彼女の笑顔は天然色じゃ表せない……。【特別編】
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中学校のクラスも部活動も同じで、わが家で定期的に開催されるお泊まり会の初期メンバーにして主に活動議題の書記係を務める。しゃれで言っているわけではないが、彼女のしっかりとした性格にはうってつけな役目だと思う。
あまり人のことは言えないが、彼女はその阿空という変わった名字から分かるように、僕のたったひとりの親友、
髪型はショートでナチュラルメイクがそのボーイッシュな外見によく映える。整った目鼻立ちに小顔なルックスの美少女なんだ。ハーフのモデルを思わせる透き通るような白い肌は兄譲りだろう。いつも祐二を褒めるようで何だかしゃくだけど……。
だけど香菜ちゃんはその美貌を鼻に掛けるどころか、自分のたぐいまれなルックスについて言及されるのを極端に嫌うみたいだ。
『……ねえ宣人お兄ちゃん、最初だから念のために伝えておくけど、香菜ちゃんに会っても可愛いねとか、キレイとか直接本人の前で言わないでね』
香菜ちゃんが初めてわが家にお泊まりに来た日、妹の天音から事前に釘を刺されたんだ。なぜ彼女がそんなことを気にするのか皆目見当もつかなかった。僕は天音にその理由を問いただすのは当然だろう。
『香菜ちゃんがボーイッシュな格好をするのには深い
彼女について語る天音の口が急に重くなったのを今でも良く覚えている。普段は竹を割ったような性格の妹がこれほど語りたがらない理由とはいったい何なんだ?
阿空兄妹については僕の中でもうひとつ大きな疑念がくすぶっている。
昨年のクリスマスイブの日、家族で訪れた近隣の大型ショッピングモール内で、買い物に来ていた香菜ちゃんと偶然ぶつかった僕は、倒れ込んだ拍子に彼女の身体を抱きしめてしまう。
そして彼女が心の中に抱えるもっとも悲しい記憶を追体験してしまったんだ。夕暮れの公園で遊ぶ幼い姉妹。まだ家に帰りたくないとわがままをいう妹。先にその場を立ち去る姉。独りぼっちにされて半狂乱に泣き叫びながらその場を駆け出す妹。その先には激しく車が行き交う国道があるというのに……。
他人の記憶に何も手を出すことが出来ない無力な自分を心の底から嫌悪した。
交差点に倒れ込む少女、アスファルトに描かれた白線が血の色に染まる。姉が車にはねられてしまった記憶の中の事故現場で泣き叫んでいたのは幼い香菜ちゃんだった。
そこで僕の
あの事故で瀕死の重傷を負ったと思われる少女の安否が分からない。記憶の中で香菜ちゃんは彼女のことを間違いなくお姉ちゃんと呼んでいた。だけど阿空家は両親も含めて四人家族だと兄の祐二から以前聞いたことがある。
その後、目覚めた僕は単刀直入にその疑問を香菜ちゃんにぶつけてみたのだが、上手くはぐらかされてしまった。
『……いつか宣人さんには笑って話せる日が来ると思います。あっ、大親友の兄貴から先にするかもしれませんけど』
あのときの香菜ちゃんは妙に含みのある言い回しをしていたな。笑って僕に話せる日とはいったいどういう意味なんだろうか? その謎に兄の祐二が関係しているのは間違いないと思うが……。
「ご主人様、さっきから黙り込んでどうかしたのかな? オリザ、お話ししてないとつまんないよ……」
「えっ、あ、ああ。ごめんオリザ。少し考えごとをしちまったみたいだな」
彼女と僕を繋ぐカラフルなお散歩リードがお互いの身体の間でだらりと垂れ下がる。僕は考えごとに夢中になりすぎていたのか!?
「ふうん、考えごとなの? でも香菜の名前を聞いてからだよ。ご主人様が急に暗い顔になったのは」
「……オリザに余計な心配を掛けたみたいだな。僕が悪かったよ。お散歩中は君から目を離さないってのが僕たちのルールなのに」
「わん、オリザは平気だよ。だけどご主人様が落ち込んだりすると私も悲しいの。だから元気を出して!!」
「わわっ!? 急に飛びかかってくるなよ。暗がりで転んだりしたら危ないからさ」
「じゃあ、ピカピカさせちゃおうかな!! ほら見て、ご主人様。天音から貰ったお散歩グッズだよ」
暗い森の中の歩道が突如明るく照らし出される。オリザが身に着けているバッグから取り出したしたのはお散歩中の視認性を向上させるグッズだ。LEDの照明付きストラップを首から提げている。天音の奴はハンドメイドだけじゃなく色んな物を仕入れてくるんだな。
まあ、それだけわんこのオリザが可愛くて仕方がないんだろう。
それにしても元気のない僕のためにオリザは気を使ってくれたのか。急にはしゃぎ出すなんて……。
思い起こせば初詣の日から僕はずっと深刻な顔をしていたのかもしれない。オリザの過去の秘密や、さとりの能力について
でもこのままで良いわけがない。例えば死ぬほど悩んだらその問題が解決するのか? それは否だろう。悩むだけ時間の無駄じゃないか。
よし!! いまは目の前の目的にだけ集中しよう。
「……オリザ、いままで
「えっ、ご主人様、しんきくさいって何?」
「ああ、辛気くさいなんて君には分からないよね。まあ死んじゃいそうな顔ってことかな」
「それなら分かるよ。オリザが雨でお散歩に行けないときにする顔と同じだね!!」
「あははっ、そうだな、それとごはんやおやつをお預けされたときの君の顔かな」
「むうっ、死んじゃいそうなんて。それはひどいよぉ、ご主人様のいじわる!!」
オリザとの何気ない会話が僕の乾いた心に染みこんでいく。あと何回こんなふうに彼女とお散歩に行けるだろうか?
不意に終わりの予感を感じて僕はその想いを慌てて打ち消した。
君の声が隣にある幸せをいまは噛みしめよう。オリザの存在を確認するために僕はお散歩リードを軽く引き寄せる。
「ご主人様。いまの合図は
「ああ、オリザよろしく頼む。天音たちの居場所を嗅ぎつけてくれ」
「わん!! 了解しましたぁ」
オリザは勢いよくその場から走り出した。彼女の首から提げたストラップの先にある七色の光が暗闇に鮮やかな軌跡を描く。
オリザ、君の笑顔を隣で見ていたい……。
この大切な一瞬を少しでも記憶に焼き付けようと僕は必死で彼女の背中に追いすがった。
次回に続く。
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