いつか私があなたの猫になる日まで【ショートエピソード※未亜視点】

「……未亜みあ先輩にぶしつけな質問をしてもいいですか?」


天音あまねちゃん、急に真顔になってどうしたの? 私の借りてきた映画についての質問かな……。もしかして内容が面白くなかったとか!?」


「う~ん、違うんですよ。未亜先輩がお泊まり会で観るために選んでくれた恋愛映画は本当に最高でした。特にラストシーンなんて感動してうるうるきちゃいましたから!!」


「えっ、天音ちゃん、いま観終えたばかりの映画じゃないとしたら、いったい私に何の質問なのかな?」


「ううっ、それはその……」


 私、猫森未亜ねこもりみあの後輩である猪野天音いのあまね、口ごもったままの相手の意図が分からない。彼女の背後にある壁に掛けられた時計の針にふと視線を落とした。お泊まり会では珍しく映画鑑賞をしたせいもあり、かなり夜更かしをしすぎてしまったな。後輩二人の前では年長者として恥ずかしくない振る舞いをすべきだったと反省する。


 何よりも恋愛映画にいちばん夢中になっていたのはこの私だ。大好きな映画フェイバリットムービー、ラストシーンのせつない恋人たちの別れなんてせりふも暗記するくらい何度も観ているというのに……。


「このだと天音ちゃんは途端に歯切れが悪くなるのよね。この後は私が引きついて未亜先輩に質問をしちゃおうかな」


「……サンキュ、香菜ちゃん恩に着るよ!!」


 同じく後輩の阿空香菜あくかなちゃんが会話に参加してくる。それにしても見事な連係プレーだ。卓球部の試合でペアを組ませたら最高に息の合う関係性なのを私は思い出した。


「じゃあ天音ちゃんに替わって質問しますね。未亜先輩は猪野宣人いのせんとさんのどんなところに惹かれたんですか?」


 え、えええっ!? 天音ちゃんのお兄さんのどんなところが好きって、この場で言わなきゃいけないのぉ!! 


「お泊まり会のみんなで映画を観ていただけなのに、何で急に私の話が出てくるのかな!? そ、それも天音ちゃんのお兄さんについての質問なんてまったく関係ないじゃない……」


「慌てる未亜先輩って可愛いかも!! 普段はめっちゃ冷静なのに」


「こらっ天音ちゃん。話に横から茶々を入れちゃだめ!! 未亜先輩が困って何もいえなくなるでしょ」


 自分でも挙動不審な態度になるのを押さえられない。興味津々にこちらを見つめる彼女たちの目には、頬を上気させて耳まで真っ赤に染まった先輩の姿が映っていることだろう。


「……別に未亜先輩を困らせたいわけじゃあないんですよ。宣人さんとの件で何か協力出来ることはないかなと思って。ねえ天音ちゃんも私と同じ考えだよね」


「うん、私も微力ながら未亜先輩と宣人お兄ちゃんの仲を取り持つための協力をしたいんです。でもその前にどうしてもはっきりさせておきたいことがあって……」


 後輩ふたりからの暖かい気持ちがひしひしと伝わってくる。遅々として進展しない私の恋のために協力を申し出てくれたのか。それも質問を切り出すタイミングを見計らっていたのだろう。


 だからおすすめの映画をお泊まり会で鑑賞したいとふたりは突然、私にリクエストしてきたのか。それも恋愛作品縛りで……。


 後輩からの優しい心配りに思わず胸が熱くなってしまう。


「……ふたりともありがとうね。部活動の試合だけじゃなく、恋愛まで応援してくれるなんて。未亜は本当にいい後輩に恵まれているんだなって嬉しくなっちゃった」


「協力するのは当たり前ですよ!! ……でも私が知りたかったのはどうして相手が宣人お兄ちゃんなのかってことですよ。未亜先輩みたいに可愛かったら他からも引く手あまたじゃないんですか? 中学時代から超絶美少女の誉れ高かったんですから。よりによってうちの駄兄を好きになるなんて謎過ぎます」


