観察者

 「……ご主人様。またあそこへ行くのですか?」


 「消耗品が切れそうだからな。トールが一番、安くて良い物を売ってくれる」


 「私、あの人嫌いです。いつもいつも、馴れ馴れしくご主人様にすり寄ってきて……ご主人様も、迷惑ですよね?」


 ソニアを引き取ってから、三ヶ月半ほど。俺は、ある場所に向かっていた。このラトリアで、ゲームに登場していなかったとある店。そこは、本シナリオへの干渉を望まない俺にとって、安心して買い物が出来る場所だった。


 しかし、そこの店主に対して、ソニアはあまり良い印象を抱いていない。俺としては、この世界に来てからずっと世話になっている人なので、出来れば仲良くして欲しいところではある。


 「俺の恩人なんだ。あまり悪くは言ってくれるなよ」


 「だとしても、です。それと、約束忘れてないですよね?」


 「分かってる。メメントに行くときは、ソニアも同行する。約束は破らないさ」


 魔法呪具店メメント。店名を見れば、何故繁盛しないのか一発で分かるその店は、ラトリアの端っこの方にある。ひっそりと小さな看板が立った、周りの家とほぼ大差ないそこへ、俺とソニアは入った。


 「トール、居るか? 頼みたい物があるんだが」


 「うひぃう!? っどどどどちら様でひぅか!? この前滞納した家賃はちゃんと払いましたよね!?!?」


 「落ち着け、俺だ。大家じゃない」


 「は、はれ……? あ、ほんとだ……ダンさんです」


 ボサボサの黒髪に、頭のてっぺんからはぴょこぴょこ動く摩訶不思議なアホ毛が特徴的な、眼鏡を掛けた少女。名をキュラトールと言う。


 呼びづらいから勝手にトールと呼んでいる彼女は、この世界で一番付き合いが長い存在でもある。


 「騒々しいですね……そんな調子だから、いつまで経っても閑古鳥が鳴き続けるのです。もう少し、愛想良くしたらどうですか?」


 「うひぃ……!? ソニアちゃんが一番、無愛想なのにぃ……?」


 「何か言いましたか?」


 「何でも無いですぅ……!!! うぅ……やっぱり怖いよぉ」


 不機嫌そうなソニアに怯えるトールは、若干涙目になりながらも割と的を射たこと言い返した。それで俺の後ろに隠れていなければ、もう少し格好もついたのだが。


 それも、初めて会った頃のことを思えばかなりの成長であった。あの頃のトールであれば、今のソニアとまともに会話なんて出来なかっただろう。


 彼女と出会ったのは、この世界に来て数日くらいの時だった。当時の俺は、灼熱の短剣で灼熱球を撃った後遺症に悩まされ、早くも心折れそうになっていた。今では手が焼けるくらい何とも思わないが、その頃は違ったのだ。


 「痛ぇ……回復呪文もどうやって使えば良いのか分からんし、薬草も全然効かないし。どうすりゃ良いんだよ……」


 無知な俺は、薬草の効果的な使い方なんて知らなかった。ベースとなっているのが阿呆な盗賊なのだから、それは仕方が無い。


 それに、中に入っているのは現代で安全に暮らしていた俺である。手が焦げれば痛くて眠れないし、そんな状態で魔物と戦うなんて出来るわけも無かった。日々減っていく金と治らない傷で、負の連鎖に陥っていたのだ。


 「うぅ……! あ、あっち行って……!」


 「……あれは」


 そんな時だった。ついに金が尽き、公園で何をするでも無く座り込んでいた俺の近くで、鳥に襲われている少女が居た。寝不足で朦朧とする意識の中、ぼやけた視界に映るその光景は覚えている。俺は俺で、かなり限界を迎えていたのだ。


