君の見たかった笑顔。僕には見えなくたって構わないから【特別編】

 ……見え透いた嘘も場合によっては、真実を相手に告げるより優しい結果をもたらすのかもしれない。


 奈夢子なむこさんはオリザの前で気丈に振るまっている様子に思えた。彼女と姉妹だったころの記憶を失って、離れ離れになった自分の腹違いの妹、オリザに本当は姉だと名乗り出たかったに違いない。


 だけど彼女は自分の名前すら告げずに僕たちを送り出してくれた。せめてもの救いは短い語らいの時間を一緒に過ごせたことだろうか。


『きれいなお姉さんが用意してくれた料理、全部おいしかったよ!! こんなに食べたらオリザ動けなくなっちゃうかも……』


『……あらあらオリザさん。眠くなるのはまだ早いわよ。食事の締めはこれを飲んでみてね』


『くんくん、お姉さんなにコレ!? とってもいい匂いがするね!! それに甘くておいしいよ』


『シナモンミルクティーよ。薬膳効果もあるの。外に出掛けるのだから風邪を引かないようにこれを飲んでから暖かい上着を着ていくといいわ。その恰好じゃ寒そうだから私の洋服を貸してあげるね』


『なんだかお姉さんは私の本当のお母さんみたいに優しいんだね』


『……あなたの本当のお母さんか。そうね、この家では母親代わりを子供のころから強いられてきたせいかもしれないわね。でもオリザさん。お姉さんはこう見えてもまだ高校二年生の十七歳なのよ。そんなに私が年上に見える?』


『お姉さん、ごめんなさい。でも大人っぽ~い!! オリザとひとつしか歳が違わないなんてとても思えないよ。あっ、これは誉め言葉だからね、わん!!』


『うふふ、オリザさんは調子がいいわんこね。そんなに可愛く言われたらお姉さんこれ以上怒れなくなっちゃうじゃない』


 オリザをたしなめるような言葉とは裏腹にその時の彼女はとても嬉しそうに見えた。由緒ある万代橋ばんだいばし家。その跡取りとしての重圧プレッシャーを垣間見た瞬間だった。奈夢子さんの母親は僕と同じく幼いころに他界したそうだ。


 名門女子校である君更津南きみさらずみなみ女子に、初等部から入学した理由も早くから帝王学を学ぶためだと、奈夢子さんの万代橋家、オリザの犬上家いぬがみけ。その両家を詳しく知る僕の親父が教えてくれた。


 いまは奈夢子さんの過去についてあれこれ詮索するのはやめにしよう。とりあえず本来の目的に向かうとするか。



 *******



「オリザ、鎮守様おちかんさまの森は広いけど天音あまねたちの居場所を君の嗅覚で探せるかい?」


「わん!! そんなのは朝飯前だよ。それにご主人様、私は天音の話をこっそり聞いていたから。この森には大きな池かあってその前にある建物におばけが出るんだって……」


 森の中の大きな池か。僕が子供のころ、親父に連れられて釣りをやった思い出があるぞ。


「そうか!!  でかしたぞオリザ。天音たちが肝試しをする場所がその情報で大体特定出来るな」


「やったぁ、ご主人様のお役に立てて嬉しい。わん!!」


「よし!! これで探索がかなり楽になりそうだ。それにしても疑問なのは天音の奴はなんで肝試しなんて企画したんだろう? あいつは子供のころから怖い話は大の苦手のはずなのに……」


「……ご主人様、天音が最初におばけを見にいこうって言い出したんじゃないよ」


「えっ!? じゃあ誰が肝試しをやろうなんて考えたんだよ」


 オリザの予期せぬ言葉に僕は思わず聞き返してしまった。てっきり今回も音頭を取ったのは妹の天音だと決めつけていたから……。


「言い出しっぺは香菜かなだよ」


 か、香菜ちゃんだと!?


 まず真っ先に自分の耳を疑った。オリザが口にしたのは首謀者として最も相応しくない女の子の名前だったから……。



 次回に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る