「天音ちゃん、それは宣人さんに対してひどい物言いじゃない。実の兄をまるで駄犬みたいに呼んじゃってさ」


「ええっ!? お兄さんに対しては毒舌家のいつもの香菜ちゃんらしくない発言だよ!! 私は真似をしただけなのに……」


「香菜が言う分にはいくら毒舌でも祐二ゆうじお兄ちゃんなら平気なの。それには深い理由があるんだよ。ある意味、過去の出来事に対してのショック療法なんだから。あっ、いまはそんなこと関係ないから話を未亜先輩に戻すね」


 固まったままの自分を置き去りにして、どんどん進行していく後輩ふたりのやり取りを聞いているうちに冷静さを少しだけ取り戻すことが出来た。


【どうして未亜先輩は猪野宣人さんのことを好きになったんですか?】


 てらいのない真っ直ぐな白球のように私にむかって打ち込まれた鋭い問いかけ。


 これが卓球の試合なら私はサーブを返せずに無様に失点していただろう……。


「未亜先輩、いつもの癖が出てますよ。そうすると気持ちが落ち着くんですよね。いまはスマホにも時計があるから必要ないけど、天音も先輩の願掛けを真似して腕時計をはめるようになりました」


「天音ちゃん、ずるいよ。香菜はそんなの初耳だよ。昔から願掛けはいっしょにやろうって約束したじゃない!!」


「あっ、香菜ちゃんには言ってなかったっけ。ごめんね。君更津南女子校の受験の願掛けだからお揃いで時計を揃えようよ。いまからでも全然遅くないし」


「う~ん。じゃあ今回だけは見逃してあげる。天音ちゃんと色違いもあるのかな。でも未亜先輩の腕時計みたいに高そうだと今月はおこづかいが厳しいかも」


「天音の腕時計はそれほど高くないから香菜ちゃん、心配しないで。もちろん色違いもあるから今度の休みにショッピングモールに買いに行こうよ!!」


 無意識に腕時計をなでる癖。いつしか私のおまじないになった。生き別れの母親から贈られた物だ。


 これまで何不自由なく暮らしてきた私の生活は母親の行方不明で一変した。たった便箋一枚に記された手紙の内容から急に家を飛び出した理由は探れなかった。


 高校受験の娘を残して失踪する母親。世間的には無責任過ぎると激しく非難されるだろう。だけど私は母親を責める気にはどうしてもなれなかった。


 その理由は手紙の中に父親に対しての文言があまりにも少なかったから。これまで仕事一辺倒の父親に対して、良妻賢母として家事を一心に切り盛りしてきた母親からの無言の抗議が手紙の文面から見て取れたからかもしれない……。


 ふと自問自答してみる。そんなつらい家庭の境遇から現実逃避するために私は誰かを好きになってしまったのだろうか? 


 ……それは絶対に違うと言い切れる。


 私は猪野宣人が好きだ。これは紛れもない事実。だけどいつから彼のことが気になり始めたのだろうか? 最初は後輩のお兄さん、私の中ではそれ以上でもそれ以下でもなかったはずなのに。


「そうだ、天音は良く覚えていますよ。初めて宣人お兄ちゃんを紹介した日のことを。あのときも未亜先輩は腕時計の願掛けをしてましたから!!」


 初めてあの人と会った日。私は無意識に腕時計のおまじないを掛けていたというの!? 


 胸の中に湧き上がる炭酸の泡のような切ない想い。泡沫と消えてしまわないようにそっと手のひらで包み込んだ。


 これは私、猫森未亜が一瞬で恋に落ちた記憶の物語だ。



 次回に続く。


 ☆★★作者からの御礼とお願い☆★☆


 ついに始まりました!! もうひとりのヒロイン、猫系美少女、猫森未亜ちゃん視点のショートエピソード開幕です。


 本編の時系列的に天音の部屋で開催されるお泊り会に宣人が誤って踏み込んた話数あたりの追加エピソートになります。


 現役女子中学生(プラスα)の波乱含みなお泊り会のお部屋にようこそ!!


 https://kakuyomu.jp/works/16817330667690172115/episodes/16817330668334373058


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