 トールは小さなパンを数匹の鳥に啄まれ、泣きそうになっていた。その時のことはあまり覚えていないが、俺はそれを助けたらしい。そしてそのまま、ぶっ倒れたとのこと。


 「っう……ここ、は?」


 「良かった……! 目が覚めたんですね!」


 「痛っ……くない? どうして、傷が……」


 目が覚めると、俺はメメントに運び込まれていた。トールは倒れた俺を放置せず、小一時間かけて俺を持ち帰り、それに加えて俺の治療までしてくれていた。


 「君が、これをしてくれたの?」


 「あ、はい! わた、私がやりまひた! ごごごご迷惑でしたか!?」


 「凄い助かった、ありがとう」


 「あ、いえ……おき、お気になさらず」


 「……ところで、なんで後ろ向きなの?」


 トールは俺が目覚めことを確認すると、すぐさま後ろを向き、そのままの状態で会話をしていた。失礼だとか、助けて貰った分際で礼儀を語るつもりは無いが、明らかに挙動不審なその様子に、思わずそう聞いてしまう。


 「そ、そのぉ……私、ここ最近人とまともに喋った記憶が無くて……どどど、どうやって会話すれば良いか、分かんなくて、あの……」


 「……そっか。じゃあ、迷惑かけたね」


 「め、迷惑なんかじゃ! あ、ごめんなさい……迷惑なんかじゃ、ないです。わた、私のこと、助けてくましたよね? 凄く、嬉しかったです」


 そう言ったトールはゆっくりと振り返り、ちらちらとこちらを気にしながら、小さな声で話し始めた。


 「私は人に嫌われやすいっていうか……皆、私のことを気味が悪いって言うんです。い、いつもオドオドしてて不気味だし、黒髪はおとぎ話に出てくる魔女みたいだって……」


 そういえば、ゲーム本編でもそういう話はあった。確か、過激な思想集団であるノックス教の影響で、彼らの象徴である単一の黒色がこの世界ではあまり好まれていない、みたいな話だ。その影響で彼女も、迫害とまで行かなくとも悪印象を持たれているのだろう。


 「だ、だから……私の方こそ、すみません。貴方も、わた、私なんかに触られて、い、嫌でしたよね?」


 「そんなこと無いけど……」


 「う、嘘つかなくても、良いんですよ? だって私は、悪い魔女の生まれ変わりなんです。気味悪くて、気持ち悪くて、怖い存在です。そ、それが私なんです」


 黒は不吉で気味が悪いと言った風潮が、この世界では当たり前なのだろう。だからこそ、彼女はここまで卑屈になり、それを当然のことだと受け入れている。


 でも、俺はそうは思わない。理解も出来ないし、したくない。人権意識の強い現代で生きていた俺にとって、それは差別以外の何物でも無く、許されて良い問題では無かった。


 「……じゃあ、証明させてよ。どうしたら、本当だって信じてくれる?」


 「え……?」


 「例え君が魔女の生まれ変わりだとしても、俺は何にも気にしない。君が助けてくれ、本当に助かったと思ってる」


 「う、嘘だ……」


 「嘘じゃ無い」


 それは意地だった。嘘だという彼女に、何としてでもそれが真実であると伝えたかったのだ。


 「どんなことでも良い。俺に出来ることなら、何でもする。それで、信じてくれない?」


 「なななな、何でもですか!? そ、そういうことはもっと段階を踏んでからじゃ無いとぉ……あの、ダメじゃ無いですか!?」


 「何を頼むつもりだったの!? 俺に出来ることに限定してよ?」


 「え、あ、はい……それはもちろんです。え、えっとぉ……じゃ、じゃあ、お、おとっ、お友達に、にゃって欲しい、です……」


 「……ええっと、それだけ?」


 彼女が提示したのは、至極簡単に思える内容だった。じゃあ今日から友達だね、で終わってしまうようなもので、本当に良いのだろうか?


 「それだけなんてとんでもない! これがどれだけ酷なお願いか、計り知れませんよ! ラトリアじゃ、借金を肩代わりするって言われたとしても、このお願いを聞き入れる人はいません! それくらい、嫌なお願いなんですよ!? 今だって、本当は私と同じ空間にだって居たくないだろうに、これから先も私と一緒に時間を過ごさなきゃいけないんです!? それでも良いんですか!?」


