私の大好きなご主人様!!【特別編エピローグ】

 ――突如僕たちの前に現れた水色の服を着た謎の女性。真冬にしては軽装すぎやしないか……。


 もしも彼女がオリザが会いたがっていた本物のお化けだとしたらそんな心配は無用だと思ったが、慌てて僕はその考えを打ち消した。


宣人せんとさん、その女性を絶対に逃がさないでください!!」


 香菜かなちゃんか!? 彼女の叫び声に驚きつつも身をひるがえして僕の前から立ち去ろうとする女性に、僕は必死で追いすがった。


「……オリザ、右からまわり込め!!」


「ご主人様。追っかけっこなら大の得意だからまかせて。わん!!」


 連携して女性を挟み撃ちにする作戦で行こう。オリザの機敏な動きに相手が一瞬ひるんだ素振りを見せた。


 ……この人間らしい反応はお化けじゃないのか!?


「こらあ。おばけさん、逃げちゃだめだよ。オリザとお友だちになろうよ!!」


 まったくオリザの奴はこの場の緊張感がなくなるな。これじゃあ本当に子犬が追いかけっこを楽しんでいるみたいじゃないか。


「ご主人様、そっちに追いこんだからおばけさんをつかまえて!!」


 足元の玉砂利が靴の底にあたり激しい音を立てた。こちらにむかって逃げてくる女性の行く手を何とか阻もうとする。 


「おい、いい加減に観念して正体を見せろよ!!」


 僕の威嚇にも臆せず女性はそのまま突っ込んできた。


「やめろ!! 僕の身体に触れるな」


「きゃあああっ、ご主人様!!」


 オリザの悲鳴を背中に感じながら、そのまま女性ともつれ合いながら草むらに倒れ込んでしまう。


「なっ……!?」


 完全に相手と抱擁ハグする格好になった。あまりにも突然すぎて僕の能力が発動してしまうのを押さえきれない。


 相手のもっとも悲しい記憶がこちらの頭の中に流れ込んでくる。このえかたは何だ!? 


 夕暮れの公園の風景が見える、ブランコがあるな。この景色は以前にも誰かの記憶で体験した気がするのはなぜだろう? 


 いつもの自分が例の能力を使って相手の記憶にダイブする感覚ではない。球体スフィアを認識する間もなく、相手の記憶がこちらの頭の中で再生される。これは初めての経験だ。


「……あなたは僕に自分の記憶を視て欲しいとでもいいたいのか!?」


「……香菜かな、悪いお姉ちゃんでごめんなさい」


 僕の腕の中で女性は嗚咽を漏らしながら泣いていた。


 震える肩を思わず抱きすくめた。お互いの吐く白い息が交差する。彼女はお化けなんかじゃなかった。生身の女性に間違いない。


「香菜って言いましたよね!? あなたはなぜ彼女を知っているんですか」


 謎の女性の口から知った名前を言われて僕は油断してしまった。彼女を抱きすくめた腕の力がわずかに緩む。その一瞬の隙をついて思いっきり相手から突き飛ばされてしまった。


「うわっ!! 待ってくれ……。頼む、いまの答えを聞かせてくれ」


 しりもちをついて僕が見上げた先には、月明かりに照らされた女性の顔がはっきりと見て取れた。


「……香菜ちゃん!? じゃないな。あなたはいったい誰なんだ!!」


 その女性の顔は阿空香菜あくかなにそっくりだった。月光に映える白い肌。整った目鼻立ち。彼女と違うのは背格好と長い髪の毛。僕はその場から立ち上がれないほど驚いてしまった。


