君と彼女の以心伝心【特別編】
まだ季節は一月半ばで外の気温はとても肌寒い夜だった。もし仮にお化けがこの世に存在するとしてもこんな寒さでは凍えて出現すらしないんじゃないかと思わせるほどだ。
目的の
「……今日は思ったより寒いよな。妹の
「ご主人様、天音はまっすぐ神社に向かっているの?」
「いや、違うよ。
「いいな天音たちは……。オリザも美味しいごはんを食べたいな」
「……きっとオリザはそう言うだろうと思ったよ。いつもならお散歩から帰って夕食を済ませる時間だからな」
「きゅ~ん、ご主人様!! ますますお腹が減っちゃうよぉ……」
「そんなに悲しい顔をするなよ。今回、僕に付き合ってくれたお礼として君にご褒美を用意してあるんだ」
「えっ!? オリザ、ごほうびがもらえるの!! ご主人様いったい何かな?」
「……それは現地に着いてのお楽しみさ、さあ急ごう!!」
「ええっ、先にどんなごほうびか教えてくれないの!? ご主人様のいじわる!!」
そうだ、僕は意地悪な飼い主に今回は敢えてなるつもりだ。そうでもしなければ君を腹違いの姉である
オリザ、これから君が会うのはただの巫女さんなんだ。親父の知人で僕たちを夕食に招待してくれた親切な女性。それ以上でもそれ以下でもない関係。
僕は隠された真実を君に告げることが出来ない。せめてポーカーフェイスの笑顔の裏を見破らないで欲しい。
※※※※※※
「……うわぁ!? でっかいお家!! いったいどんなお姫様が住んでるのかな?」
「こらっ、オリザ、そんなにはしゃぐなよ!! お散歩リードが引っ張られすぎて、持ってきた手土産の袋を落としちゃうだろ……」
久里留神社の本殿の奥、僕たち地元の人間には馴染みの深い鎮守様の深い森が広がる。その広大な敷地の中程に位置する
「ふたりともよく来てくれたわね!! 外は寒かったでしょう?」
玄関のエントランスに奈夢子さんが姿を現した。今日の出で立ちは目に鮮やかな水色のワンピースを身にまとっていた。僕たちに振る舞う食事の用意をしていたのか前身頃には白いエプロンを巻いている。家庭的な彼女はとても以外な印象に思えるな。いつものクールビューティも素敵だが、違った一面を見ることが出来て何だか嬉しい気分になれた。
「わあっ!? 本当にきれいなお姫様がお家の中から現れてオリザたちをお出迎えしてくれたよ。ご、ご主人様、どうしよう……」
「ははっ、確かに彼女は美人さんだけどね。オリザ紹介するよ。僕たちを夕食に招待してくれた……」
「宣人さん、とりあえず中に入ったら。玄関でこんなに可愛いお嬢さんを待たせて立ち話をするのも失礼だから」
「……ご主人様、きれいなお姉さんからオリザかわいいってほめられちゃったよ!!」
無邪気に喜びを表現するオリザを尻目に僕は考えこんでしまった。奈夢子さんはこちらの紹介する言葉を明らかに途中でさえぎった。それには彼女の思惑があることは間違いないだろう。
とにかく今は奈夢子さんの考えに乗っかったほうが得策だな。様子を見るとするか……。
僕たちが案内された部屋は建物の外観から想像した物とは正反対に現代的なしつらえの室内だった。普通の家のリビングとダイニングを合わせたくらいの広さの中央には、趣味の良いテーブルと椅子が並ぶ。目につくのは壁面に設置された薪ストーブ。最低限の趣味の良さそうな家具には彼女の趣味だろうか、陶器の美術品が並んでいる。
思わず無遠慮に辺りを見回しているとそれに気付いたのか奈夢子さんが声を掛けてきた。
「……宣人くん、私の部屋に入って驚いたみたいね。もっと古風な感じを想像していたのかしら?」
「はい、何ていうか。もっと和風な、そう古民家みたいな作りだと思っていました。奈夢子さんの部屋にはベッドとか置いていないんですか?」
「主寝室は別にあるのよ。普段ソファーは室内にあるんだけど今日はふたりをお食事に招いたから別の部屋に移動させたの」
オリザが真っ先に思っているであろう質問を織り交ぜる。彼女の部屋の評価基準はまずふかふかのベッドに潜り込むことから始まるんだ。
「聞いたか? オリザ。残念だったな、ベッドには潜り込めそうにないぞ」
「うふふっ、オリザさんはベッドよりも薪ストーブのほうが興味津々みたいね。前から離れないで眺めているし。ねえ、すごくあったかいでしょ」
「うん!! こんなに火がボウボウ燃えているのがお部屋の中にあるなんて凄いよね。お姉さん、お家が火事にはならないの?」
「ちゃんと屋根に向かって煙突が伸びているから大丈夫よ。この薪ストーブだけは昔から変わらない場所にあるから」
「本当だぁ。煙突が長く上に伸びてるね。ここから煙がお外に出るんだね」
「……いまのオリザさんと似た女の子を知ってるわ。その子は私の部屋で薪ストーブの炎を見つめるのがとても好きだったの。お姉ちゃん、身体だけじゃなく心の中まで暖まるでしょ。って私の顔を見ながら微笑んでくれたんだ」
「その女の子はきっときれいなお姉さんのことが大好きだったんだね。オリザは犬だから匂いでわかるんだ。だっていまのお姉さんから大好きな人のことを思い浮かべたときの匂いがするもん!!」
「……オリザさんには分かるのね」
暖を取るように両方の手のひらをかざして薪ストーブの前から離れようとしないオリザ。その後ろ姿を見つめる奈夢子さんの瞳の中に揺らぐ涙の光彩に気がついてしまった。普段の僕なら完全に見過ごしていただろう。今回だけはいつもの
心の奥底から温かい感情がとめどなくこみ上げてくる。奈夢子さんの妹を想う気持ちが僕にまで伝わってきたんだ。たとえさとりの特殊な能力を使わなくたって理解出来る。
そう、人の温かな気持ちは良い意味で伝染することを初めて知った貴重な冬の体験だった……。
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