第12話 王都でバズった

「みんな、みんな無事だぞおおおっ」

「旦那とアイリス様がいれば、スタンピードなんて怖くないぜ!」

「ううっ、アンタの仇は転生者様がとってくれたよ……」


 スラムの住人たちの中には感極まって泣いている人もいる。

 被害なしでスタンピードを退ける……どうやら凄いことだったらしい。


「あ、あはは……まさかわたしのファイアーボールをあんなにたくさん複製するなんて。しかも、なんか威力がすっごくが増してましたよ?

 ふひゃ、安心したら腰が抜けちゃいました」


 ぺたん


 大剣の鞘に寄りかかって座り込み、穏やかな笑顔を浮かべるアイリス。


「アイリスの魔法あってこそだけどな」


 戦技複製(ダビング)は直前に放たれたスキルを複製する技なので、0から攻撃技を生み出すことはできない。

 多彩なスキルを使うアイリスがいてくれてよかった。


「いやいや、タクマさんがすごいんですよ!

 本当に感動しました!!

 やっぱり転生神様からスキルブックを授与される方は違いますね!」


(ん? そういえばスキルブック……)


 アイリスの言葉で思い出す。

 左手に持ったスキルブックがなんか軽くなったような気がする?


 表装をめくると最初のページに記されている『使用可能回数』が187と大きく減っている。


(これって0になるとどうなるんだ?)


 回復しないのだろうか?

 何しろ、転生神(猫)から何も説明されていないのだ。

 他のページに何か書かれていないか、調べようとしたのだが。


「スラムと王国の救世主、タクマ様とアイリス様ばんざーい!!」

「「ばんざーい!!」」

「とっておきの酒を持ってきたぞ!」

「おっ、いいじゃねぇか!!」


「うおっ!?」

「ひゃああっ!?」


 興奮した住人の皆さんに、胴上げされる俺とアイリス。

 喜びの宴はしばらく続いたのだった。



 ***  ***


「なに……あれ」

「ふおおおっ、すっごい!」


 閉じられたシャッターの隙間から、こっそり外の様子をうかがっていたランとスルゥ。

 彼女たちがアイリスの孤児院に来てから、何度目かのスタンピード。


 モンスターの波が押し寄せるたび、スラムの人たちや彼らの避難を手伝っていた孤児院のお兄さんお姉さんがやられちゃって。


「モンスターがあれだけいたのに……誰も犠牲にならずに」


 冒険者ギルドから護衛の冒険者を雇った時もあった。

 だがそいつらはピンチになると逃げだしてしまい、アイリスと彼女の執事だけで孤児院を守り切ったこともあったのだ。

 そのくせ高額な追加報酬を請求され、アイリスが頭を抱えていた。


「それなのに今回は!」


 タクマはアイリスと協力してすっごい魔法でモンスターをぶっ飛ばしてくれた。


「タクマおにいちゃん、かっこいい!!」


 スルゥは部屋の中をぴょんぴょん飛び跳ねているがそれも当然だろう。

 自分も沸き立つ心を抑えきれない。


(でもやっぱり、すけべだけど!!)


 広場で繰り広げられる歓喜の輪の中で、どさくさに紛れてまたアイリスの頭をなでなでしている様子が見える。


(アイリスのてーそーは、私が守るしかなさそうね!)


 タクマはちょっとカッコよくて、料理も上手な救世主様。

 一緒に遊んでて楽しいけれど、孤児院の風紀係としてえっちなことは駄目である。


 ふんすっ、と可愛く気合を入れるランなのだった。



 ***  ***


「も、もう駄目だ……」


 魔鏡に映し出されたモンスターの大群。

 王都を飲み込まんばかりの勢いに、絶望の底へ叩き落される。


 醜悪な鬼の群れ。

 人間を餌としか思っていない連中の叫び声。

 砦に設置されたバリスタが矢を射かけるが、モンスターの数に対してあまりにも無力にみえた。


 アイリス様が大剣を構えてモンスターに対峙しているが、多勢に無勢、やられてしまうだろう。

 何でギルドはこんな光景を見せるんだ……そう諦め気味に見ていたのだが。


『戦技複製(ダビング):ファイアーボール×100!!』


 黒髪の青年が映ってから、状況は劇的な変化を見せる。


 ドオオオオオンンッ!