 ドッペルゲンガーなみにうりふたつの女性はやはり幽霊のたぐいなのかと思うほどだ……。


 こちらの問いかけには答えず、脱兎のごとくその場から女性は立ち去ってしまった。暗闇に消える水色の背中を僕はただ呆然と見送るしか出来なかった。


「宣人さん!! 大丈夫ですか!?」


「お兄さん、どこか怪我でもしていませんよね。未亜みあの声が聞こえますか?」


 草むらに座りこんだままの僕に香菜ちゃんと未亜ちゃんが駆け寄ってくる。そこから距離をおいて妹の天音あまねが意味ありげな視線を投げかけてきた。


「ご主人様、オリザのお鼻、外が寒すぎて調子が悪いみたい。だってこの場所にいるはずのない人の匂いがする……。むがっ、天音ぇ!? なんで私の口をふさぐのかな?」


「オリザちゃん、風邪でもひいたら困るから天音がぎゅうってして暖めてあげるね!! ほらっ、もっとハグしちゃおう」


 ……天音め、露骨に何かを隠しているな。


「天音ちゃんのお兄さん、私たちを心配して来てくれたんですね!!」


「……宣人さん、内緒で肝試しなんてごめんなさい」


「未亜ちゃん、そして香菜ちゃんも。無事で良かった。こんな夜中に女の子だけで出かけたから心配になってさ。それにしても逃げたあの女性は何者なの? 香菜ちゃんのことを知っているみたいな口振りだったけど……」


「ええっ、宣人さんはあの人と話したんですか!? ……それで何か気付いちゃったりしてません」


 急にしどろもどろになる香菜ちゃん、彼女が何を言っているのかさっぱり分からないな。


「別に何も、ただ君にそっくりな顔をしていたな。もしかして香菜ちゃんの知り合いとか?」


「ああああっ、宣人お兄ちゃん、じつは私たちの部活でボランティア活動があるの。今回の件はそれの一環なんだよ」


「何だよ、天音。急に話に割り込んできてさ。それにしても肝試しとボランティア活動に何の関係があるんだよ。意味不明すぎるだろ」


「それは未亜から説明しますね。天音ちゃんと香菜ちゃん、ふたりは君更津南女子校のボランティア活動に協力してくれているんです。地域の交流会で演劇を披露する件があって、今回はその練習なんです」


 未亜ちゃんの女子校に関連があるのか。彼女が言うなら本当のことだろう。でも何で演劇の練習をこんな森の中で、それも肝試しなんて言ってやらなければならないんだ? 


「宣人お兄ちゃん、その顔は納得していないみたいね。ボランティアの演劇なのに何でこんな森の中で練習するのかって思ってるでしょ。


 それは図星だった、やっぱり天音はさとりの能力を使わなくとも勘が鋭いな……。


「主演のがとにかくこだわりのある人で、わがままなんだ。美貌はピカイチだからしぶしぶお願いしてるんだけど、満月になると夢遊病の気があって外にふらふらと出てしまうの。本当に香菜も困っちゃうんだ……」


