あの日の歌が僕には聴こえる【特別編】

「わん!! こっちから天音たちの匂いがしたよ。ご主人様!!」


「……ええっ、この場所は!?」


「どうしたの? ご主人様。急に驚いた顔をして」


 鎮守様おちかんさまの森にお化けが出るとの噂をどこからか聞きつけて、季節外れの肝試しにお泊り会のメンバーである阿空香菜あくかな猫森未亜ねこもりみあ。仲のいい友達と先輩の女の子を巻き込んだのは僕の妹の天音だと勝手に決めつけていたんだ。


 妹たちの肝試しの相談に偶然、同席をしていた子犬美少女のオリザ。彼女から今回の首謀者が天音でなく香菜ちゃんだと聞いて自分の勘違いを知ることになる。


 お泊り会の女子メンバー三人の中では、どちらかと言えば天音の暴走にブレーキを掛ける役目なのが香菜ちゃんだった。しっかり者で常識をわきまえた行動を好む。お調子者でいい意味で人たらし。いかにも陽キャを体現するような彼女の兄の祐二ゆうじとは正反対の性格なんだ。


 そしてオリザの優れた犬の嗅覚を使って、広い鎮守様の森の中を捜索してやっと僕たちがたどり着いた場所とは!?


 うっそうとした巨木の立ち並ぶ鎮守様の森の中。奥には大きな池があり白い柵が張り巡らされている。手前の一画にだけ不自然なほど整地された場所が現れた。


「ここは霊石の祀られている場所じゃないか!? オリザ、それ以上、先に入っちゃだめだ。そこに張ってあるに絶対に触れるんじゃない!!」


「わっ、わああっ!? 急には止まれないよぉ!!」


「オリザっ!!」


 勢いあまってバランスを崩しかけその場に倒れ込むオリザ。僕はとっさに手に持ったお散歩リードの先端を思いっきり自分の身体にむかって引き寄せる。探索のために長めにしていた紐に強い張力テンションが掛かって、真冬の冷たい空気を震わせた。


「はあああっ、危なかったぁ。もう少しで顔から突っ込んじゃうところだったよ。ご主人様が私を助けてくれたんだね……」


 ふうっ、オリザの腰に着けたお散歩リードが救助の役に立つなんて……。やっぱり僕たち以外誰もいないからといって、森の中の彼女をノーリードにしなくて本当に正解だった。


「……オリザ、急に大声を出したりして本当にごめんな」


「ううん、匂いに夢中になって駆け出した私もいけなかったから。危ないところを助けてくれてありがとう!! ……でもご主人様はどうしてオリザに入っちゃだめだって言ったのかな?」


「ああ、君に笑われるかもしれないけど、僕はお祖母ちゃんに言われた古い迷信をいまだに信じているんだ。お笑い草だろ」


「……ご主人様のおばあちゃんが言った?」


「昔からこの鎮守様の森は神聖な場所と言われているんだ。ここに祀られている霊石や森にあるご神木だけじゃない。この広い森全体が神様の現れる聖域として考えられている。だからうかつに足を踏み入れたらバチが当たるって僕のお祖母ちゃんは良く言っていたから」


「ふうん、神様の現れる森かぁ。でもご主人様、罰っていったいどんな目にあわされちゃうのかな?」


「お祖母ちゃんいわく、この森で悪さをした子供は神隠しにあって、二度とこの世に戻れなくなるってめちゃくちゃ脅されたよ」


「ええっ!? じ、じゃあ天音たちが大変だよ。おばけ探しなんてこの森でやったらみんなはいなくなっちゃうんじゃない!?」


 古臭い迷信について疑いもせず、無垢な瞳をこちらにむける彼女が心底可愛いと思いつつも、天音たちの安否が心配になってきた。


 久里留神社やこの鎮守様の森。神仏に仕える立場の万代橋奈夢子ばんだいばしなむこ、彼女からお呼ばれした食事会でも言われたんだ。夜間、この森にむやみに足を踏み入れる行為は神職の身分である彼女でも控えているそうだ。


 その理由について彼女は僕たちにくわしく教えてはくれなかったが、過去にご神木や霊石、その聖域に足を踏み入れた結果、思わしくない結末を迎えた者もいる。その警告はお祖母ちゃんだけでなく、僕の親父からも言われたことがある。


 だからこの辺りに住む者には皮膚に染みついた感覚のように、この森への強い畏敬の念があるのかもしれない……。


「オリザ、天音たちの匂いは本当にこの場所からしたのか?」


「わん、それは間違いないよ。……でも不思議なのは匂いがそのしめ縄の手前で消えてるの」


 天音たちの匂いが結界がわりのしめ縄の手前で消えているだと!? それはいったいどういう意味なんだ!!


 オリザの言葉の意味を考え込む間もなく、僕は背後からただならぬ気配を感じて現実に引き戻される。


「……わんわん!! ご主人様!? お、おばけが出たぁ!!」


 けたたましいオリザの吠え声が辺りの静寂を破った。慌てて振り返った先には……。


「えっ、……う、嘘だろ!?」 


 巨木が立ち並ぶ深い緑の隙間からむこう側にある池が見える。水面の青色をちょうど雲から顔を出した満月が照らし出した。


 今日もと同じ満月の夜だ。そして過去にもこの森で誰かに助けられた気がする。月を見て関連のない記憶を不意に思い出すのはなぜなのか!? 


 たけどそんな疑問は一瞬で意識の彼方に消え去っていった。振り返った僕の視界に映ったのは紛れもなく水色の服を着た姿の女性だった。


 もちろん天音たちの中の誰でもないのは一目瞭然だ。長い黒髪の下にこの世の物とは思えない白い肌が浮かびあがる。その姿に僕は戦慄を覚える。


 お化け、怪異、異形の者。カテゴライズ出来ない恐怖。理性と迷信の狭間で自分の心が振り子のように激しく揺れ動いた。


 あなたはいったい何者なんだ。なぜ神聖な森の中で僕たちの前に姿を現したのか……!?


「……宣人お兄ちゃん、その女の人を捕まえて!!」


 この声は天音!? どうしてお前が!! それに他の二人も一緒にいるのか。


「ご、ご主人様!? 天音たちがお池のほとりにいるよ!!」


 ……今まで彼女たちはいったいどこに隠れていたんだ!? それになぜ正体不明の女性を僕に捕らえろというのか?


 次回に続く。

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