 「うん、良いよ」


 「ですよね嫌ですよね! ……って、え? ほ、本当に言ってるんですか?」


 「むしろ俺からお願いしたいくらいだよ。キュラトール……長いからトールで良い?」


 「あ、はい……全然構いません」


 未だ現実を受け止めきれていない様子のトールに、俺は気になっていたことを聞いた。それは、誰に聞こうとも知らないの一点張りだった、回復呪文についてのことだった。


 「トールって、もしかしなくても魔法とか詳しい?」


 「え、えぇ……魔法を生業として生活していますし」


 「そうなんだ。じゃあ、手の火傷を治したのって回復魔法だよね? それ、どうやったら使えるようになるの?」


 「しょ、初歩的なものなら精神力さえあれば……それ以上は努力するか、才能次第ですね」


 良し。ゲームだと緊急離脱を覚える斥候キャラは回復魔法を覚えない。覚えられないという可能性が無くなっただけでも、トールとの出会いは僥倖だ。


 「厚かましいのは分かってるんだけど、トールにお願いがあるんだ。俺に、魔法を教えてくれないか?」


 「魔法、ですか……? 魔女の生まれ変わりである、私から? それがどういう意味か、分かっています?」


 「な、何か問題あったかな……?」


 「い、いえ……まさか、私から魔法を教わりたいという人が居るなんて。ちょっと驚いてしまって……」


 魔女の生まれ変わりだとか言う話はどうでも良い。トールは俺を助けてくれたのだ。ただの俗説なんかよりも、その事実を信じるに決まっている。


 「頼む。俺はやらなきゃいけないことがあるんだ」


 「あ、そんな! 顔を上げて下さい!」


 「厚かましいのは重々承知してるよ。それでも、頼む」


 本当に自分が不甲斐ない。魔物とはまともに戦えず、簡単に手に入れた武器の反動で怪我をして、見ず知らずの女の子に助けて貰っている。それが俺の現状で、俺の至らなさのせいだった。


 それでも、一抹の希望があるなら、それに縋りたい。例え、どれだけ情けなくとも。


 「……わか、分かりません。私には分からないです。貴方が何を考えているのか、貴方がどんな打算を持って私と関わろうとするのか、分かりません」


 「友達だからで、納得してくれないか?」


 「っ……い、良いんですか? 私は貴方のことを信じても、良いのですか?」


 今の俺は盗賊紛いのならず者同然で、トールが疑ってしまうのは分かる。でも、何とか信じて貰うしかない。


 それに……トールから出たあのお願いは、きっと彼女の本心だ。叶う訳ないと思いつつも、願わずには居られなかった、トールの願望だ。


 例え打算であっても、それでトールが少しでも救われるのなら、それはきっと良いことのはずだ。そうに決まっている。


 「俺はダン・ルーヴ。友達として、よろしくお願いします、トール」


 「わかっ、分かりました!……どこまでお助け出来るかは分かりませんが、貴方の一助となれるよう、精一杯がんばりまふ!!!」


 それから俺は一ヶ月ほど、トールの家であるメメントに住み込み、回復魔法や初歩の魔法などを色々と教えて貰ったのだ。闇商人の居場所もトール伝いで知ったことから、間接的にソニアの恩人でもある。


 「……? ど、どうかしました?」


 「いや……少し、トールと初めて会った時のことを思いだしてな」


 「あぁ……あの頃は良かったですよねぇ。だ、ダンさんが良ければ、またここに住んでも良いんですよ?」


 「は? またって何です? ご主人様、どういうことですか?」


 「ま、まてソニア! 店内で剣を抜くんじゃない!」


 「教えて下さい、ご主人様。そうでないと私、何するか分かりませんよ?」


 しまった。ソニアは、隠し事や嘘を嫌う。今のは彼女にとって、その類いのごまかしと取られたのだろう。ソニアに嫌われ、今の関係が維持出来なくなれば、俺は終わりだ。なんとかしなければ。


 「はい、ダンさん。いつもの薬も入れておきました。確認をお願いします」


 「あぁ悪い! ……良し、完璧だ! これで頼む!」


 「はい、確かに。ふふっ……また前みたいに暮らせたら、一緒のベッドで寝ましょ? それこそ、以前のように」


 「――――」


 トール!? 何で今日に限って、そんなにソニアを煽るんだ!?


