誰でも作れる、シュールレアリスム・マニュアル

高黄森哉

マニュアル通りに作れば、誰でもできる


〈シュールレアリスムをする前に〉



 ポールグライスの会話の公理を知っているだろうか。これは、会話の内容が、滅茶苦茶にならないように、守られるべき四つのルールのことである。大雑把に、嘘をついてはいけない、脈絡のないことを言ってはいけない、過剰ではいけない、あやふやではいけない、という規則。


 でも、このルールは、会話において、絶対に守られるわけではない。会話が、ハチャメチャになることを防止する規則であるにもかかわらず、意図的に無視されることがある。じゃあ、どんな時に会話は壊れるのか。それは、察して欲しい時だ。


 なにかがおかしい時、なにか、裏にあるんじゃないかと感じる。裏に重要な意味が含まれているんじゃないか。この意味を、含意といったりする。会話が壊れているとき、含意が存在していると、貴方は勘繰る。嘘をつくのは、理由があるのかもしれない。脈絡がないことを話し出せば、相手が退屈を感じていると疑う。物を多く渡されたら、不信を表すかもしれない。あやふやにするのは、隠し事があるから。



〈シュールレアリスムの方法〉



 この含意が、設定されないことがある。それは、ナンセンスとシュールレアリスム。前者はユーモアのため、後者は受け取りての想定を引き出すために。そう考えると、混同されがちな、その二つが、いかに別物か知れるだろう。そして、いかにして混同されるか、もわかる。ずばり、含意の無設定が共有されているから。


 前者を例示してみる。ナンセンスなユーモア。


「聖徳太子が、実はまだ生きているのは有名です(質の公理)」

「やあ、今日の僕は、巨大な鶏だよ(関連性の公理)」

「幾億のジークフロイトが、一斉に起立した(量の公理)」

「ああしてこうすると、ほらね、さっき説明したのが、フェルマーの最終定理の完全な証明だ(様式の公理)」


 後者をやってみる。シュールレアリスム。


 月は太陽の夜(質の公理)

 その時、池にいるミジンコが笑え(関連性の公理)

 一時五十分三十二秒のことだ(量の公理)

 人類が大切な夢をしたときのこと(様式の公理)




 ほら。だから、これこそが、シュールレアリスムの






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〈どうしてそうなるのか〉



 どうして、含意の無設定がシュールレアリスムになるのか。それは、その分野がもともと、人間の無意識を引き出そうとしていたことに由来する。人間の無意識は、大昔は一般的ではなく、そして神秘的だったらしい。また、内なる自分を知る手段として有効だと考えられていたのだ。目的があるなら、手段が必要となる。その手段として、人間の脳が作為的ではない無から、何かを引き出すのを利用する。


 自動筆記。とても問題がありそうな手法で、これはトランス状態に自ら積極的になることで、無の状態で筆記する方法。絶対に、人間の意識が入ること請け合い。私はそう思う。


 タロットカード。とはちょっと違うのだが、単語を並べて意味を見出す方法。本来意味のない物に、人間が理由付けするとき、そこに人間の無意識が介在する、という考え方。そう、ご明察。このやり方の考え方が、自分の考えの基礎になっている。本来、無設定なものに無意識的に意味を見出すこと。


 会話が壊れているとき、人は自然に意味を見出している。ポールグライスが主張する通り、会話の原理が破られるとき含意が生じている、のだ。その含意がなければ、人は無理やり、意味を見出すだろう。


 月の裏側のように、と言われれば、ほとんどの人は、月の裏側なんか知らないから(潮汐ロックか、なんかの影響で地球からでは表しか見えない。そもそも球に表もくそもないのだが)、各々が各々の想像をめぐらす。それは、その人の無意識的やり方による。


 

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誰でも作れる、シュールレアリスム・マニュアル 高黄森哉 @kamikawa2001

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