 何なんだ、その狼男みたいな設定は!? 満月になると変身でもするのか。


「……香菜ちゃん、もしかしてその主演女優って!? さっき逃げ出した謎の女性だったりするの?」


「あっ、宣人さん、私、おしゃべりが過ぎましたね。……そうだ、そろそろは家に帰り着く頃だと思います。ちょっとスマホを確認してみてください」


「えっ、僕のスマホって!?」


 香菜ちゃんから言われて自分のスマホを取り出す。ちょうど液晶画面に新しい通知が現れた。


「……祐二ゆうじからのメッセージだ。何々、いまどこにいるんだって!? あいつ記憶喪失にでもなっちまったのかよ。昼間さんざん誘った件を忘れたのか」


「宣人さん、兄貴から本当に何も聞かされていませんか?」


「んっ、香菜ちゃん、祐二からは別に何も聞いてないけど……」


「ああっ、じゃあいいです。何でもありません。きっとまだその時期じゃあないと思いますから」


 変な香菜ちゃんだな。いつもの落ち着いた態度とまるで違うぞ。


「ご主人様。おばけとお友達になれなかったよぉ……。オリザは悲しい、わん」


「そんなにがっかりするなよオリザ。きっとまた彼女とは会えるさ。なぜだかそんな気がするんだ。ははっ、別に根拠はないけどね」


「そっか、ご主人様がそういうならオリザ、楽しみにしてるね!!」


「それにしても寒いな。本当に風邪を引きそうだ」


「あっ、ご主人様。さっきのきれいなお姉さんに借りた服を返しに行かなきゃ、オリザ、ちゃんとお礼を言いたいし」


「そうだな、でも急にお屋敷に伺うのは失礼じゃないかな?」


「お兄さん、それは大丈夫ですよ。なぜか生徒会長からお茶のお誘いメールが未亜のスマホに来てますから。でも私たちがここにいるって何で知ってるのかな?」


 さすが生徒会長、奈夢子なむこさんはやっぱり何でもお見通しだな。


「……じゃあみんなでお茶会にお呼ばれしようか!!」


「賛成!!」


 女の子たちの歓声が上がり、寒い鎮守様おちかんさまの森の中でその場だけ活気付くのが分かる。我先に屋敷へと向かい始めた。僕はその場に立ち止まったままのオリザから声を掛けられた。何か物憂げな表情が気になってしまう。


「……ねえ、ご主人様。オリザ、この森にきて思い出したことがあるの」


「オリザ、それは何だい?」


「かくれんぼをした景色を見たって前にご主人様に話したよね。その場所を思い出したの……」


 オリザが僕に言っていた話か!? かくれんぼの話題をしていたときに彼女は過去の記憶の断片を思い浮かべたんだ。そしてその場にいた一緒にかくれんぼをしていた別の女の子の似顔絵まで描いてくれたんだ。


「オリザ、その場所って?」


「……この森に間違いないよ。私は前にもここを訪れているんだ。そしていっしょにかくれんぼをしていたのは私のお姉ちゃんだったの。似顔絵に描いた水色のワンピース、その胸の丸いマークはお姉ちゃんの学校の制服についていたから」


 ……僕はオリザの言葉に驚きを隠せなかった。そうかあの似顔絵の女の子は奈夢子さんだったんだ!! 胸のマークをどこかでみたと思ったのは、君更津南きみさらずみなみ女子校の校章に間違いない。


「オリザ、君はどこまで思い出したんだ……」


「……それ以上は何もわからない、優しいお姉ちゃんと遊んだ記憶しか思い出していないの」


 そうか、この森に踏み込んで一部の記憶だけ戻ったのだろう。かくれんぼをしたのが幼い奈夢子さんとまでは思い出してはいなそうだ。


「オリザ、いつかその優しいお姉さんと逢えるといいね」


「わん、そのときはご主人様もいっしょだよ!! 私が嬉しいときはいつもそばにいて欲しいもん……」


 ああ、約束するよ。絶対に君を元の人格の犬上オリザとしてお姉さんに逢わせてあげるって。


「じゃあ、そのときまでおりこうさんにするって飼い主の僕との約束だぞ。いいなオリザ」


「……うん、約束するよ。もっとおりこうさんにする。だからご主人様とオリザはずっとなかよし!!」


 たとえ子犬の彼女との永遠の別れがこようとも、この無邪気な笑顔だけは曇らせたくない。


 だからオリザ。君の元気な鳴き声を幸せなこの瞬間だけは僕に聞かせて欲しい……。



「わん、オリザはご主人様が大好き!!」



 【特別編 完】



 ☆★★作者からの御礼とお願い☆★☆


 皆様の応援のおかげで【特別編】も完結まで到達することが出来ました。


 わんこヒロインオリザの活躍は楽しんで頂けたでしょうか?


 特別編の完結はカクヨムコンテスト終了までには無理かと思いましたが、これもひとえに読者の皆様に応援に背中を押された結果です。


 最後まで本作品を応援して頂き本当にありがとうございました!!


 少しでもこの作品が面白かったと思って頂けましたら↓の項目から最後に星評価の★★★を押してやってください。


 作者の今後の励みとして大変嬉しく受け取らせて頂きます。


 作品へのおすすめレビューやコメントも大歓迎です。あと本編では描かれなかったショートエピソード等も今後、さらに追加する予定ですので【作品フォロー】はそのままにして頂けると通知が届きます。


 もちろん作者フォローも大歓迎です。


 では今後ともkazuchiを何卒よろしくお願い致しますm(__)m


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