよぉ!」


 聞くに堪えなかった。いっそ不可視の空気銃で“事故”に見せかけて殺すか? という考えが過ったりもした。

 だがノヴムは眼を疑う。

 隣から影が、“無灯流しスリルライダー”に割り込んだ。

 プルムだった。


「やめなさい!」

 

 暴力の現場へプルムが乗り込む。

 堂々と、真正面から。ランの腕を掴むその時まで、迷いは無かった。

 

「逃げるよ!」

「えっ」


 当たり前のようにランは困惑し、グレック達はプルムへと群がる。

 仕方ない。とノヴムも乗り出す。

 

「おいおい。何だ急に入ってきやがってガキが、ここが“無灯流しスリルライダー”のホームと分かっての事か!」

「じゃなきゃ来ないよ」

「……貴族だと?」

「竜爵のノヴムだ」


 と、プルムとランを更に庇う位置まで駆けてきて、ノヴムがグレックへ言い返す。

 “竜爵”という言葉はギャング界にも届いていたようで、ギャングたちが一瞬慄く。


「君達は知ってる。ギャングの“無灯流しスリルライダー”だね」

「へえ。竜爵様なら話が早い。何か仕事でもくれるのかい」


 この“無灯流しスリルライダー”も、貴族や有力者と“持ちつ持たれつ”な関係を築いていたのかもしれない。

 無論、無関係な大半の一般市民からすればいい迷惑なのだが。


「ちょっと今日はそこのランって子に用があってきた」

「用があるんなら会わせてやるよ。ただし、俺達“無灯流しスリルライダー”のノルマに届くまで、売春を繰り返した後だがな」

「流石に見てしまったら放っておけない。スリや売春を強要させ、怪我もさせてるなんて」

「現実も見ないで正義の味方面かよ。若いな。その威勢がいつまで続くかな」


 完全に敵と見定めたのか、グレックが合図を出すと三人を囲み始めた。

 今はリヴァイアサンではない。ノヴム=オルガヌムというぽんこつ貴族だ。

 故に“空気銃”による殺戮や“空気化”による隠密、または体術は使えない。

 

 


「“竜爵”を脅せばいい金になるかも、な!」


 一番近くにいた二人が、左右から挟み撃ちにしてくる。

 

(ちょっと面倒くさいけど、やりようはあるな)


 空気銃で片方の少年の脚を引っかけた。

 するとバランスを崩し、対面にいた仲間へと衝突してしまう。

 

「何やってんだ馬鹿野郎!」


 反発して仰向けになったギャングへ、避け損ねた(ように見せかけた)ノヴムが覆い被さる。

 傍目から見れば、同じく足をもつれて転んだようにしか見えない。

 ただ、首筋に肘鉄を見まいながら倒れる。

 

「か、か」


 呼吸困難になった男から起き上がり、同じく起き上がったギャングの再突進を迎え撃つ。

 激昂してナイフを高く掲げている。腹部ががら空きだ。

 そこで、振り下ろしてくるまで竦んで動けないふりをする。

 

「おわっ」


 みっともなく後退り。尻もちを着く。

 だがその動作の途中に、前に伸ばした足先で男の鳩尾を打った。

 

「う……あ……」


 蹲る男。

 とりあえず近くにいたギャングたちはこれで鎮圧した。

 素人のラッキーに見せかけたから、これでリヴァイアサンとは分からない筈だ。

 

「今だ! 逃げるよ!」

「あ、はい!」


 ぽかーんとするプルムとランを連れて、“無灯流しスリルライダー”の本拠地から脱出する。

 当然追手が来ている。足止めが必要だ。


 脇の下から空気銃。

 狙いを定めたのは、隣にあった家だ。

 人が住むにはあまりにも適さない、廃墟だった。

 

 叩きつけられる空気。

 途端、ノヴム達と“無灯流しスリルライダー”の間に風化した石の壁が雪崩れ込む。

 立ち止まらざるを得ないギャング達。


「今の内だ、いくよ!」


 ノヴムはプルムの手を、プルムはランの手を引っ張り窮地から脱したのだった。

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