 「ご主人様……?」


 「あ、いやその……ま、毎日一緒だった訳では……!」


 「寝たことは認めるんですね」


 「あ、しまっ……」


 ダラダラと冷や汗が止まらない。こんなに緊張したのは、誘いの森にしか居ない暴れ熊が何故か俺の狩り場に迷い込んでいて、小一時間追いかけ回された時以来だ。


 「知らなかったんですかぁ? あ、それじゃあ、お風呂で――」


 「トール! また来る!」


 これ以上爆弾発言を投下されては堪らない。俺はソニアを抱きかかえると、そのままメメント魔法呪具店を後にした。


 「……ご主人様、きちんと説明してくれますよね?」


 「分かったから、トールの薬を投げ捨てようとするな!」


 「はぁ……分かりました。ですが、許してはいません。罰として、このままの状態で宿まで帰って下さい。帰ったら当然、さっきのお話の続きです」


 「……なんで?」


 「そうじゃないと、今日は魔物狩りに行きません。当然、ご主人様も行かせませんからね?」


 それは困る。これ以上、ラトリアで悪評が広まるのは勘弁だが、背に腹は代えられない。このままの状態で帰ろう。


 「了解だ、お姫様。帰ってもお手柔らかに頼む」


 「なっ……! そ、そんな調子の良いことを言っても、簡単に許してあげませんからね!」


 「いや、トールの言っていたことは誤解で……」


 その後も、俺はソニアをお姫様だっこの形で運びながら、弁解を続けた。結局、一回だけ何でも言うことを聞くというお願いで、ソニアは納得してくれた。


 「よし、じゃあ今日も行くぞ……っと、忘れるところだった」


 「……それ、何ですか?」


 ソニアはトールから貰った薬を指さして、怪訝そうな顔をした。そんな顔をしなくても、味と見た目が最悪なだけで、効果は抜群なのだ。


 「紫色だから毒みたいだが、れっきとした薬だ。何でも、トールの秘蔵薬らしくて、精神力を高める効果があるらしい」


 「そんな薬、聞いたことありませんが……身体に違和感とかは無いですか?」


 「飲み始めは結構キツかったな。本当にマズくて飲めなかったんだよ。でも、それを見かねたトールが味の改良をしてくれてな。今じゃグビグビ飲める様になった」


 「……そう、ですか。何もないなら、良かったです」


 何処か納得のいかなそうな様子のソニアは、空になった空き瓶をずっと眺めていた。そんなに心配しなくても、トールが毒をあえて渡すなんて、するはずが無い。ソニアにはもっと、トールのことを信頼してほしいものだ。


 その間に、トールから受け取った消耗品や薬を整理していく。いつも通り、俺が頼むものがひとしきり入っている。しかし、その中に一つだけ、いつもは頼まない薬が入っていた。


 「毒消し……? あ、そういえばこの前、念のために使ったんだったか……」


 ソニアが毒を持った魔物に傷を負わされたため、一応毒消しを飲ませたのだ。この近辺に毒持ちの魔物は少ないため、使わずに廃棄するリスクも考えて一本しか常備していない。


 「なんで分かったんだ? 俺は、一言も毒消しを使ったなんて言ってないのに」


 昔から、こういったことは何度かあった。トールは何となくとしか言わないが、今回は少しドンピシャ過ぎた。何とも言えない違和感が、俺の背中を伝った。


 「……後で毒消し分の代金、渡さないとな」


 だが、俺はそれを無視することにした。別に害があるわけではないし、何よりトールは俺の恩人だ。そんな人の好意を無下にしてはいけない。それで、この話は終わりだ。


 窓を開け、外を見ているソニアに目を向ける。さて、今日も魔物狩りだ。


 「ソニア。準備出来てるか?」


 「えぇ、いつでも行けます」


 バタンと、扉が閉まる。二人が先ほどまで居た一室は静まりかえり、ただ鳥のさえずりだけが響いていた。ただ、窓の外には粉々になった空き瓶が、日光に照らされてきらきらと輝いていた。

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デーモンデストラクション〜ゲーム進行上絶対必要なアイテムを入手してしまったので、主人公が取りに来るまで全力で守り抜きます 黒羽椿 @kurobanetubaki

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