 無数の火球が次々と放たれ、醜悪なモンスターどもを焼き尽くしていく。


 ドオオオオオンンッ!


 火球の炸裂音は、部屋の中にいても聞こえるほどだ。


「すげぇ、本当に救世主だ!」

「王都の新しい守護神だ!!」


 興奮のあまり、魔鏡を持ったまま通りに飛び出す。


「おい、お前も見たか!!」

「ああ、もちろんさ!!」


 通りには深夜にもかからわらず、たくさんの人が繰り出している。

 誰の顔も興奮で紅潮していた。


「すごすぎるだろ、あの黒髪の男!」

「アイリス様が契約した転生者らしいぜ!」

「まじか! あんな凄い転生者と契約するなんて、さすがアイリス様だ!」


「砦に物資を運んだ奴から聞いたんだが、ギルドは冒険者の派遣を断ったらしいぜ?」

「なんだと!? あいつらモンスターの数にビビりやがったな?」

「安全なバリスタの中から攻撃するなんざ、誰でもできらぁね!」


「ギルドなんてどうでもいいわ! あの転生者様とアイリス様がいれば、スタンピードは怖くないわよ!」

「そうだそうだ!」

「よっしゃ、今夜は祭りだ!!」


 スタンピードにおびえ、冒険者ギルドの横暴に耐えてきた王都の住人たち。


 ギルドに頼らずスタンピードを撃退した。

 その事実が、彼らを歓喜させていた。


「そういや、余った物資はどうする?」

「ギルドにやるなんて勿体ない! 転生者様が言ったとおり、孤児院に寄付しようぜ!」

「確かにそうだ!」

「無能力者を保護する孤児院なんて最初はどうかと思ってたけど……アイリス様はこのために準備されていたのね!」

「おうよ、さすがアイリス様だぜ!!」


「「転生者様とアイリス様、ばんざーい!!」」



 ***  ***


「おお、タクマ様とアイリス様が……スタンピードを!!」


 魔道具屋の二階、店主は妻と義娘である獣人族の少女と一緒に食い入るように魔鏡の映像を見ていた。


「タクマさま、黒髪なのに」


 自分の黒髪を触る少女。

 黒髪は無能力者の象徴。

 そう蔑まれ、スラムに捨てられた。


 手先だけは器用だったので日用品の修理係として働くうち、魔道具屋の夫婦に声をかけられこの店で働くようになった。

 街中では差別されることも多かったし、昨日なんてギルドの幹部に攫われそうになった。


「凄い……!」


 自分と店主を助けてくれた黒髪の転生者は、本物の救世主様だった。


「やった、やったね! 父さん、母さん!」


「ああ!」

「ハーフエルフのアイリス様に、黒髪の転生者様……この二人がレンディル王国を変えてくれるぞ!!」



 ***  ***


 翌朝。


「なに、これ?」


 少し遅めに目を覚ました俺たちは、孤児院前の広場を見て唖然とする。


 食料品が入っていると思わしき木箱や、小さな袋がたくさん置かれている。


「『アイリス様、転生者様へ。王都を救っていただきありがとうございました』……メッセージカードが貼ってあるわ!」


「ふおお、こっちの袋には銀貨が入っているよ!?」


「タクマさん、これって……」


「王都の住人たちが寄付をしてくれたみたいだな」


 最後に中継カメラ(?)にアピールしてみたのだが、思いのほか効果があったみたいだ。


(これは……使えるのでは?)


 昨晩の”配信”は、思いのほか大好評だったらしい。

 懐から”魔鏡”を取り出す。


 積極的にモンスター退治の様子を配信しても面白いかもしれない。

 それだけじゃなく、エンタメ配信も……。


「……アイリス様、よろしいでしょうか?」


 思案していると、門の外から声がする。

 何事かと視線をやると、そこにいたのは正装姿でひげを蓄えた壮年の男性。


「レンディル王からのメッセージをお伝えします。

 本日午前10時までに王宮に来ていただけますよう。

 ……そちらの転生者様も一緒に」


「それは構いませんが……タクマさんもですか?」


「俺も?」


 王様からの呼び出しとは何事だろうか?

 思わずアイリスと顔を見合わせるのだった。

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転生底辺配信者、娯楽の少ない殺伐世界で神配信者となる ~俺は虐げられていた亜人族の姫と孤児たちを笑顔にしたいだけなんだが、世界中から寄付が止まりません~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

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